第21話 公爵家の思惑
ダルタディオは深く息を吸い込んだ。
その仕草だけで、これから語られる“提案”の重さが感じられた。
キリアの返答が公爵家の命運を握る──
それほどに重大なものであろう事が、言葉にせずとも伝わってくるようだった。
キリアは息を呑み、リックは耳を伏せて緊張を露わにした。
提案の詳細は誰にも知らされておらず、セルドリクもまた固唾を飲んで見守っていた。
ダルタディオは、まっすぐキリアを見据えた。
「単刀直入に言おう……。
勇者キリアよ──
私の元に来る気はないか?」
その瞬間、執務室の空気が凍りついた。
その場の誰もが沈黙する。
キリアは顔を真っ赤に染め、その口は閉じる事を忘れたように開いていた。
「え……!?
そ、そそ、それは……公爵様の……妾……!?」
──なんだって!?──
リックも耳を尖らせたまま目を丸くして固まっている。
セルドリクは額に手を当て、俯きながら深いため息を吐いた。
「もしやとは思っておりましたが……
やはり……それしかありませんか……。
それはそうとダルタディオ様……
恐れながら、お言葉が足らぬかと……。」
ダルタディオは眉間に皺を寄せ首を傾げた。
一瞬戸惑った様子を浮かべ、すぐに状況を理解した。
「ああ……!
いや、すまぬ……言葉を省くのは悪い癖だ。」
彼も額に手を当て、俯いた。
そしてすぐに顔を上げ、話を仕切り直した。
「改めて提案だ。
勇者キリアよ──
君を、我がデュランダール公爵家の“養子”として迎えたい。」
キリアは目を丸くし、言葉を失った。
「僕が……公爵様の……養子……?」
「ガフッ!?」
──キリアが、公爵家に!?──
リックは心の中で驚きを叫んでいた。
耳を立てたまま固まり、尻尾も動かない。
ダルタディオは静かに頷き、その経緯と目的について語り始めた。
アレクは、エルフィリア聖統国の第三王女である“リンカ・ヴラド・エルフィリア殿下”と婚姻関係にあった。
だが、先の一件が聖統国女王陛下の耳に入り、女系王族である女王陛下は憤慨。
その結果、アレクと王女殿下の婚姻は破談となってしまう。
それは同時に、帝国と聖統国の国交交渉が白紙になったことを意味していた。
淡々と、しかし重い気配を漂わせ語るダルタディオ。
傍に立つセルドリクも、厳しい表情を浮かべた。
「そんなことが……。」
キリアは、言葉にならない感情に襲われた。
ダルタディオは重々しく頷く。
「此度のアレクの行いは、個人の失態では済まされぬ。
これを好機と捉え、公爵家に取って代わろうとする貴族どもも動くはずだ。
そうなれば、君にも様々な思惑が降りかかり……決して良い方向には動かんだろう……。」
キリアは胸を刺す痛みを覚えた。
確かにアレクの態度は許しがたいものだった。
しかし、その裏にあるダルタディオの“重責”を思うと、複雑な気持ちが胸に広がる。
ダルタディオは続けた。
「このままでは、デュランダール家は危うい。
軍を統括し、帝国の剣を担う我が公爵家が堕ちれば、国全体が脆く揺らぐ。
だからこそ──勇者キリアよ、君を養子として、我が公爵家に迎えたいのだ。」
キリアは恐る恐る呟いた。
「僕を……迎えることで……
何か、大きく変わるんですか……?」
ダルタディオは静かに頷いた。
「君を正式に“娘”として迎えれば、デュランダール家は“勇者の身内”となる。
“我らの誠意が受け入れられ、勇者と和解した”と聖統国に示すことができる。
そして、勇者の身内として君を支える家であると国内での立場も立て直せるのだ。」
ダルタディオの言葉には、何も包み隠す気がないという真摯な覚悟が宿っていた。
また、そこにはキリアの身も案じているという想いも滲んでいた。
「都合よく聞こえるかもしれないが……
公爵家が後ろ盾になることで、他の貴族の思惑から君自身も守られるだろう。」
キリアは胸に手を当てた。
彼の言葉には嘘偽りがない事を、彼女は感じ取っていた。
「グルルルルッ」
──どんな決断をしても僕が守る──
リックは心でそう呟き、キリアの足元に寄り添うと、静かに喉を鳴らした。
その決意を感じ取ったのか、ダルタディオはリックに向け微笑んだ。
「この私を前に、勇ましい従魔だ。
無論……アレクには、君に一切の無礼を働かぬよう私がキツく言っておく。
どちらにせよ、今は何もできぬが……。万が一何かあれば、すぐに言ってくれ。」
ダルタディオは深く頭を下げた。
「勇者キリアよ。
身勝手な願いであることは重々承知している。
だがどうか──
我ら公爵家と、この国の窮地を救っていただきたい。」
その声には威圧ではなく、家の存続と国を守るという真摯な願いが宿っていた。
キリアはしばらく口を噤み、ただ俯いた。
リックもまた、静かに固まっている。
もし言葉を話せたとしても、今はただ、黙って寄り添うしかなかっただろう。
長い沈黙の後、キリアは小さく口を開いた。
「……少し……考えさせてください。」
ダルタディオは深く頷いた。
「もちろんだ。
今日は屋敷に用意した部屋で、ゆっくり休むといい。」
セルドリクに案内され、キリアとリックは来客用の部屋へ通された。
豪奢な家具が並ぶその部屋は、二人には落ち着かないほど立派だった。
ただ、ふわりと包み込むようなベッドだけは、緊張で凝り固まった身体を優しく癒してくれた。
キリアはベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめた。
「……僕が、公爵家の養子か……。
貴族になるなんて……想像もつかないよ。」
リックは隣で静かに寄り添い、キリアの手に頭を押しつけた。
“自分は何があってもキリアの味方だ”と伝えたかった。
キリアはその温もりに、少しだけ安心したように微笑んだ。
ダルタディオの提案が自分の未来にどんな影響を与えるのか──
どれだけ考えても分からないまま、ただ時間だけが静かに過ぎていった。




