第7話 タコ公園への挑戦状
昼下がりの教室。
窓から差し込む光はまだ春のやわらかさを残していて、窓際に座る生徒たちの横顔を白く照らしていた。
豪鬼と迅鬼は、いつも通り机を寄せ合い、弁当を広げていた。
その横で――当然のように座り込んでいるのは、例の男。
「なぁなぁ、今日の購買パン、俺の分も買ってきてくれた?」
「……お前、自分で行けよ」ジンキが冷たく返す。
「俺、行ったら売り切れてたんだって!ほら、人気のカレーパン!」
「知るか」
「なぁゴウキ、お前優しいだろ?分けてくれよ!」
ゴウキはもぐもぐと大きな口でサンドイッチを食べながら、じろりとコウスケを見た。
「なぁ。俺らいつからお前の保護者になった?」
「……昨日から?」
「ぶん殴るぞ」
そんなやり取りに周囲のクラスメイトは笑いをこらえていた。
豪鬼と迅鬼――そしてなぜかセットで絡むコウスケは、すでに教室内で奇妙なトリオとして見られ始めていた。
―
そのとき、ガラリと教室の扉が開く。
空気がピンと張り詰めた。
入ってきたのは――アフロ。
鼻に絆創膏を貼り、青あざを残しながらも、睨みつける目だけは鋭い。
「……伝言だ」
教室中がシンと静まる。
「放課後。近くの“タコ公園”に来い。時間は18時」
誰かが息を呑む音がした。
アフロはさらに続ける。
「逃げてもいい。だが逃げたら……お前らはこの学校で“臆病者”ってレッテルを貼られたまま生きることになる。……まぁ、学校辞めても構わねぇがな」
挑発を残して、アフロは踵を返す。
扉が閉まる音がやけに大きく響いた。
―
しばしの沈黙。
ゴウキがぽつり。
「……で、タコ公園ってどこだ?」
「……知らん」ジンキも首をかしげる。
地元じゃない二人にはまるで心当たりがなかった。
「お前らマジかよ……」コウスケが頭を抱える。
「タコ公園ってのは、この辺じゃ有名な公園だ。真ん中にでっけぇタコの滑り台があるからそう呼ばれてんだ。……不良の溜まり場でもある」
ゴウキは大きく伸びをして、天井を見上げる。
「別にトップを目指すつもりはねぇけどな……舐められっぱなしってのは性に合わねぇ」
ジンキも静かに頷いた。
「そういうことだ。……血は争えないってやつだな」
その言葉に、コウスケは唇を噛んだ。
彼の手は机の下で震えていた。
強がりながらも、怖いのは当然だ。相手は二年の大勢。しかもトップが動いている可能性が高い。
それでも――コウスケは口を開いた。
「……俺も行く」
豪鬼と迅鬼が同時に振り向く。
「は?」
コウスケは息を荒げながら、必死に言葉を紡いだ。
「最初はさ……強いお前らについて行って、いい思いできたらって、それくらいだったんだよ。だけど……」
拳を握りしめる。
「話してみて分かった。お前ら、ただのバカだけど……いい奴らだ。だから……怖いけど、友達はほっとけねぇ!」
沈黙。
豪鬼と迅鬼は目を丸くして、次の瞬間――にやっと笑った。
だが何も言わず、無言で席を立つ。
コウスケは取り残されたように悲しそうに肩を落とした。
「やっぱ、邪魔だよな……俺みたいなの……」
そのとき。
「……なにしてんだよ」
豪鬼の声が背中から飛んできた。
「早く行こうぜ……コウスケ」
初めて名前を呼ばれた。
コウスケの目がぱっと見開き、次の瞬間、満面の笑顔になった。
「お、おうっ!」
三人は並んで教室を出て行く。
夕焼けの光が廊下に差し込み、彼らの影を長く伸ばしていた。
その影はまだ頼りない三つだったが――
確かに同じ方向を向いて歩いていた。
―
タコ公園。
夕闇の中、赤いタコの滑り台が不気味に浮かび上がる。
街灯に照らされたその姿は、まるで怪物のよう。
そこに待ち構える無数の影――二年の不良たち。
その中央に、圧倒的な存在感を放つ男が立っていた。
二年のトップ、石橋。通称「ガリバー」
腕を組み、笑みを浮かべる。
「……来たか。豪鬼、迅鬼」
その声が、公園の空気を震わせた。
これから始まるのは――ただの喧嘩ではない。
彼らの“試練”だった。
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