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第25話 最弱の返上

 キリアの決断を聞いたリンカは、その澄んだ声で弾むように告げた。


 「じゃあ早速、国交についてお母様に話をつけてこようかしら。

  キリアの故郷へのご挨拶は、また別の機会にさせていただくわ。

  このあたしがまた連絡して差し上げるから、楽しみにしておきなさいね。」


 彼女は分かりやすく上機嫌な声を響かせ、ダルタディオに向き直る。


 「それと、ダルタディオ様。

  今後、聖統国王家と公爵家は友人関係になるわ。

  “王女殿下”なんて、やめていただけるかしら。

  気軽にリンカと呼ぶことを許可して差し上げるわ。ふふふっ。」


 リンカは満足げに微笑むと、軽やかに立ち上がり踵を返した。

 その背中には、王女としての威厳と、少女らしい高揚が同居している。


 「では皆様、ごきげんよう!」


 「お、お待ちください!王女殿下!!

  み、みみ、皆様、失礼いたします……!」


 ひらりと手を振り、聖統国へ向けて足早に去っていく。

 執事の翁も慌てて彼女の後を追っていった。


 その姿は、まさに嵐そのものだった。


 リンカが屋敷を出た瞬間、公爵家は再び静寂に包まれる。

 部屋に残るのは、柑橘の香りと、彼女が巻き起こした余韻だけ──


 リンカの見送りを終え、部屋に戻ったダルタディオは静かに腰を下ろした。

 彼は深く息を吐き、セルドリクへ視線を向けた。


 「まさか、こんな話になるとは……

  セルドリク、すぐに王家へ報告を頼む。」


 「ご心労お察しいたします……。

  早速、王宮へ向かわせていただきます。」


 セルドリクはすぐさま馬車の準備を命じ、護衛と共に王都へ向け走り出した。


 ダルタディオに勧められ、キリアは寝室に戻ると、壁に掛けられた時計を見上げた。


 「えっ、まだ数時間しか経ってないの……?」


 リンカとの出会い──

 それはあまりにも濃密で、あっという間の出来事だった。

 怒涛のように押し寄せた彼女との時間が、まるで一日分の体力を奪ったように感じる。


 ベッドに腰を下ろし、キリアはまだ少し落ち着かない胸に手を当てた。


 「僕に……

  あんな可愛い友達ができるなんて……

  “友人にして差し上げたいのよ”だって!」


 リンカの言葉が、何度も胸の奥で反響する。

 キリアの頬は自然と緩んでいた。


 「しかも勇者で……

  王女様だって!ふふふっ。」


 そんな無邪気な笑顔は、これまでのキリアにはなかったものだった。

 街での生活は穏やかだったが、友人と呼べるのはリエットだけ。

 勇者としての孤独も、最弱と蔑まれた日々も、彼女の心を閉ざしていた。


 だが、リンカは違った。


 強く、美しく、気高く、そしてどこか不器用で可愛い。

 そんな少女が、自分を“友人”と呼んでくれた。

 

 胸の奥に、ほのかな熱が滲んでいく。


 「グルルルッ!」

 ──よかったね!キリア!──


 リックが嬉しそうに喉を鳴らした。

 そう声にしたい程の気持ちが、リックの瞳に宿っていた。


 キリアはリックの頭を撫で、微笑んだ。

 「リックも喜んでくれてるの?

  ──ふふっ。ありがとう。」



 その夜。


 豪奢な飾りに彩られ、国家の礎たる威厳を湛えたイストラルダ帝国の王宮──

 セルドリクからの報告を受けた城内は、皆一様に騒然としていた。


 「最弱の勇者が……公爵家の養子に……?」

 「しかも、聖統国の王女殿下が後ろ盾になっただと……?」

 「国交の取り次ぎ条件が“養子縁組”というのは本当か……!?」

 「デュランダールめ……どんな手を使ったんだ……。」


 貴族たちのざわめきは止まらない。

 最弱と蔑まれていたキリアが、勇者に相応しい力を得た。

 さらには、公爵家の娘となったばかりか、聖統国の王女と親交を深めた──


 それは、帝国内の貴族たちにとっても無視できない大事件だった。

 そして、王家もまた例外ではない。

 王は沈痛な面持ちで報告書を閉じると、急ぎ貴族たちを集めた。


 急遽開かれた会議では、“公爵家の功績を讃えるという名目で、簡易的な謁見式”を催すことを決定する。

 そしてその場で、キリアが正式に公爵家の家名を授かることも承認される運びとなった。


 この知らせは瞬く間に国内外へ広がり見せた。

 それは、各国の王家や貴族たちの間に、大きな波紋を呼んでいた。


 キリアの排斥を企む者。

 聖統国へ取り入ろうと画策する者。

 そして、勇者の力を利用しようと暗躍する者。


 煌びやかな王宮の裏──

 それぞれの思惑は、静かに蠢いていた。



 一方。


 そんな影を露とも知らないキリア──

 彼女は寝室で、胸の高鳴りを抑えながらベッドに寝転んでいた。


 「明日から、どうなるんだろう……」


 不安よりも、期待の方が大きかった。

 “最弱の勇者”と蔑まれたあの日々が、まるで遠い過去のような気がした。


 リックはそんなキリアの横で丸くなり、満足げに尻尾を揺らしている。

 キリアはリックの背を撫でながら、そっと目を閉じた。


 最弱勇者の肩書きは、もう過去のもの。

 彼女は今、世界の行く末を左右する存在へとなりつつあった。


 だが、その先に待つのは魔王だけではない。

 世界の裏で蠢く闇もまた、静かに、しかし確実に、キリアの未来へと影を落とし始めていた。



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