第30話 温もりと本当の旅立ち
カルシオーネの街が近づくにつれ、キリアの胸は自然と高鳴っていた。
見慣れた門壁が視界に入った瞬間──
キリアは馬車の窓から身を乗り出し、大きく手を振った。
「おーい!!」
門兵が驚いたように振り返り、すぐに笑顔で手を振り返す。
「おおー! キリアじゃねえか!
戻ったんだなー!!」
馬車が門の前で止まると、キリアは勢いよく飛び降りた。
リックも荷台から跳び降り、キリアの横に並ぶ。
門兵の声を聞きつけ、街の住民や冒険者たちが次々と集まってきた。
「キリア!無事だったのか!」
「公爵家に呼ばれたって聞いて心配してたんだぞ!」
「リックも元気そうだな!よかった!」
皆が口々に声をかけ、キリアたちの帰還を喜んでくれる。
改めて感じるその温かさに、胸がじんわりと熱くなった。
ほんの数日離れただけなのに──
まるで何ヶ月も会っていなかったかのような、そんな想いが胸に広がる。
すると、人垣の奥から聞き慣れた声が響いた。
「おかえり、キリア!リック!」
「元気そうでなによりだ!
公爵様との話は大丈夫だったか?」
リエットとアイザックが人垣を掻き分けて現れた。
その顔を見た瞬間──
キリアの目に涙が滲んだ。
「えっ!ちょっと!?
──セルドリクさん!!
キリアが泣いてるじゃない!屋敷で何があったのよ!?」
「いえ、そんな!何もございませんよ!?」
リエットに鋭く睨まれ、セルドリクは慌てて手を振り後ずさる。
「ち、違うよリエット!
みんなに会うのが久しぶりな気がして……
それに、出迎えてくれたのが嬉しくて、それで涙が出ただけだから!」
そう言って割って入るキリアに、リエットはホッと息をつき、セルドリクも深く息を吐き胸を撫で下ろす。
「ならいいけど……
ごめんね、セルドリクさん。
それで、公爵様には何を言われたの?」
「そうだな。詳しく聞かせてくれ」
アイザックも腕を組みながら続く。
「ええ。もちろん、ご説明させていただきます」
セルドリクが丁寧に頭を下げると、四人とリックはギルドの応接室へと向かった。
ギルドの扉を開けると、キリアの耳に懐かしい音が届く。
掲示板を眺める冒険者の声や、受付の書類をめくる音が響き、慌ただしくも活気に溢れていた。
「ふふっ、相変わらずみんな忙しそう。」
キリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
応接室に入ると、セルドリクは公爵家での出来事を順に説明した。
キリアが公爵家の養子となったこと。
リンカ王女との衝撃的な出会い。
そして、リックが“守護獣”に任じられたこと。
話を聞き終えたリエットとアイザックは、しばらく口を開けたまま固まっていた。
「キ、キリアが……公爵令嬢……?」
「おいおい……
リンカ王女って言やぁ、史上最強と謳われる賢帝じゃねえか……」
あまりの展開に、二人は言葉を失っていた。
キリアは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「ははっ……びっくりだよね。
僕もまだ信じられないよ。」
「グルルル……」
──僕も信じられない……──
リックも呆れたように喉を鳴らした。
だが──
リエットは次の瞬間、涙を浮かべて笑った。
「でもさ、やっと……
やっと、キリアが認められたんだね……」
「そう……なのかな?」
キリアは苦笑いしながら首を傾げた。
「そうよ!
それに、そのリンカって子……見る目あるわね!
最強の友達ができてよかったじゃない。ふふふっ」
「うん!すーっごくかわいくてね!それと──」
キリアとリエットは、まるで姉妹のようにリンカの話で盛り上がった。
リックはそんな二人を見て、静かに尻尾を揺らした。
──キリアが笑ってる。
それだけで、僕は十分だ──
そんな想いが、彼の胸に静かに広がった。
一方その頃、アイザックとセルドリクは少し離れた席で話していた。
「……あいつは勇者だからな。
いつかこの街を出る日が来るのは分かってた。」
アイザックは静かに呟いた。
「俺も、街の連中も……
もっと罪滅ぼしをしたいところだが……
気持ちよくあいつを送り出さないとな。」
その声には、親が子を送り出すような寂しさが滲んでいた。
セルドリクは優しく微笑んだ。
「安心しろ。
彼女の表情を見れば分かる。
お前や、街の人々の気持ちは、すでに十分伝わっているさ。」
アイザックは目頭を押さえ、静かに言った。
「……あいつを……キリアを頼んだぞ。」
「もちろんだ。任せてくれ。」
かつて、背中を預け合った戦友二人は、再び固く握手を交わした。
ギルドを出たキリアは、街の空を見上げた。
懐かしい匂い。
温かい声。
優しい笑顔。
この街は、自分を育ててくれた場所。
そして──
自分を“最弱”と呼びながらも、最後には温かく支えてくれた場所。
「……ありがとう、みんな。」
キリアは小さく呟いた。
リックが隣で喉を鳴らす。
「グルルッ!」
──僕がついてる!──
キリアはリックの頭を撫で、微笑んだ。
「うん。行こう、リック。」
こうして──
勇者キリアの“本当の旅立ち”は、静かに幕を開けた。
その先に待つのは、魔獣となったリックと、人間だった頃の家族との邂逅──
二人を取り巻く運命の歯車は、静かに回り始めていた。




