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第7夜「迫る魔の手」

 銀髪褐色の兵士の男、ベルビルは淡々と言葉を続ける。しかし、どこか情熱的にも感じられ、それはまるで民衆に演説でもしているようだった。

 良くも悪くも純粋な学生たちには効果覿面かもな。


「私が出向いたのは他でもない。ここ最近、この都市で頻発している負け犬の・・・王国残党どもの反乱を処理をしにきた。昨夜も兵舎が襲われたらしいからな。」


 このように男は一貫して真実を語りながらも、時折分かりやすい嘘も混ぜている。

 それは恐らく学生たちに紛れている俺の微細な反応の変化を見るためだろうが、何か別の目的もあるようにも見えた。


「特に、先日起きた帝国兵士殺しは見過ごせん。よって、可能性は低いだろうが、帝都中央は君たち帝国学生にも疑いをかける事にした。」


 その時、男は意図的に顔を歪め、その表情に悔しさを滲ませる。それが見事に学生たちの関心を煽る。なかなか演技派だな、帝都本隊の兵士は。


「本日はこの学舎周辺を調査する。何か情報を持つものは、私のもとに。では、帝国に栄光あれ。」


「「「「栄光あれ!」」」」


「・・・」


 そして男の集会は学生たちの熱狂の中で終わった。その本来の目的はどうであれ、これほど若き帝国民たちを焚き付けられたのは、彼からしても概ね大成功だったのだろう。事実として、その男の表情は満足げだった。

 その間、俺は一度も目が合わなかったことだけは幸運だろう。もし不意にも目が合えば、お互いの隠された殺気に反応していたに違いないのだから。



 それから数刻後、依然として数人の帝国兵士たちは学舎の中を徘徊しているが、俺のような学生は普段通りに過ごす。

 今もちょうど座学の講義が終わったところだ。これからは昼休憩を挟んで、午後の鍛錬、剣の稽古。

 しかし俺は速やかに帰らせてもらおう。あの銀髪男が近くにいると、気が高まって落ち着かない。

 ゆえに俺は颯爽と学舎から出ようとしたが、立ち止まった。いつも常に明るい学友の顔が曇っていたのである。


「フララ?」


「・・・えっ。」


「もう講義終わったよ? レクセルたちが昼飯食いに行こうって。」


「あ、そうか。うん。行こう。」


 少女は気のない返事をして立ち上がる。その表情は一瞬にして元通りだが、やはりどこか固い印象がある。彼女にしては珍しく体調でも悪いのだろうか。


「・・・ねぇアルトラ、昨日の夜、どこにいたの?」


「え?」


 フララと学舎の回廊を歩いていると、静かに黙り込んでいた彼女が突然と問いかけてくる。

 それが変に切羽詰まった様子で、謎の緊張感が伝わってくる。というか、そもそもその問い自体に俺の鼓動は跳ね上がった。昨日の夜、何をしていたかなんて、他人に言えるわけがない。


「どこって、自分の家だけど・・・なんで?」


「・・・私さ、昨日───」


「あっ、いたいた! アルトラ! こっち来い!」


「「?」」


 それら少女が口を開きかけた時、やけに騒がしい男が目の前に現れ、俺は強制的に連行されてしまった。

 俺は訳もわからずに目を丸くしていたが、そんな姿を少女はずっと見つめている。彼女は今、何を言いかけたのだろう。まぁ、考えたくはないな。

 そして俺が学友に引きずられながら、大人しく中庭まで付き従うと、そこには稽古用の剣を持った学生たちが集まっており、なぜか盛り上がっていた。

 まだ時間帯的には昼休憩だというのに、今日はどうしたのだろうか。嫌な予感がする。


「はいっ、こいつがこの学舎で一番強い、アルトラです!」


「ほう、彼が。」


「・・・っ。」


 その時、俺は思わず固唾を飲み込んで、眉間に皺を寄せてしまった。剣を持つ学生たちの中心にいたのは、やはりあの男だったのだ。

 俺は瞬時に表情をアルトラ・アーデに戻すが、銀髪の男、ベルビルはこちらの姿を面白そうに観察している。


「どうだ少年。私と軽く、一試合。」


 そしてベルビルは名指しで俺を指名した。一瞬俺の正体が見破られたのかと思ったが、周囲の学生たちは既に打ちのめされた痕がある。

 だから俺に白羽の矢が立ったのだろう。本当にいい迷惑だが、ここで引けば逆に怪しまれる。この決闘、受けるしかない。


「・・・こちらこそ。」


 俺が不本意ながら了承すると、ベルビルは少し意外そうに微笑みながら、木製の剣を腰に携える。こちらも剣を構えて向き合い、視線は交差する。

 

