第31話 新たな地、懐かしの地
カルシオーネの街を出る朝。
門の前には、キリアとリック、そしてセルドリクが立っていた。
「じゃあ、僕……行ってくるよ!」
キリアは涙を滲ませながらも、満面の笑みを浮かべて手を振る。
門の前には街の住民たちがずらりと並び、それぞれが、まるで家族を送り出すように見守っていた。
「頑張ってこいよ!いつでも帰ってきていいからな!」
「無茶はしちゃダメよ!リック、キリアをよろしくね!」
「身体には気をつけてな!元気で帰ってこいよ!」
街の人々は、かつての態度を取り返すように、精一杯の温かい言葉をキリアへ送った。
そして、アイザックとリエットが、キリアの元へ歩み寄る。
「魔王復活までに、しっかり強くなってこいよ。」
「キリア……リックも、たまには帰ってきて、元気な顔見せなさいよ!」
「うん、ありがとう!行ってくるね!」
「ガウッ!」
──ありがとう!──
アイザックは拳を差し出し、リエットは切れ長の瞳に涙を浮かべていた。
キリアはリエットと抱き合い、アイザックの拳に自分の拳を重ねる。
そんな三人の様子を、キリアのそばで眺めるリックは、満足そうに喉を鳴らした。
キリアは馬車に乗り込むと、静かに俯き、胸に溢れる想いを噛み締めた。
「……ありがとう、みんな……」
その瞳は涙で揺れ、声は微かに震える。
しかし、強くなって街の誇りとなる──そんな確かな誓いが宿っていた。
セルドリクが優しく微笑んだ。
「キリア様。無事に帰って来られるよう、しっかり強くなりましょう」
「うん!」
キリアは涙を拭い、まっすぐ前を向いた。
馬車がゆっくりと動き出す。
街の人々はいつまでも手を振り続けていた。
リックは荷台から顔を出し、彼らの暖かさをその胸に感じながら、静かに尻尾を揺らした。
街を離れてしばらくすると、キリアはセルドリクに尋ねた。
「ねえ、セルドリクさん。
ラトーダ領って、どんなところなの?」
「ラトーダ領は帝国北部に広がる“ラトーダの森”を中心とした地です。
魔獣が多く棲む危険な土地ですが──
代々、操魔士の名門であるグランジェット家が治めております。」
「名門……かぁ……」
キリアは少し不安げに呟いた。
「怖い人だったらどうしよう……」
セルドリクは優しく笑った。
「大丈夫ですよ。
ご当主のガイアス様は、とても温和で誠実な方だと聞いております。」
「そっか……よかったぁ……。」
キリアは胸を撫で下ろした。
だが──
荷台に揺られるリックは、キリアとは違う緊張を抱えていた。
「父さんは……僕を見て、どう思うんだろう。」
リックは心の中で不安げに呟いた。
外見は魔獣。
もちろん声も届かない。
けれど、中には“リック”の魂が宿っている。
父ガイアスは、何かを感じ取るだろうか。
それとも──
気づいて欲しいという期待と、気づいてほしくないという不安。
そんな複雑な想いが、胸の奥底で渦巻いていた。
「グルル……」
リックは小さく喉を鳴らし、俯いた。
キリアにはその気配が伝わったのか、窓から顔を出しリックに声をかけた。
「リック、どうした?
どこか具合でも悪いの?」
「グルルルッ!」
──なんでもないよ!──
リックは少し驚きながら首を振る。
そんな彼の様子に、キリアは不思議そうに首を傾げた。
「そっか。リックも不安なのかな?
大丈夫だよ!僕がついてるからね!」
キリアの優しさに、リックは胸に渦巻く不安が少し和らいだような気がした。
馬車は北へと進み、やがて景色が変わり始めた。
「キリア様、そろそろ見えてきますよ」
セルドリクが指差す先──
遠く聳える山々を背に、巨大な森が広がっていた。
「わあ……!
すごい……あれがラトーダの森……?」
「はい。
あの森の手前がラトーダ領でございます」
森は深い緑に覆われ、その奥には何かが潜んでいるような、静かな圧を放っていた。
不気味さも漂わせるその壮大な光景に、キリアは思わず息を呑む。
一方でリックは、懐かしさと共に痛ましい記憶を呼び起こすその森を見つめ、胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
あの日──大切な友と、自らの命を貫いたあの痛みが、胸を刺すような気さえした。
──帰ってきた……──
リックはそっと目を伏せ俯く。
キリアはそんなリックの背を優しく撫でた。
「僕たちなら、何があっても大丈夫。」
「グルルルッ」
──ありがとう、キリア──
リックは小さく喉を鳴らした。
馬車は森へと続く道を進み、やがてラトーダ領の境界へと足を踏み入れた。
そこは新たな地であり──
同時に、リックにとっては“懐かしの地”。
こうして、キリアとリックの新たな旅路は、静かに幕を開けた。
その先に待つのは、魔獣となったリックと、人間だった頃の家族との再会。
運命の歯車は、彼らの行く末を試すように、ゆっくりと回り始めていた。




