第32話 交差する夜
人気のない工事現場。外灯は少なく、むき出しの鉄骨とブルーシートが闇に浮かび上がる。
その真ん中に、ゴウキは立っていた。
ひとみは、一番奥に立っていた男の腕に手を絡めて後ろに下がっていく。ゴウキは目を細め、わざとらしく笑った。
「そいつがひとみちゃんの男か? ……女を使ってハメるなんざ、だせぇ真似だな」
ひとみは目を逸らさず、静かに言った。
「この人のためなら何でもできるの。……ゴウキくん、あなたは嫌いじゃない。でも、刺激がないの。だからモテないのよ」
「はっ、別にモテなくていいさ」ゴウキは鼻で笑う。
「大勢の女に囲まれるなんざ意味ねぇ。……たった一人でいいんだよ。本当に大事な女がな。俺は……まだ見る目がなかったってだけだ」
ひとみが寄り添う男が、前に出た。小柄だが目は鋭く、周囲を圧する気迫をまとっている。
「潮多のゴウキだな? マッスルならこう簡単にはいかない。やはり一年……まだ甘いな」
「誰なんだ、てめぇは」ゴウキは肩を回しながら吐き捨てる。
「あいにく俺はよそもんだ。お前の顔も名前も知らねぇんだよ」
男は薄く笑った。
「俺か……俺は“朝日”。間島高校を仕切ってる者だ」
ゴウキは心の中で舌打ちする。
(こいつが……コウスケが言ってた“間島の頭”か。思ったより小せぇな、だが威圧感がある)
「おい、やれ」
朝日の声と同時に、十数人の男たちが一斉に飛びかかってきた。手には鉄パイプや木刀。靴音が不気味に響き渡る。
「……十人ぐらいか。めんどくせぇな」
ゴウキは腕を回し、指をポキポキ鳴らした。
―
最初の一撃を肩で受け流し、すぐさま逆に肘を打ち込む。
「がっ……!」
一人が呻いて沈む。
背後から振り下ろされた鉄パイプをかわし、相手の腰を掴んで投げ飛ばす。ゴツンと鉄骨に叩きつけられ、悲鳴が響いた。
殴られても、蹴られても、ゴウキは怯まない。
柔道技は狭い場所で不利と悟り、距離を取りながら拳と蹴りで的確に数を減らしていく。
だが十数人が波のように押し寄せ、汗が背中をつたった。
「はぁっ……はぁ……」
息を整えるゴウキを見て、朝日が口角を吊り上げた。
「……なるほど、強いな。十人じゃ足りねぇか」
その言葉とともに、奥の資材置き場からさらに二十人以上の男たちが姿を現す。
鉄パイプの鈍い音が、地面を叩いた。
「マジかよ……」
ゴウキは唇を吊り上げ、笑うしかなかった。
「父ちゃん、ハニートラップって怖ぇんだな」
それでも拳は下ろさない。
両足を開き、次の波を迎え撃つように構えた。
敵の数は倍以上。だがその場の空気を震わせていたのは、むしろゴウキの闘志だった。
鉄骨の影に潜む不良たちも、一瞬だけ足を止める。
「来いよ。どうせやるなら全員まとめてだ」
―
その頃――。
ジンキはベッドの上でスマホをいじり、独り言をこぼしていた。
(あいつ……マジで手とか繋いでんじゃねぇだろうな。もしかして、キ、キスとか……!?)
胸の奥がざわつき、寝転がっていられなくなる。
ふと位置情報アプリを開いた。ゴウキのピンが表示された場所は――工事現場。
「……はぁ? 工事現場?」
ジンキの表情が強張る。
「……キスの雰囲気じゃねぇな」
背筋を嫌な予感が走った。
「まさか……!」
ジンキはベッドから飛び起き、ジャージ姿のままスニーカーを突っ込み、玄関を飛び出す。
夜風が頬を叩き、街灯が流れるように後ろへ消えていく。
頭の中ではゴウキの顔しか浮かばなかった。
「クソっ……俺が横で見てなきゃダメなんだよ、あいつは!」
「待ってろよ!......ゴウキ!」
唇を噛みしめ、心臓の鼓動が早鐘を打つ。
走る足音は、夜の街に響き渡っていた。
―
工事現場では、再び鉄パイプが振り下ろされる。
火花が散り、砂ぼこりが舞い上がる。
ゴウキは汗だくになりながらも、唇の端をつり上げた。
その瞳に宿るのは、恐怖ではなく――昂ぶり。
「さぁ来いよ。まとめて相手してやる」
――救いの足音が近づいていることを、ゴウキだけがまだ知らなかった。
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