表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/37

第16話 公爵家の使者

 整えられた口髭を湛え、眉間に皺を刻み静かに馬車に揺られる男──

 デュランダール公爵家執事筆頭であるセルドリク・カーマインは、その揺れを身体に感じながら深い溜息を吐いた。


 ダルタディオ公爵の命は絶対だ。

 だが、今回ばかりは使者としての役目を全うできるかどうか、不安の色を滲ませていた。


 『──勇者を呼び寄せよ』


 そのたった一言は重く、セルドリクは胸の奥を騒つかせていた。

 胸の内に沸く不満にも似た思いが思わず口をつく。


 「どうしたものか……

  噂通りであれば……アレク様の非は自明の理……

  しかも、相手がかの勇者とは……」


 世界にたった五人の選ばれし“勇者”。

 最弱と蔑まれていたとはいえ、魔王を討つべく転生神の加護を受けた者だ。


 「このような不躾な召見など……

  まともに受け入れられるとは思えぬ……。」

 そう呟き、セルドリクは深い溜息を漏らした。


 さらにもう一つ、噂が真実ならあの剣帝アレクを打ち倒した相手。

 あのような振る舞いの男でも、その実力だけは紛れもなく本物だ。


 セルドリク自身も剣聖のギフトを授かっている。

 剣帝には及ばずとも、そのギフトを駆使し、かつてはAクラス冒険者として名を馳せた身だ。

 それでも、アレクを打ちのめした相手に勝てる道理は一切見当たらない。


 護衛として同行しているのは、デュランダール公爵家が誇る精鋭の私兵たち。

 だが彼らがいたとて、“力に目覚めた勇者”を敵に回すなど正気の沙汰ではない。


 主の命と未だ見ぬ勇者に思いを馳せ、頭を抱えていたその時だった。


 「ッ!?……止まれ!!」


 御者の叫びと共に、馬車が急停止した。

 馬たちが耳をつんざく悲鳴を上げ、その前脚を高く持ち上げる。


 「どうしたのだ……!?」


 セルドリクが身を乗り出すと、視界に飛び込んできたのは、鋭い角を持つ灰色の魔獣たち。

 近場を数えるだけでも、10体はいる。


 「スピアラビットの群れか……!」


 Bクラス魔獣“スピアラビット”。

 数体なら対処可能だが、十数体の群れとなれば話は別だ。

 その鋭い角は軽鎧であれば軽く貫き、頑丈な牙は獲物の骨を噛み砕く。


 「全員……構えろ!!」


 護衛たちが盾を構え、剣を抜く。

 外へ出たセルドリクも、腰の剣を引き抜き低く構えた。

 その手は、久しく忘れていた感触を、冷えた汗と共に思い出す。


 「この数では……!」

 「く、くそっ!……なんでこんなに……!」

 「とにかく、セルドリク様をお護りしろ!」

 「陣形を崩すな!盾を重ねて応戦しろ!」


 次々と弾幕のように襲いかかるスピアラビット。

 盾を弾き、馬車の車輪を破壊しようと角を突き立てる。

 弾かれた角は地を抉り、土を激しく跳ね上げた。


 「皆、堪えるのだ!」


 セルドリクも俊剛併せ持つ華麗な剣技で応戦するが、数の暴力は徐々に彼らを追い詰める。

 少し、また少しと後退を余儀なくされていた。


 カルシオーネの街まではまだ距離がある。

 ここで馬車を壊されては途方に暮れてしまう。


 その時だった。


 「──ッ!!」


 真紅の閃光が、戦場を切り裂いた。

 その後を追うように、遅れて風が吹き抜ける。


 「な……!?」

 セルドリクが目を見開く。


 草原を颯爽と駆け抜ける影。

 その中心には、真紅の瞳を輝かせた少女の姿があった。


 そして、その傍らには──

 猛々しく駆けるサーベルキャット。


 「リック、そっちはお願い!」


 少女が軽やかに跳躍し、真紅の魔爪を纏いスピアラビットを斬り伏せていく。

 その動きはしなやかで無駄がなく、まるで戦場を舞い踊る戦姫のようだ。

 そして従魔のサーベルキャットもまた、牙と爪を巧みに使い、撃ち漏らしを確実に仕留めていく。


 「な、なんという……!」

 セルドリクはその姿に息を呑む。


 「な、なんだあの動き……?」

 「人間にあんな動き……できるのか?」

 「あの魔獣も、すごいな……」


 護衛たちもまた、その圧倒的な技量と連携を前に、気づけば視線を支配されていた。

 そのまま、少女は息一つ乱さず最後の一体を斬り伏せる。


 「これで最後かな?

  ──リックは終わった?」

 少女は周囲を見回しながら問いかける。


 「ガウッ!」

 ──もちろん!──

 リックは当然と言わんばかりに答えた。


 少女は軽やかな足取りで、セルドリクの元へ駆け寄ってきた。

 目前にふわりと立ち、澄んだ声を響かせる。

 その声は、張り詰めた戦場の余韻を優しく洗い流すようだった。


 「ケガはなかった?」


 少女は心配そうに、セルドリクの顔を覗いている。

 その瞳は、いつの間にか優しい淡紅の輝きになっていた。


 先ほどまでの勇ましい戦いぶりとは裏腹に、その佇まいはどこか柔らかく、まだあどけなさを残す可愛らしい少女。

 その隣には、誇らしげに胸を張る従魔の姿もあった。


 「え、ええ……。

  あなたのおかげで、皆無事です。」


 短く答えるセルドリクだったが、あまりの出来事に言葉が続かず立ち尽くす。

 少女は花のようにふわりと微笑み、リックと呼ぶ従魔の頭を軽く撫でた。


 「よかった!

  じゃあ、僕は行くね。道中気をつけて!」


 そう言い残し、少女と魔獣は颯爽と草原を駆けていった。

 名を聞く間もなく──真紅の残滓が軌跡を描き、草原の風に溶けて消えた。


 セルドリクは、呆然とその背を見つめる。

 「真紅の魔力……

  魔獣を連れた……少女……

  ──……っ!!」

 

 彼は、はっと息を呑んだ。

 脳裏に民衆の噂がよぎる。


 「まさか……

  あの少女が……!」


 気づいた時には遅かった。

 少女の姿はもうどこにもない。


 「あれが……覚醒した勇者の力……。」

 セルドリクは小さく呟いた。


 彼は急いで馬車の修理を指示する。

 すぐさま体勢を整えると、カルシオーネの街へ向けて馬車を走らせた。


 その胸は、勇者と思しき少女への畏敬と、主人の命との狭間で揺れ動いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