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第4夜「女神の神殿」

 そして翌日。朝から街は深夜の兵士殺しに騒然としていたが、学生たちはいつも通りの学舎で過ごす。なんせ旧王国民による逆恨みや暴動は良くあることだ。帝国学生からすれば、単なる日常の話題でしかない。しかし左遷とはいえ、帝都から来た兵士殺しは異例であり、街の帝国兵たちは警戒を強めていた。噂によると、彼らは早くも犯人探しに夢中だそうだ。

 もしかして懸賞金でもかかったのか。相変わらず緩い連中だ。


「なぁ、昨日の夜、帝国兵士が二人も殺されて、帝都に輸送予定だった奴隷が全部逃げたらしいぞ。」


「あーらしいな。おかげで中央もお怒りだとか。何でも近々、エルスタス本隊の兵をこっちに派遣するらしいぜ。その兵士殺しを捕えるために。」


「まじ? 一回でいいから剣の相手してもらいてー。」


「・・・」


「どうしたのアルトラ?」


「ん? べつに、何でもないよ。」


「そう? なんか馬鹿面で呆けてるけど。」


「はぁ、フララ。君は相変わらず一言多いな。」


「えへへ、そうかな。」


「褒めてないからな。」


「え。」


 学舎の中庭で談笑する学生たち。俺は聞き耳を立てながら、その会話に参加していなかったが、少女は心配そうに歩み寄ってくる。帝国の人間とは思えないほど優しく純粋な人だ。

 ゆえに悲しい。これから俺はこの少女の故郷を潰すのだから。どれだけの命を奪ってでも、たとえ何年かかろうとも。俺は絶対に止まらない。そう断言できる。


「なぁフララ、それよりさっきの話、昨日の犯人、兵士たちは本気で追ってるのかな。」


「それはそうだよ。帝都本隊の威厳と信用に関わるからね。ガチだよ、ガチ。しかも最近は旧国残党の暴動も活発だったし、帝都から強い兵士を派遣するらしいよ。」


「そうか。帝都本隊か。」


 帝国の兵は数は多いが個々の質は良くない。ほとんどが徴兵された地方の平民や、攻め滅ぼし吸収した国々の奴隷、あるいは貴族の子息たちで構成されているからだ。しかし例外もあり、その一つがエルスタス本隊だ。

 帝国最強の兵士、皇帝の剣、戦闘狂の女将軍、エルスタス。彼女は十年前、その圧倒的な力で王国を滅ぼした立役者の一人でもあり、現在は帝国の力の象徴的存在。近頃も大陸北部の小国を自ら滅ぼしたばかり。

 そんな彼女が従える兵たちの力は凄まじく、少数精鋭ながらも、帝国最大の戦力を有する部隊。そこに所属する兵士たちは、昨夜殺した男とは比較にならないだろう。


「兵士殺しの犯人、きっと怖くて震えてるだろうなぁ。帝都本隊が相手なら、絶対に勝てっこないしね。」


「ふっ、どうだろうな。」


「?」


 俺は木製の剣を手に取り、静かに立ち上がりながら笑った。少女は不思議そうに首を傾げるが、もう俺には見えていない。これからは忙しくなる。今は少しでも戦いに備えて鍛えなければ。もうその時は迫っているのだから。


 それから俺は学生たちの剣闘試合に乱入し、普段よりも大胆に暴れ回った。勇敢にも挑んでくる者たちを容赦なく叩きのめし、いつも僅差で勝敗をつけていた学友たちを打ち砕く。

 俺はともかく、この腕に刻まれた力が、加減することを許さないのだ。


「なぁ、なんか今日のアルトラ、強すぎねぇか。」


「うん、いつも余裕そうだけど、今日は特に容赦ないね。あ、また一人倒された。」


「よしっ、それなら俺が叩き潰してくるぜ。」


「ふふ、大丈夫? 昨日もやられてたくせに。」


「任せとけ!」


 遠くの方で少女と学友が話している。こんな風に、誰かと戦っている最中でも、周囲の会話は筒抜けだ。

 昨日の夜から、正確にはあの女に力を刻まれたから、全ての感覚が研ぎ澄まされている。剣を持つ相手の動きは止まって見えるし、学舎中の些細な音も全て聞こえる。

 大変便利ではあるが、しかし、あの怪しい女のことだ。他にも何かある気がするが、今は大人しく利用させてもらうだけだ。


 そして学生たちとの剣闘が一通り終わった後、まだまだ空は明るい段階で、俺は一人、急足で帰路についた。今は僅かな時間も惜しい。学生としての日々は送りつつも、裏では着々と準備を進めなければ。

 幸いなことに王国残党勢力との繋がりは滞りなく進んではいるが、未だ俺には大きな問題が残っている。

 

