第20話 貴族の重責
執務室を満たす圧は、まるで空気そのものが鉄の重さを持ったようだった。
キリアは言葉を失い、リックも低く身を伏せたまま動けない。
普段、公爵の側にいるセルドリクでさえ、額に冷えた汗を滲ませている。
そんな中、ダルタディオが静かに口を開いた。
「そう堅くならずともよい。
腰を据えて、ゆっくり話そうか。」
その声音は低く重いが、どこか包み込むような柔らかさを含んでいた。
ダルタディオは中央に置かれた豪奢なソファへ手を添え、キリアへ座るよう促す。
キリアはセルドリクの顔を伺った。
セルドリクは静かに頷き、優しく手を差し伸べる。
「どうぞ、キリア様。
お座りいただいて大丈夫です。」
キリアは、恐る恐るソファに腰を預けた。
その瞬間、ふわりと身体が浮くような──
まるで雲に包まれるような柔らかさに、思わず声を漏らしてしまう。
「わあ!なにこれ!
ふわっふわだよ、リック!
……っ!……あ、えっと……あの……
……し、失礼しました……。」
慌てて口を押さえ、俯くキリア。
小さく丸まった彼女は、まるで叱られた子どものようだった。
その姿を見て、厳しい表情を崩さなかったダルタディオの口元がわずかに緩んだ。
「はははっ。よいよい。
勇者に喜んで貰えるとは、家具職人も本望だろう。
セルドリクは何やら無駄な気を揉んでいるようだがな。
君を追い詰めるために呼びつけた訳ではないのだ。」
豪快に笑うその姿は、先ほどの威圧感とはまるで違う。
貴族としての風格と、知的な紳士の柔らかさを併せ持つ人物──
それが“真なる剣帝”ダルタディオ・デュランダールだった。
セルドリクは胸を撫で下ろし、深く息を吐いた。
「ダルタディオ様もお人が悪い……。
今回の件に限っては、私……
キリア様の盾として、この命を賭すつもりでおりましたぞ……。」
ダルタディオは不敵な笑みを浮かべる。
「ほお……。それも面白いかもしれんな。」
「お戯れを……」
セルドリクは額に手を当て、俯いた。
ダルタディオは、楽しげに肩をすくめた。
そして少し間を置き、その表情を引き締める。
「くくく……まあ、冗談はさておき──
勇者キリアよ。少し真面目な話をしようか。」
その瞬間、場の空気は再び緊張する。
キリアは背筋を伸ばし、リックは静かに彼女の足元へ寄り添う。
だが、先ほどまでの胸を掴まれるような威圧感は感じられなかった。
ダルタディオは深く息を吸い、重い口を開いた。
「まずは──
愚息の非礼を詫びなければな……
デュランダール公爵家の当主として、正式に謝罪させていただきたい。
誠に……申し訳ないことをした。」
そう言って、彼は深々と頭を下げた。
公爵が、勇者とはいえ農村の少女に頭を下げる──それは異例中の異例だった。
キリアは慌てて両手を広げた。
「そ、そんな!もう終わったことです!
僕はもう気にしてません!頭を上げてください!」
ダルタディオはゆっくりと顔を上げた。
厳しい表情を浮かべ、その濃紺の瞳がキリアをまっすぐ見つめる。
「……その寛大な心に感謝する。
器の大きさは噂通りのようだな。」
その言葉には心からの感謝が滲んでいた。
湛える瞳には、父親としての痛みも宿っているようだった。
ダルタディオはそのまま話を続ける。
「今日は、謝罪の他にもう一つ……君に大事な話がある。」
彼は視線を落とし、デュランダール家の実情について語り始めた──
今、デュランダール家は非常に危うい立場にあった。
剣帝アレク・デュランダールの犯した罪は思っているよりも遥かに重かったのだ。
転生神の加護を受け、世界を救う宿命を負った勇者──
その一角をアレクは、あろうことか妾にすると侮辱し、あまつさえ足を切り落とそうとする残虐極まりない暴挙に及んだ。
さらには、その果てに“最弱”と呼ばれる存在に、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。
その事実は、公爵家という立場を揺るがすには十分なものだった。
他の貴族たちは、この時とばかりにデュランダール家を糾弾するつもりでいるだろう。
たった一人の軽率な振る舞いが、国家の勢力図に多大な影響を及ぼすほどに拡大していたのだった。
──ダルタディオはそれを淡々と語った。
しかし、その重責を一身に受ける者としての覚悟を滲ませていた。
「そこで、勇者キリア……
君に一つ、提案があるのだ。
出来れば、良い返事を貰えることを期待している。」
そう言って、彼の口から語られた“提案”──
それは、耳を疑う信じられないものだった。