「さぁ、好きにきたまえ。もちろん私は加減するから。」


「それは、どうもっ───」


「むっ!?」


 そして、俺は即座に斬りかかった。それは遠慮も躊躇も加減もない、全身全霊、全力の一振り。

 しかしベルビルは難なく反応して、お互いの模造剣は衝突し、空気は波打つ。

 腕に刻まれた印を意識すれば、もっと力を増すことができるが、今は決して使わずに。この際だ。この帝国兵士を最大限に利用して、俺の実力を測る。

 きっと近いうちに戦うことは明白なのだから。


「ふっ、いいパワーだ! だがっ!」


「───っ。」


 その瞬間、驚いたことに、拮抗した鍔迫り合いから剣を押し返された。やはり純粋な力比べでは若干だが俺の方が劣りそうだ。

 それから始まる一進一退の剣戟。剣が重なり叩きつけ合い、学舎には大きな歓声が鳴り響く。

 基本的な技術に差はない。たとえ相手が手加減しているとしても、その隠しきれない実力は剣から伝わってくる。俺と男の剣技は互角。これ厄介だ。


「・・・そうか。やはりか。」


「っ?」


「いや、なに。中々いい動きだな。その太刀筋も、足運びの流れも。近頃の()()()()とは、思えないぐらいだな。」


「まぁ、鍛えてますんで。」


「そうか、それは立派なことだ!」


「───なっ!?」


 その時、ベルビルの動きは瞬く間に加速し、こちらの反応速度を一瞬だが上回った。これは油断した、くそ。

 そして俺は剣で受けるが、咄嗟の不安定な防御、当然ながら耐えきれずに吹き飛ばされる。

 加減はされていただろうが、情けなく地面に転がる。あの魔女に見られていたら笑われそうだ。


「どうだ、満足かな?」


「あはは、まいりました。さすがに強いですね。」


 俺は差し出された手を掴み取り、静かに立ち上がる。その間、視線は男の一挙手一投足に向いたままに。


「そうでもないさ。これでもエルスタス本隊では末端兵だからね。」


「へぇ。ご謙遜を。」


「本当のことさ。それに、君の本当の実力ならば、きっと私とは互角な気がするよ。」


「え?」


「緊張してしまったのかな? どこか、君の剣に鈍りがあった気がする。お互い、次は本気で戦えるといいな。」


「・・・そうですか。まぁ、近いうちに。」


「あぁ、近いうちに。」


 ベルビルはなぜか嬉しそうに笑った。それは未確定の再戦を確信しているようだった。

 男は配下の兵士を連れて学舎に去っていくが、その曇りのない不気味な笑みが忘れられない。黒印を刻まれた右腕が痛むな。


 さて、これからどうするか。できれば早急に対処しないと。


 そう考えて、学舎の隅にある人気のない物置に到着した時だった。俺は口を開いて、僅かに呼吸を忘れた。


「ふふ、お互い、緩い剣闘だったな。」

「───っ!」


 全てを貫くような透き通った声、体が硬直して動かない。頭の中では思考が混雑するが、そのまま爆発する前に押さえつける。

 その暗くて狭くも広い物置にはルテナがいた。積み上がった石机の上に、微笑みながら座っていた。

 この場で声を上げたら人が来て終わる。それだけは避けなければ。


「・・・ルテナ、正気か? 何を考えてる? 今この状況でこの場所に・・・。死ぬ気・・・いや、殺す気か?」


「暇だったからな。遊びに来た。」


「・・・・・・頼んでおいた仕事は?」


 俺は平然と片付ける素振りを見せつつ、淡々と会話を続ける。決して苛立ちは表に出さず、アルトラ・アーデとして、冷静に努めて。


「その帰りだ。ほら、感謝は?」


「ありがとう、そして今すぐ消えてくれ。さすがに度が過ぎる。もし誰かに見つかったら───」


「その時はその時だ。言い訳くらい自分で考えなさい。頭は悪くないだろう? 王子様。」


「・・・」


 ルテナは美しく微笑みつつ、やはりその目は笑っていない。

 宝石のような黒い瞳が俺の中を覗いてくる。これは敵以上に厄介な存在かもしれない。


「それに、帰りたくても帰れないのよ。」


「え?」


「どうやら敵の方が一枚上手みたいね。ここ、囲まれたわよ。」


「っ!?」


 その時、俺は瞬時に耳を澄ませ、強化された感覚を研ぎ澄ますが、すぐに舌打ちして倉庫の壁を殴りつける。

 この学舎の周囲には武器を携えた帝国兵士だらけ。敷地の中には数いなかったので、油断していた。いや、きっとベルビルの強い気配に惑わされて見落としていたのだ。

 この手際の良さ、先を見据えた行動。もう俺の存在は露見して・・・


「───いや、炙り出しか。」


 そう、恐らく昨夜の犯人に目星はついているが、まだ定めきれていないのだろう。不意の混乱に乗じて俺が逃がさないように、学舎には兵士が数人しかいなかったのがいい証拠だ。


「ルテナ、ひとまず隠れててくれ。俺は退路を確保してくる。」


「そう。ならば気を付けなさい。あの男、結構強いわよ。ほらこれ。」


「・・・・・・分かってる。」


 この状況でも呑気なルテナは珍しく危険は忠告しつつ、鞘に収まった剣を俺に放り投げた。それを怪訝な顔で受け取ると、俺は不意にため息をこぼす。

 その剣は家に置いてきた俺の剣だった。先読み、予測、偶然。ルテナには最初から分かっていたのだろうか。もしくは・・・


「アルトラ!」


 その時、見知った少女から名を呼ばれる。いつの間にか倉庫の前にはフララがいた。


「ルテナ、絶対に出てくるなよ。」


「いいけど、もしあの子に見られたらどうするの?」


「・・・それはお前が気にする事じゃない。俺の問題だ。」


「そう。ならば鈍るなよ、アルトラ。私は常に見ているからな。」


 それは少しだけ、強い言葉だった。こちらの態度が不満だったらしい。

 それでも俺は剣を隠しながら振り返りつつ、薄暗い倉庫から出て、重い扉を乱暴に閉める。

 それはあの女に聞き耳を立てさせないように、こちらの世界に踏み込ませないように警告するように。


「アルトラ、そこに何か、誰かいるの?」


「フララか。悪い、今急いでて。」


「ねぇアルトラ、私、貴方に聞きたいことがあるの。」


「・・・なに?」


 そこで俺は聞き返したことを後悔する。なぜなら目の前の少女の顔は、とても複雑そうで、辛そうだったから。

 これから彼女に向けられる言葉が、分かってしまったから。


「私・・・昨日の夜、見ちゃったの。アルトラが、綺麗な女の人と、兵舎に向かって出歩いているところを。あの人、誰?」


「急にどうしたんだよ、フララ。昨日はずっと家にいた。どうせ見間違いだろう? 俺もう行くよ───」


「いいから答えて!」


「───っ。」


「 ねぇアルトラ。貴方、いま何をやってるの?」


「・・・」


 その時、俺は自然と視線を落とす。少女には真っ直ぐに見つめられている。その視線が地味に痛い。

 まさか彼女に見られていたとは。ベルビルだけでなく、よりにもよって彼女にも。

 これは、ますますルテナを見られるわけにはいかない。しかし、なぜか彼女には明確な決意とも取れる気迫がある。これは嘘や誤魔化しでは押し倒せないだろう。

 ───もう、やるしか。

 その時、俺は背に隠した剣に触れる。少女に見せる表情はアルトラ・アーデを保ったまま、姿勢だけは軽く落として。

 ここで立ち会っていたのが剣士ならば気付かれるだろうが、彼女は剣が不得意で座学一本。自分の喉元が狙われているとは思ってもいないだろう。


「危ない事ならやめようよ? 話なら私が何でも聞くよ? だって私、貴方のことを───」


 しかしその瞬間、俺は剣から手を離した。だって少女は泣いていた。俺の目の前で、あの日の幼き俺と同じように、力なく泣いていた。

 そうか、そうだったのか。

 それが今の俺にはどうしようもなく、焼き付いて見える。


「・・・ありがとう、フララ。君には後で必ず話すから。だから心配しないで。」


 ゆえに俺は優しく微笑みながら、あの日の姉のように答えた。きっとその時の俺の表情は、偽りの仮面が剥がれた、アルトラ・エルテーラだっただろう。

 しかし、今の俺ができる譲歩はこれまでだ。これ以上は、本当に彼女を殺さなければならない。

 そして俺が少女の反応を静かに伺っていると、彼女はどこか安堵したように涙を抑えた。


「・・・そっか。わかった。私、待っているから。いつまでも。えっと、話はそれだけ。引き止めてごめんね。」


 そしてフララは普段のように笑っていた。本当に強い女性だ。まだ言いたい事もあるだろうに。まだ納得していないだろうに。

 今はただ、俺のことを信じてくれて・・・信じようとしてくれている。

 もうこの背の剣は必要ないだろう。そう思って、俺は完全に警戒態勢を解いた。だからこそ。


 ───鈍るなよ、アルトラ。


 あの魔女の言葉が頭を過ぎる。それは一瞬にしても、僅かにしても。あの強く向けられた言葉が、俺の腕を、この刻印を熱くさせる。


「あぁ、別に構わないよ、フララ。・・・あ、そうだ。このことを誰かに話した?」


「あ、えっとね、私、あの人に相談を───」


「はい、ご苦労さま。」


「───えっ?」


「っ!?」


 その瞬間、俺は警戒を怠ったことを即座に後悔した。俺はその光景を前に大きく目を見開く。少女も状況が飲み込めずに唖然とする。

 その剣は突き刺さっていた。少女の胸に。その凶器は背後から貫いていた。少女の柔く白い肌を。


「・・・ごぼっ!」


「フララ!!」


 少女は大量の血を吐き出し、力なく倒れる。俺はすぐに駆け寄ろうとしたが、足を強く踏み込んで立ち止まる。

 地面に横たわる少女、その背後には銀髪褐色の男が立っていた。男は血に染まった剣を片手に、その瞳は俺のことを真っ直ぐに見つめている。

 あぁ、鈍った。俺は迫り来る激情よりも先に、そう思った。


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