第22話 勇者と勇者
ダルタディオの提案を聞いた翌朝。
キリアはほとんど眠れないまま、ぼんやりとした頭で目を覚ました。
「……んぅ……ん?
……あれ……もう、朝……?」
瞼をこすりながら身を起こすと、すぐ隣でリックも眠そうにあくびをしていた。
ふわふわの毛並みが、肌に優しく触れている。
「んーぅん!……いい朝だね、リック!」
キリアは背伸びをしながら、リックの頭を優しく撫でる。
「クルルルッ」
リックは気持ちよさそうに鼻を鳴らした。
キリアはベッドから立ち上がると、おもむろに着替えを始める。
リックは慌ててベッドに顔を伏せ目を瞑った。
魔獣に転生してもう随分経つが、この瞬間だけは未だに慣れない。
もう少し恥じらって欲しいものだ──と困り果てるリックだった。
キリアが着替えを終えた頃──
廊下の向こうから、澄んだ声が響いた。
「──このあたしの顔に泥を塗った……
あのクソ剣帝はどこにいらっしゃるのかしら!?」
「お、おお、お……王女殿下……!
“クソ”などとおっしゃってはいけません……!」
「クソにクソと言って何が悪いのかしら!?
いいからさっさとあのクソに会わせなさい!!」
澄んだ声に似合わない、容赦のない罵声。
リックは耳をピンと立て、怯えたようにキリアの後ろへ隠れた。
「な、なんだろ……?」
キリアはそっと扉に近づき、ほんの少しだけ開けて覗いた。
彼女は、視界に映る光景に息を呑む──
そこには、金糸に輝く髪を豪奢な飾りで結った少女が立っていた。
端正な横顔には、吸い込まれるような翡翠の瞳を湛えている。
あまりの美しさに、まるで絵画から抜け出してきたのかと錯覚するほどだった。
だが──
「どこにいるのよ、あのクソ剣帝は!
このあたしが直々に、燃やして差し上げるわ!!」
口から飛び出す言葉は、まるで荒くれ者のようだった。
隣には、冷や汗をかきながら必死に彼女をなだめる執事らしき翁がいる。
「お、王女殿下……どうかお静まりを……!」
「静まれって言うなら、まずあのクソをここに連れてきなさい!!」
そして、怒鳴られているのは──
「……落ち着いてください、王女殿下!
アレクは未だ、床に伏しております……
とても話せる状態ではありません……。」
「どうか、怒りをお納めください……。」
なんと、あのダルタディオだった。
その傍には困り果てるセルドリクの姿もある。
帝国が誇る最強の剣帝と、その従者である剣聖が、少女一人に圧倒されている。
キリアは思わず、そっと静かに扉を閉めた。
──だが、すでに遅かった。
「今、隠れたのは誰かしら!?
すぐに出ていらっしゃい!!」
扉が割れそうなほどに激しく叩かれる。
「ひっ……!」
キリアは声にならない悲鳴を上げた。
──なんだ、あの子!?──
リックは耳を畳んで震え、心で叫ぶ。
「あらそう……出てこないのね?
でしたら、この“賢帝”が直々に扉を焼き払って差し上げるわ!!」
少女の手に強大な魔力が収束していく。
「ひぃぃぃぃっ!!」
執事の翁が頭を抱えて慌てふためく。
「お、おやめください王女殿下!!
屋敷が吹き飛んでしまいます……!!」
セルドリクは動揺を浮かべ声を上げた。
ダルタディオも魔力を纏い、止めに入ろうと身構える。
「王女殿下……!それはさすがに──!」
「うわああああっ!!まってまって!!
僕が悪かったよ……!今出るからやめて!!」
キリアは慌てて扉を開け、飛び出した。
「お願いだから、こんなところで魔法を撃たないで!!」
賢帝といえば、剣帝と同格──
万物を魔法として操る、最強クラスのギフトだ。
その気になれば、大気すら焼き尽くす力を秘めている。
そんな彼女が魔法を放てば、扉どころで済むはずもない。
それでも、リックは震えながらキリアの前に立ち塞がる。
あまりに強力な魔力の気配に、毛は逆立ち四肢は硬直していた。
少女はキリアを見て、ぴたりと動きを止めた。
収束していた魔力は、彼女の全身へ穏やかに戻っていく。
「ふんっ!始めからそうしなさいな!
それで……あなた達は、どこの誰かしら!?」
鋭い翡翠の眼光がキリアを射抜く。
キリアは背筋を伸ばし、震える声で答えた。
「ぼ、僕はキリア……
キリア・シャルドレッド……。
こっちは、従魔のリックだよ……。」
「キリアに……従魔……?」
少女は怪訝そうに眉を寄せ、キリアとリックを交互に見つめた。
そして──
「もしかして……
あなたが“最弱勇者”とその従魔かしら!?」
「う……うん……。」
キリアは固まり、リックも耳を立てたまま動かない。
ダルタディオが深いため息をついた。
「王女殿下……
この者が、勇者キリアでございます……。」
少女はキリアをじっと見つめ──
何かを見定めたように、ふっと口元を緩めた。
「あなたがあのクソを叩きのめしたのね!
最弱という割に……いい魔力を感じるわ。
それになにより……思っていたより、ずっと可愛いじゃないの!!」
「えっ……?
……か……可愛い……?」
キリアは呆気にとられていた。
──当然だ!──
リックは、それには激しく同意し頷いた。
「あの面食いが妾にしたいというのも頷けるわね。
あたしも、ぜひ妾に迎えたいくらいだわ!
美しいものを愛でるのに、性別なんて些細なことですもの!」
「グルルルルルッ!」
──キリアは物じゃないぞ!──
リックは心でそう呟き、不機嫌そうに喉を鳴らした。
「あら、この子生意気ね?
まあいいわ。今あたし、気分がよくてよ。
今回は大目に見て差し上げるわ。ふふっ。」
そう言うと少女はおもむろに名乗り始めた。
「あたしはリンカ・ヴラド・エルフィリア。
エルフィリア聖統国第三王女──
“賢帝”のギフトと勇者特性を授かった、エルフ族の勇者よ。」
「え……!?賢帝の……勇者!?」
──なんだって!?──
キリアは目を丸くした。
リックも耳を尖らせ、目を見開く。
その驚きは、二人の胸の高鳴りと共に全身を脈打った。
こうして、思わぬ場所で、予想もしない形で、“賢帝の勇者リンカ”と“最弱の勇者キリア”の邂逅が果たされたのだった。




