第43話 潮多への報告
夜の潮多駅前。
電車を降りたジンキと香田は、人気の減ったロータリーを抜けて歩いていた。街灯に照らされた制服は砂埃と汗にまみれ、拳の皮も剥けて血が滲んでいる。
「……おい、俺ら本当にやっちまったな」
香田が長く息を吐いた。声には達成感と、同じくらいの疲労が混ざっていた。
「何を?」ジンキは涼しい顔をして、コンビニの袋をひらひらと持ち上げる。
「諸岡? あぁ、香田が倒したじゃねぇか。俺は見物してただけだ」
「お前なぁ……」香田は呆れたように笑い、額にかかった髪をかき上げる。
二人の間に漂うのは緊張の余韻ではなく、不思議な連帯感だった。
―
潮多工業の部室。
窓の外は真っ暗で、安っぽい蛍光灯が薄く光を落としている。タバコの煙が天井近くで揺れ、古びた机には空き缶や漫画が散らかっていた。
そこに集まっていたのは、双天鬼の仲間たちだった。
「――で、帰ってきたと思ったらその格好かよ!」
マッスルが豪快に笑い、椅子を軋ませながら身を乗り出す。
「何やってきやがった!」
「……大和の街で絡まれてな」香田が腕を組み、淡々と答える。
「少し遊んでたら、幹部が出てきた。諸岡って名前だ」
コウスケは目を丸くし、声を裏返らせた。
「え、え、ちょっと待てよ! 諸岡って……大和連合の諸岡か!? あの幹部だろ!? やべぇって!!」
「やべぇのはお前の声の大きさだ。落ち着け」香田が苦笑する。
ゴウキは黙って二人を見ていた。その眼差しは鋭いが、底にあるのは仲間を心配する色だった。
「……詳しく話せ」
ジンキはソファに寝転がり、袋からポテチを取り出してバリッと開ける。
「話すもなにも、香田が勝ったんだよ。俺は見物してただけだって」
「おい!」香田が机を叩く。
「俺一人で全部やったみてぇに言うな!」
「実際そうじゃねぇか」ジンキは悪びれず笑う。
そのやりとりに、マッスルが目を剥いて立ち上がった。
「おいおい! 冗談だろ!? あの諸岡を倒したってのか!?」
机をドンと叩き、豪快に笑う。
「はっはっは! すげぇな! 潮多工業の名を大和にまで轟かせちまったじゃねぇか!」
しかし、コウスケは青ざめて震えていた。
「ちょ、ちょっと待てって……。大和連合の幹部だぞ!? やられっぱなしで済むわけねぇだろ! 報復が来るに決まってんじゃん……!」
その言葉に部屋の空気が重くなる。
マッスルの笑いも止まり、ガリバーは腕を組んだまま目を閉じる。
香田は肩をすくめ、淡々と答えた。
「まぁ、そうだろうな。あいつらの性格からして、黙ってるわけがねぇ」
ジンキはポテチを咥えたまま身を起こし、にやりと笑う。
「だからなんだよ。ビビって隠れるか? そんなの俺ららしくねぇだろ」
全員の視線がジンキに集まる。
彼の言葉は飄々としていたが、心の奥にある闘志を隠しきれていなかった。
ゴウキは黙って頷いた。
「……そうだな。俺たちは双天鬼だ。背中を見せるわけにはいかねぇ」
静かな声に力が宿る。
その瞬間、仲間たちの胸に熱が広がった。
マッスルが拳を叩きつけ、立ち上がる。
「よし! だったら徹底的にやってやろうじゃねぇか!」
ガリバーは短く一言。
「……来るぞ」
コウスケは顔を引きつらせながらも、震える声で言った。
「い、いや……俺も腹くくるわ。やるしかねぇよな」
その場にいる誰もが理解していた。
諸岡を倒したことで、潮多は確実に狙われる。
これは偶然の喧嘩じゃない。次は“大和連合そのもの”との衝突だ。
だが、不思議と恐怖はなかった。
代わりにあったのは、不敵な笑みと燃えるような闘志。
「来るなら来い。潮多には双天鬼がいる」
その言葉が部室に響き、仲間たちは互いに頷き合った。
大和連合との全面衝突――その幕が上がろうとしていた。




