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第十六話 仏像の歴史(1)飛鳥仏と白鳳仏

仏教が渡来した後,

しばらくは中国,朝鮮等で造られた仏像が

日本にもたらされました。

その後,国内でも製作が始まりますが,

その中心となったのは,

やはり渡来系の人々でした。

この時代の仏師の代表は

なんと言っても鞍作止利くらつくりのとり

すなわち止利仏師でしょう。

日本書紀には,

飛鳥寺の丈六仏の作者として「鞍作鳥」という名ででてきます。 

この止利仏師の代表作は

法隆寺金堂の釈迦三尊像です。

その光背の背面に仏師として初めて名が刻まれました。

この止利仏師の他にも仏師はいましたが,

ほとんどは渡来人の子孫であると考えられています。

では,その止利派の特徴を次にあげてみましょう。

①頭上の宝冠が3つに蓮弁状に分けられる,

②目が杏仁形をしている,

③天衣の裾が魚鰭状に巻き上がり左右対称になっている,

といったところでしょうか。 

このような特徴を備えた仏像を見たら

その製作年代は飛鳥時代と推定されることになります。


仏像の歴史として次は白鳳仏という時代になりますが、

これは,天智天皇の即位後から平城遷都までです。

白鳳時代の仏像彫刻の特徴は,

何と言っても朝鮮半島や中国大陸から大きな影響を受けた,

という点でしょう。 

唐,新羅の連合により百済,高句麗が滅亡します。

その結果,両国から

多くの技術者や知識人その家族が日本に亡命してきました。

それにともない多くの技術や学問等が

朝鮮半島から移入されることになり,

日本の彫刻界にも大きな影響を与えることになりました。

しかし,飛鳥時代からの伝統を護りながら

日本で生まれ成長し始めた技術者集団の存在も無視できません。

彼らは,独自の経験をまじえ金銅造,

木造の技法を完成させますが,

その作風には隋時代の影響が強く残ります。 

この時代の像には,古拙の笑みも消え,

まんまると顔のはった童顔童形の像が

多くみられるようになります。

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