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第5夜「炎の宮殿」

 しばらくルテナと見つめ合う。こちらが一応は言葉を選んで悩んでいると、魔女はくすくすと微笑む。あぁ、やはり小馬鹿にされている気がする。もう早いところ済ませよう。


「───それじゃあ、まず、お前は誰だ、何者だ? どうして俺の名を知っていた? お前は俺の味方か、あるいは敵か・・・」


「私はルテナ。はい終わり。」


「え。」


「ふふ、何を驚いているの。私は私の好きなように答えるだけ。それ以上のことは与えない。少なくとも今のお前にはな。」


 ルテナは俺に背を向けると、神殿の壊れた壁に触れながら、光の差し込む天井を見上げる。どうやら本当に話す気はないようだ。こうなれば当たって砕けるしかない。


「・・・この力は? お前が刻んだこれは何だ?」


「それは私との契約の証。」


「契約?」


「そう。あの夜、お前は私に力を欲した。だから私がお前に与えた。ふふ、アルトラ。お前という人間に相応しい、国を滅ぼす為の力を。」


「国を滅ぼす、力・・・確かに、目とか、良くなった気がするが。」


「身体能力の向上はおまけに過ぎないわ。これから少しずつ使い方を教えてあげるけど、でも過信しないことね。それはあくまでも私の力だから。調子に乗ると死ぬわよ?」


「それはいつでも俺から奪えるってことか?」


「ふふ、どうかしら。」


 ルテナは含みのある笑みを見せつけながら、胸元の銀の月のペンダントを指でなぞる。こうも他人に弄ばれるのは、良い気がしない。


「魔女め。・・・だが感謝はするよ。」


「あら、どうして?」


「これで帝国と正面から戦える。本来ならもう少し待つつもりだったけど、思わぬ所で時間を短縮できた。この際だ。もうお前が誰であろうと構わない。魔女の手だろうと借りてやるさ。」


「・・・ふふ、やはりいいわね。私が見込んだ通りの器。」


「何か言ったか?」


「何でもないわ。それより今度は私の番よ。」


「え?」


 その時ルテナは小声で何か呟いたかと思えば、俺の目の前にまでやって来て、その長い黒髪を手で靡かせた。


「何をとぼけているの。私はお前の口から肝心なことを聞けていない。ねぇ、そうでしょう? ()()()()。」


「・・・」


 この女、やはり俺の過去を知っているのか。いや、そんなはずは・・・

 もし知られていたのならば、俺はどう対処するべきか。


「私が知りたいのはお前の覚悟、その真意、その原点。そうね、まずはその力を使って、この先どうしたいの?」


「・・・言っただろう。俺はこの帝国を滅ぼして、国をつくる!」


「───ふふ、あははははは!」


 そして、ルテナは愉快そうに大きな声で爆笑した。静寂の神殿の中に、恐ろしく美しい声が響き渡る。不快だ。


「そんなに面白いか?」


「えぇ、もう最高よ! やっぱり坊やっていいわねぇ! 青臭くて真っ直ぐで、バカみたいに純粋で。」


「・・・」


 女は目に涙を浮かべながら笑い続けるも、その目ははっきりと俺の姿を捉えている。きっとこちらの反応を伺って、更なる愉悦に浸る気なのだろう。

 やはりこの女、顔は良いが、性格は最悪だ。もちろんその手には乗らない。


「あら、怒らないのね。なんだ、面白くない。」


「この程度で腹を立てていたらキリがないからな。」


「そう、つまらない男。でも私、そういう身の丈に合わない野望は大好きよ。人は人らしく、醜く哀れで、欲は愚かしく大きくないとね。」


「それはどうも。」


 俺は赤茶の髪をかきあげながら、小さくため息を吐く。するとルテナは満足したように微笑んだ。この女の情緒が分からない。


「ふふ、それじゃあ改めて聞くわ。その国滅ぼし、その過酷な道を自ら目指す理由は何だ?」


「理由・・・」


「───お前は誰だ?」


「俺は・・・」


 その時、魔女の瞳が禍々しく輝いて俺を見定める。どうやら彼女の目的はこれだったらしい。

 ルテナはなぜか俺のことを少なからず知っているみたいだが、恐らくは今に至った経緯までは知らないのだろう。

 だから彼女は改めて問いかけてきたのだ。俺の抱える炎を暴き、自分の確認するために。今思えば、先ほどまでの会話は全て、このためのお膳立てだったのだろう。やけに計算された運び方・・・まったく、厄介な相手だ。

