第24話 それぞれの真実
リンカは翡翠の瞳を細め、キリアをまっすぐ見つめた。
「キリア。
あなたは──勇者が“なぜ”生まれるか、ご存知かしら?」
唐突な問いに、キリアは瞬きをした。
「えっと、確か……
魔王が復活する前兆……だよね?」
「そうね。
それは“五種族すべてに伝わる伝承”よ。
魔獣がいても比較的平和なこの世界──
でも、魔王が復活すれば、その平和は崩れ去るわ。」
リンカは頷いたが、その表情はどこか、肯定だけではない何かを滲ませていた。
「でもね──
“魔王を倒して平和は保たれました”で終わるほど、勇者の物語は単純ではなくてよ。」
キリアは息を呑み、リックも耳を立てた。
リンカはため息をつき、呆れたように二人を見つめる。
「魔王を倒す──
そんなものは、ほぼ決まっている大前提なのよ。
問題は……
“どの種族の勇者が倒すか”が、一番重要なの。
つまり、魔王討伐なんて、政略の一要素に過ぎないのよ。」
「そ、そんな……
世界が平和のままで……
それでみんな、幸せになるんじゃないの?」
キリアは理解が追いつかず、眉を寄せた。
リンカは指を一本立て、淡々と続ける。
「支援特化のユグド族を除いて、魔王を倒した勇者が属する国は──
“向こう2000年間、世界に多大な影響力を持つ”のよ。」
「に、2000年……!?」
キリアは思わず声を上げた。
ダルタディオとセルドリクは険しい表情で深く頷く。
「そう。次に魔王が復活するまでの2000年──
その種族と国が世界の主役になる、ということなのよ。
新たな2000年の平和を勝ち取るのだから、当然だわ。
そして、現代ではあたしたちエルフ族がその立場なの。」
キリアとリックは、息を呑んでその話に耳を傾けていた。
「聖統国は“賢帝の勇者”であるあたしを、国の象徴として扱っているわ。
“次代の主役も我々聖統国だ”と、世界に誇示するためにね。」
リンカは少し不愉快そうに、冷えた瞳を湛えながら言った。
ダルタディオたちの態度とリンカの言葉は、魔王討伐の重さを物語っていた。
キリアは胸がざわつくのを感じた。
「じゃあ……
僕が“最弱”だって分かった時は……
王様たちは、よほどがっかりしたんだろうね……」
リンカは静かに頷いた。
「あなたが蔑まれる一番の理由は、それよ。
国民は詳細を知らなくても──
“最弱の勇者では2000年の栄華が望めない”という国家の悲壮が、民衆にも伝播しているのでしょうね。」
キリアは言葉を失った。
リックは怒りに毛を逆立て、低く唸った。
「グルルルルっ……!」
──なんて身勝手なんだ!!──
リンカは続ける。
「そんな“最弱”だったはずの勇者が──
突然、力を持ったらどうなるかしら?」
キリアは嫌な予感に背筋を震わせた。
リンカは淡々と、しかし鋭く言い放つ。
「デュランダール公爵家のように“養子に迎えよう”という者なら、まだマシよ。
勇者は魔王を倒せば、王家にだって無視できない存在になるわ。
ましてや、貴族でもない農村の出となれば……
他国はもちろん、この国の貴族たちにとっても“害”でしかないの。」
キリアの喉がひくりと動いた。
「勇者が……害……?」
「残念だけど、それが現実なのよ。
だから──
“力をつける前に殺そうとする者”も出るでしょうね。
“奴隷の刻印で無理矢理”従わせようとする外道が現れてもおかしくなくてよ。」
「っ……!」
キリアは思わずダルタディオたちを見た。
ダルタディオは重々しく頷き、セルドリクも只々俯いていた。
「ふむ……。
このまま君の力が強まれば、王女殿下の言う通りになるだろう。」
「そうですな……。
いつどこで襲われてもおかしくありません……。」
キリアは俯き、拳を握りしめた。
リックはそんな彼女を心配して、足元に頭を寄せる。
二人の様子を見たリンカは、強気な笑みを浮かべた。
「つまり──
あなたに“選択肢はない”のよ。」
そして、彼女は堂々と宣言する。
「デュランダール公爵家の娘として。
そして──
あたしの“友人”として、共に魔王討伐を成し遂げる。
これが、今この瞬間、あなたに定められた運命なのよ。」
キリアは顔を上げると、リンカの目をまっすぐ見つめた。
「それって、つまり……
リンカ様は、僕を守るために……
友達になってくれる……ってことだよね。」
思わぬ言葉にリンカは一瞬固まり──
顔を背けると、その華やかな顔を真っ赤に染めた。
「な、なな……!
なにを言っているのかしら!?
あたしは自分の覇道のためにあなたが必要なだけよ!!」
「グルルル……」
──素直じゃないなぁ──
リックは呆れたように鼻を鳴らす。
「な、生意気よ!従魔のくせに!!」
リンカは不貞腐れたようにそっぽを向いた。
その様子を見て、キリアはふっと笑みを浮かべた。
そして、何かを決意したようにダルタディオとセルドリクへ向き直る。
「ダルタディオ様。
養子のお話──僕、受けます。」
ダルタディオは驚き、セルドリクと顔を見合わせた。
そして、ダルタディオは優しく微笑み、セルドリクの顔には感嘆が滲む。
「……ああ。
君の決断、心から感謝する。
──今後のことは全て任せなさい。
私たちも王女殿下と共に、君を全力で守ると誓おう。」
キリアは深く息を吸い、胸に手を当てた。
農村に生まれたただの少女──
そんな彼女が、公爵家の一員となり、この国と世界の命運を握る存在となることを決めた。
淡い希望を胸に抱き、数多の試練に立ち向かう──その決意と覚悟を湛える瞳は、新たな歩みの始まりを告げていた。