 あの女、ルテナの存在だ。


 昨夜、ルテナは夜の闇に消えてから、俺の前に姿を現していない。あれから何処に行ったのか、そもそも彼女が何者なのかも、何も分からない。

 俺も本格的に動き出した以上、あの不穏な存在に一刻も早く会いたいが、どうしたものか。


「───ふぅ。」


 そして俺はため息を吐き出す。柄にもなく考え事をしていたら、いつの間にか家の前にたどり着いていた。

 ここは学舎から離れた街外れの住居区画。この丘の上には廃墟同然の建物が乱雑しており、治安はもとより、統一感のない風景が広がる。その中でも一際廃墟が密集している空間に現在の俺の家がある。狭く小さな四角い建物。広さとしては一部屋のみ。雨風をしのげる最低限の寝床のようなものだ。

 あの頃に比べれば、ひどく質素で貧相なものだが、これが自分の家であることには変わらない。有力な後ろ盾もない現状、この場所だけが唯一、俺が静かに心を休め・・・


「───あら、早かったわね。お帰りなさい、アルトラ。」


「・・・は?」


 しかし、その家の壊れかけの扉を開くと、一部屋しかない狭い空間には目を疑うような異物が。外の光を取り込む窓には、見慣れぬ黒服の女が腰かけていた。

 女は長い黒髪を風になびかせながら、とても退屈そうな表情を浮かべていたが、どこか儚い目で窓の外の景色を眺めている。その自然な姿は、この世の何よりも純粋に美しいだろう。


「お、お前・・・どうして・・・」


「貴方、私に会いたかったのでしょう? だから私の方から会いに来てあげたの。ほら、感謝しなさい。」


「・・・っ。」


 ルテナは楽しそうに微笑みながら、扉の前で立ち尽くす俺を見下ろす。昨日の夜にも感じていたが、この女には遠慮という概念がないらしい。それはあまりにも堂々とした態度なので、こっちが無意識に萎縮してしまいそうだ。


「あらどうしたの? そんな所で私の姿を熱い視線でじっと見つめて。確かに私が美しくて魅力的なのは認めるけど、私に何か聞きたい事とかはないの?」


「・・・」


「ふふ、ほら、なんでも教えてあげるわよ、坊や。」


 ・・・なんだか、俺が身構えて警戒しているのがバカみたいだ。ルテナは腰かけていた窓からベットに軽く飛び移り、隙だらけで寝転がっている。そしてこちらの欲望を誘うように、黒服を着崩しながら美しい肌を見せつける。

 武装はしていない。いっそのこと殺すべきか。いや、この存在には変に取り繕うだけ無駄な気がする。ならばこちらも遠慮なく踏み込ませてもらおうか。


「・・・そうか。それじゃあ、とりあえず、お前は───」


「ここ窮屈だし、場所を変えましょうか。」


「───なっ!」


 俺が口を開くと同時にルテナは颯爽と立ち上がると、くすくすと愉快そうに笑った。この女、本当に・・・


「なに、なにか文句あるの?」


「・・・いやっ、文句もなにも、そもそもお前、帝国兵士に見つかったらマズいだろ!」


「それなら大丈夫。私の姿は昨日死んだ二人にしか見られていないから。貴方と同じお尋ね者でも、少なくとも私の顔は割れていない。・・・そうでしょう? 兵士殺しさん。」


「───っ。」


 ルテナは笑みを浮かべつつも、その美しい目に光はない。暗く黒く恐ろしい、死んだような目が俺の瞳の奥を覗いてくる。その瞬間、黒い紋様を刻まれた右腕が熱を帯びる。不気味な感覚だ。


「他には?」


「・・・別に。」


「そう。ならば犬のように私に付いてきなさい。」


「・・・」


 なんというか、もう言葉がなかった。この魔女の傲慢な態度には頭が上がらない。これからの気苦労が思いやられる。


 それから変に上機嫌なルテナに付き従うこと数十分、彼女は街の中を軽やかに歩きつつ、その場所の前で立ち止まる。


「───そうね、ここにしましょうか。」


「ここは・・・」


 そこは荒れ果てた廃墟街にある、小さな神殿だった。それはこの街が王都であった頃よりも前、王国が建国されるよりも遥か昔の旧市街のあたり。王国神話に登場する女神を祀る祭壇だ。そして、あの日から誰も寄りつかない、人々に忘れ去られたはずの建物だ。

 その外観も見るからに廃墟だが、ルテナは何も躊躇せずに神殿に入り込んだ。大した女だ。


「どうかしら、随分と懐かしい場所でしょう?」


「意味が分からないな。」


「私、嘘をつく人間って大嫌い。」


「・・・」


「まぁいいわ。これから長い付き合いになるのだから、お互い仲良くやりましょう!」


(こいつ・・・)


 ルテナは軽く微笑みつつ、その目はやはり笑っていない。その見透かしたような視線も、相変わらず美しい顔も、全てが恐ろしい。


「───さぁアルトラ、お前は私に何を求める? 」


「っ!?」


 その時、ルテナが自身の大きな胸に手を当てると、壊れた天井の穴からは眩い光が差し込む。その神々しさは言うまでもない。


「昨日の夜、お前は私の手を取り、その覚悟を私に見せつけ、力を示した。これはお前への対価、褒美だ。さぁ、何を知りたい?」


「・・・」


 女は俺の顔を見つめながら、真っ直ぐに問いかける。午後の優しい光が差し込む神殿、この広い世界でこの空間だけは、まるで時が止まったように静かだった。


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