第19話 真なる剣帝
車窓には見渡す限りの草原が広がり、濃い緑の森と連なる山脈が遠く視界を横切る。
爽やかな陽光に照らされる青空の下、馬車は軽やかに揺れながら進んでいた。
荷台に乗るリックは、その陽光を浴びて心地よさそうに目を細めていた。
時折、馬車の窓から覗くキリアとセルドリクの談笑が耳に届く。
そんな中、リックにはどうしても気になることがあった。
それは──勇者であるキリアとの“獣化共鳴”だ。
本来、操魔のギフトと勇者特性は反発し合う。
原因は不明だが、実際にキリアが苦しんできた事が何よりの証拠だ。
そんな彼女の苦しみなど知りもせず、“魔獣の力と勇者の力が相反するのが当然だ”という安易な認識が、そのまま世間の常識となっていた。
だが──キリアと自分は違った。
むしろ、共鳴した二人の絆は強い。
それどころか、共鳴すればするほど力が増していくのを感じる。
あの“燃えるような真紅の獣化共鳴”は、明らかに常軌を逸していた。
リックの胸を騒つかせるのは、悩みというより元操魔士としての純粋な興味だった。
彼は自分の身体を見下ろし、確かめるように爪を軽く動かす。
「魔獣との共鳴……魔獣……。
──っ!……まさか……
魂が関係してるんじゃ……?」
それが頭に浮かんだ瞬間、胸の奥で何かが繋がった気がした。
自分の──人間の魂が魔獣の身体に宿った。
それは偶然ではなく、何かしらの“意図”があったのではないか。
キリアを“最弱という呪縛”から解き放てたことは素直に嬉しい。
だが、自分が彼女と意図的に引き合わされたのだとしたら──
その考えは小さな棘のように、彼の胸の奥に刻まれた。
考えるほど深まる謎に、リックは小さく溜め息をつき、荷台の揺れに身を任せた。
公爵領へ向かう旅路の中、彼はずっとその答えに思いを馳せていた。
やがて、馬車は巨大な門壁の前で止まった。
「わあ……大きな門だね……。」
キリアは思わず息を呑んだ。
領地を囲む城壁は、地方都市とは比べ物にならないほど堅牢で、門前には鋭い眼光を放つ警備兵が数名立っている。
セルドリクが馬車を降り、キリアに向き直った。
「キリア様、こちらを。」
差し出されたのは、銀の台座に綺麗な金の紋様が装飾された首飾りだった。
「それを従魔の首に着けてください。
危険がない従魔であることの証明になります。」
「証明……?」
キリアは首を傾げた。
セルドリクは丁寧に説明を始める。
「国境の外周城壁から離れた中心地区では、魔獣を見る機会がほとんどありません。
突然魔獣が現れれば、住民が混乱し騒ぎになります。
従魔には“危険がない”ことを示す首輪の装着が義務付けられているのです。」
「へえ……。
都会は……色々大変なんだなあ……。」
キリアは呆気にとられていた。
首輪を受け取った彼女は、リックの首にそっと着ける。
「お!似合うじゃないか!
かっこいいよ、リック。」
「クルルルッ!」
そう言って楽しげに笑うキリアに、リックは得意げに喉を鳴らした。
一行は門をくぐり、公爵領の中心部へと進んだ。
広大な牧草地を抜け、整然とした街並みを通り過ぎる。
住民たちは公爵家の馬車を見てざわめき、皆何事かと視線を向けていた。
「すごい……王都と変わらないね!」
キリアは窓から身を乗り出し、心地いい風を肌に感じながら淡紅の瞳を輝かせていた。
やがて、その視界の先に巨大な影が現れる。
「……あれが……公爵様のお屋敷……?」
キリアは唖然となりつつ、思わず呟いた。
広大な敷地に佇む屋敷は、まるで城塞のようだった。
重厚な石造りの壁、天を穿つような塔、そして訪れた者が必ず息を呑む豪奢な門。
門前には、精鋭の私兵たちが整然と並び、その鋭い眼光は、まるで魔獣をも射抜いてしまいそうだった。
そのうちの一人が歩み寄り、恭しく頭を下げる。
「キリア様、ようこそおいでくださいました。
公爵閣下がお待ちでございます。どうぞ、こちらへ。」
私兵に案内され、一行は屋敷の中へと足を踏み入れた。
中は上品な赤の絨毯が敷き詰められ、豪奢な調度品が並んでいる。
広い階段に差し掛かると、屋敷全体から放たれる“威圧感”が強まっていく。
キリアは思わず息を呑み、リックは背筋を冷たいものがなぞった。
無意識にリックの毛が逆立つ。
ただならぬ気配が、奥の部屋から滲み出していた。
「ダルタディオ公爵閣下。
勇者キリア様をお連れいたしました。」
私兵たちが重厚な扉を軽く叩くと、中からは威厳を湛える声が響く。
「……入れ。」
その声に従い、私兵が扉をゆっくりと押し開ける。
その瞬間、辺りの空気が一変した。
その気配の中心──部屋の中央に、一人の男が立っていた。
大柄だが引き締まった身体。
野生の魔獣のように鋭い濃紺の眼光。
荒ぶる魔力は、まるで嵐が人の形をして立っているようだった。
キリアは冷えた汗を滲ませ、リックは本能的に低く身構えた。
彼女の指先は震え、それを悟られないように身体を強張らせている。
リックは彼女を守れるよう、必死に畏怖を押し殺すが、一歩前に出るだけで心が擦り減るようだった。
「……っ……!」
言葉を失うキリアに向け、セルドリクが静かに口を開く。
「キリア様……
こちらが、ダルタディオ・デュランダール公爵閣下でございます。」
佇む男はゆっくりと言葉を紡いだ。
「……よく来てくれた。真紅の勇者よ。」
その声は低く、重く、その場の全ての支配権は彼にあると、言葉にせずとも理解させられるようだった。
キリアの心臓は、これまでにないほど早く、強く脈打った。
こうして──
“真なる剣帝”と“真なる勇者”の邂逅は果たされたのだった。