 さて、俺はどうするべきか。今まで通り、仮面をかぶって偽るか、真実を混ぜ込んで話して誤魔化すか。俺は・・・


「俺は・・・アルトラ・ヴィルナ・エルテーラ。歴史ある王族、エルテーラ家の末裔、ヘテルミア王国の王子だ!」


「・・・」


 それでも俺は全てを話すことにした。あの夜、この腕に力を刻まれた時から、もう覚悟は決めたのだ。

 そして、俺がアルトラ・アーデという偽名ではなく、王から授かった本当の名を告げると、ルテナは驚く素振りも見せずに、壁際の瓦礫の上に静かに座った。

 だから俺は語り始めた。あの日から忘れられない自分の過去を、帝国に滅ぼされた王国の歴史を。




 それはかつて王国が帝国に滅ぼされる前。この街、このヘテルミアがまだ王都であった頃。俺はこの都市国家の王子であった。

 長い歴史を誇る王国、その偉大なる王と王妃の間に生まれ、正統な跡継ぎとして、日夜武芸に励み、充実した日々を送っていた。

 当時はまだ幼く、民の前に顔を出したのは数えるほど。ゆえに俺は一日のほとんどを王宮の中で過ごしていた。

 宮殿では確かに厳しい教育を受けてはいたが、その日々は苦ではなかった。なぜなら俺にはそれを上回るほどの幸福な時間があったのだから。

 それが最愛なる姉と過ごした時間であった。


 メリア・ヴィルナ・エルテーラ。


 ヘテルミア王国第一王女。彼女は常に優しく聡明で、剣の腕に秀でており、才能溢れる憧れの存在だった。少し理不尽で強引なところはあったが、その乱暴な性格すら愛おしかったし、何より美しかった。

 そして時々、幼き日の俺は姉に連れられ、彼女と共に王宮の中庭にある抜け穴を使って、二人でこっそりと王都へ抜け出していた。

 活気ある街に笑顔で賑わう人々、それを見て心地良さそうに笑う姉の姿。

 幼い頃の俺には、その光景が何よりも眩しかった。ずっとこの幸福が続いていくと思っていた。いつまでも姉と共に、この日々を生きていけると信じていた。


 しかし、この世界に永劫と続くモノなど存在しない。ゆえにこの平和な日々にも呆気なく終わりが訪れる。それも必然的な運命だったのだろう。

 その当時、大陸の西にあった小国、現在の帝国が急激に力を増し始め、瞬く間に膨れ上がり、巨大化した。

 そしてある日、帝国は王国に対して侵略を始めた。彼らは使者も送らず、ただ一方的に蹂躙を始めた。

 当初、王国は必死に抵抗して戦ったが、帝国兵士の末端のとある女、若き日のエルスタスは異常なほどに強く、彼女一人の力で戦況は激変し、誰もその進行を止められずに敗北した。

 その夜、帝国兵は王都に攻め入り、街を隅々まで燃やし、破壊し尽くした。当然ながら、その戦火は王宮にも広がり、俺の世界は一夜にして火の海と化した。


 燃える王都、燃える宮殿、燃える人々、燃える家族。今でも脳裏に焼き付いている惨状。

 激しく燃え上がる炎の中、父と母は帝国兵士に捕えられ、玉座の間にて生きたまま焼かれた。

 逃げ遅れた使用人たちは陵辱されて、惨殺された。昨日までは笑顔で過ごしていた建物の中で響くのは、生々しい人間の悲鳴と焼死体のみ。

 その光景を幼き日の俺は、宮殿内の大きな柱の裏で、姉と共に怯えながら見つめていた。俺たちは必死に声を押し殺し、涙さえも真っ赤な炎に焼かれながら、必死に逃げ出した。

  幼き俺は姉に手を引かれながら、視界を遮るほどの炎の中を進んでいたが、小さな子ども二人、その場を抜け出すのは難航していた所、運悪く帝国兵士に見つかり、その命を追われる。

 

