第33話 鉄骨に咆哮が響き渡る
人気のない工事現場。
月光に照らされた鉄骨は巨大な檻のように立ち並び、その影が地面に複雑な模様を刻む。風が吹き抜けるたび、ブルーシートが不気味に揺れ、ぎしぎしと耳障りな音を立てた。まるでこの場そのものが、二人の行く末を見届けようとしているかのようだ。
その中央に、ゴウキは一人立ち尽くしていた。
肩で大きく息をし、膝は小刻みに震えている。全身は傷と汗にまみれ、両腕は鉛のように重い。拳を握るたびに骨が悲鳴を上げ、力を込めるだけで視界が霞む。
周囲には男たちが倒れ伏していた。血を吐き、呻き声を上げる者もいれば、完全に意識を失って動かぬ者もいる。その数は三十を超えた。ゴウキが一人で打ち倒したのだ。だがまだ終わらない。鉄骨の陰に立つ朝日が悠然とこちらを見据え、その背後には数人の兵隊が残されていた。
「……こりゃ、厳しいかもな」
ゴウキは苦笑を浮かべ、血混じりの唾を地面に吐き捨てた。
その笑みは自嘲か、それとも諦めの中に残る矜持か。自分でも分からなかった。
その時――。
「ゴウキーーーッ!」
夜を切り裂く叫び声が、工事現場に響いた。
振り向けば、ジャージ姿のジンキが全力で駆け込んでくる。
額に浮かぶ汗は月明かりに濡れて光り、その目は鋭い炎を宿していた。
「ジンキ……!」
緩んだ頬が自然と笑みをつくる。
残っていた五人の兵隊が驚愕の声を上げ、ジンキに殺到した。
「なんだコイツ!? 新手か!」
次の瞬間、三人が宙を舞う。
ジンキの拳が一閃、蹴りが唸るたび、敵は藁人形のように地に叩きつけられていく。
残る二人も、目にも止まらぬ連撃にあっという間に沈んだ。
息を切らしながら駆け寄ったジンキは、口の端を吊り上げて笑う。
「よぉ……ずいぶん楽しそうなデートじゃねぇか」
ゴウキは荒い息の合間に、苦笑を返す。
「あぁ……楽しませてもらってるぜ」
その軽口すら、互いの信頼の証だった。
黙ってそのやりとりを見ていた朝日が前へ出る。
「お前が……ジンキか」
「そうだよ。チビ、お前が仕切ってんのか」
ジンキは拳を握り直し、挑発的な笑みを浮かべた。
「フン、大口を叩けるのも今だけだ」
ゴウキは肩をすくめ、かすれ声で呟く。
「悪ぃジンキ……しばらく腕が上がりそうにねぇ」
「……あぁ、休んどけ」
背を向けたまま、ジンキは言う。
「このチビは、俺がぶっ飛ばす」
朝日の目が細く光り、手がゆっくりと上がる。
緊張が張り詰め、空気が重くなった。
次の瞬間――。
資材置き場の奥から、さらに黒い影が現れる。
鉄パイプ、角材、チェーンを手にした二十人以上の男たち。
月光に反射する鈍い光と、地面にぶつかる武器の音が、不気味な合図のように響いた。
「なっ……!」ジンキの顔が強張る。
「ちょ、ちょっと待てよ……まだ息が整ってねぇってのに!」
だが朝日は一切気にしない。冷酷な声で命じる。
「やれ」
その一言で、鉄骨の谷間に怒号が轟いた。
「双天鬼――今日ここで潰してやる!」
四方から迫る足音。砂利が跳ね、武器が振り上げられる。
ジンキは短く笑った。
「……いいぜ。派手に踊ろうじゃねぇか」
ゴウキは壁際に倒れ込むように腰を下ろし、荒い呼吸の合間に呟いた。
「……すまねぇ、すぐ……加勢するからよ......」
「いいよ、寝とけ」
ジンキは振り向かず、ただ拳を構えた。
「目覚ましたときには終わらせとくからよ」
互いの視線が交錯し、言葉はなくとも心は通じる。
次の瞬間、ジンキは渦中へ飛び込んだ。
鉄と肉がぶつかる音、怒号、咆哮。
戦場と化した工事現場に、ただ一人暴れ狂う鬼の影が躍った。
――戦いは、まだ終わらない。
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