 宮殿は激しく燃え続ける。天井は崩れ、柱は倒れ、廊下は瓦礫に埋まり始める。

 しかし奴らは止まらなかった。その身が自分たちの放った炎に焼かれても、奴らは笑いながら襲ってきた。完全に常軌を逸していた。本当に狂っていた。


 そして目の前にまで迫る刃、うずくまる自分、庇う姉。その時、姉は必死に抵抗して、その左目を深く切り刻まれたが、追手を返り討ちにした。

 しかし、彼女の目や腕はひどく負傷し、その足にはもう歩く力も残っていなかった。

 そして宮殿の緊急時の脱出ルートでもある、あの抜け穴にまで辿り着き、姉は決断した。今は王家の血を繋ぐことを、そして最愛の弟を生かすために、その枷を自ら外させることを。


「アルトラ、貴方はいきなさい。」


 燃えたぎる炎が迫り来る中、姉は俺の顔を真っ直ぐに見つめ、血に染まった───を強引に押し付けた。そして。


「お願いだから、私を───して、いきなさい。」


 そして───を握りしめ、困惑する幼き俺を前に、姉は優しく微笑みながら、───を自分の胸元に淡々と運んだ。そうすることで、彼女は俺に一方的に誓わせたのだ。

 それが姉に対する最後の記憶。それが最後の瞬間。その時、俺は抜け穴に押し出されて、その扉は固く閉ざされた。その場で何度か試したが、それは当時の俺の力では到底開けられなかった。

 だから俺は、かつて姉と共に笑いながら駆け抜けたその道を、ただ泣き喚きながら、たった独りで走るのだった。俺にはそれしかできなかった。


 そして国は燃え尽き、夜は明けた。


 受け継ぐはずだった王国はすでに滅び、もはや帰るべき場所も、その温もりも、俺は一夜にして全て失った。

 それから俺は運良く生き延びていた家臣たちの手引きもあり、帝国でも穏健派であったアーデ家に戦災孤児として引き取られ、アルトラ・アーデとして帝国学生の身分を手に入れた。

 そんな生き残った家臣たちもアーデ家も、数年前に帝国貴族たちに粛清されて死んでいったのだが。

  だからもう、今の俺に残されたのは、あの日から燃え続けている復讐心と、姉と誓った約束だけ。俺を今も生かし続けるのは・・・


「───だから俺はこの帝国を滅ぼす。奪われたから奪う。失ったから取り戻す。それが俺の覚悟、今を生きる意味だ。」


 そして俺は自分の過去を吐き出し終えた。この十年間、たった一人で抱え込み、誰にも打ち明けることがなかった秘密を。

 その間、ルテナは人が変わったように大人しくなり、俺を変に揶揄うこともなく、どこか寂しそうで、儚げな表情で頬杖をついていた。


「───最後に残るのは孤独な玉座かもしれない。お前は志半ばで倒れて、他の誰かが座るかもしれない。・・・それでもいいの?」


 このまま沈黙が続くかと思ったが、それでもルテナは口を開いた。それは何というか、心の中で抑えようとしたが、不意に出てしまった言葉のようだった。


「それでも俺は構わない。俺は王になりたい訳じゃない。これは全てを奪った帝国への、あの日の弱き自分への復讐だ。だから国をつくるのは・・・せめてもの償いだ。」


「・・・そう。」


 ルテナは頬杖をつきながら、どこか遠くを見つめていた。これは彼女の期待した答えではなかったのかもしれないが、それでもいい。

 たとえ自分の過去を話した相手に失望されたとしても、俺は一人でも戦ってみせる。今の俺にはそれだけの覚悟が、それだけの力があるのだから。


「───あ、そういえば、聞き忘れていた。」


「?」


「お前が誰であろうと構わないと言ったが、一つ。お前の目的は何だ? 」


「・・・忘れた。」


「え?」


「───ただ、私にとって、これは道楽に過ぎない。永き時の中の僅かな一時。だから安心しなさい。国滅ぼしには付き合うわ。私だけは最後まで、お前のそばについている。」


「・・・ふっ、ならせめて、もう少し慎ましく───」


「これからよろしく、アルトラ。」


「・・・あぁ、よろしく。」


 そして俺とルテナは手を結んだ。それはあの夜と同じように。一つ違うのは、その目線だけは対等に。

 最後に俺の要望は遮られたが、ひとまずはこれで良い。これからこの女と俺がどんな結末を迎えようとも、今はこの手を離さないことを、神に誓おう。


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