銭(せん)
広場を包んでいた緊張が、ようやく解け始めていた。
奴隷商は何度も脇差を眺めながら、その場を去っていく。
幸村は、その背を静かに見送った。
やがて少女へ歩み寄り、そっと膝を折る。
少女は警戒したように一歩だけ身を引いた。
幸村は穏やかに微笑む。
「案ずることはない。」
「名はあるか。」
少女は幸村をじっと見つめる。
そして、ぶっきらぼうに答えた。
「……無い。」
その言葉に伊三が目を丸くした。
「こら!」
「殿に向かって、そのような――」
幸村は軽く手を上げる。
「よい。」
伊三は口をつぐんだ。
幸村は少女を見つめたまま、しばらく考える。
ふと腰元へ目を落とした。
紐に結わえた六文銭が、かすかに揺れている。
幸村は静かに頷いた。
「……よし。」
「今日より、お主の名は銭じゃ。」
少女は目を丸くする。
「……せん。」
「俺の……名前?」
「そうじゃ。」
「気に入らぬか。」
少女は何度か呟く。
「せん。」
「……銭。」
やがて、小さく頷いた。
「悪くない。」
その様子を見ていた清海が笑顔になる。
「そうじゃ!」
「まだ名乗っておらなんだ!」
清海は胸を叩く。
「儂は三好清海!」
伊三も負けじと一歩前へ出る。
「儂は三好伊三!」
二人は揃って胸を張った。
「今日から儂らを兄者と思うてよい!」
銭は二人を見つめる。
少し考え、
真顔で言った。
「兄?」
「冗談言うな。」
「今日から俺の子分だ。」
「「な、なんじゃとーーっ!?」」
広場に二人の叫びが響く。
銭は首を傾げる。
「違うの?」
「違うわ!」
「儂らの方が年上じゃ!」
「知らない。」
「ぐぬぬ……。」
幸村は思わず笑みを漏らした。
その笑顔を見て、銭も小さく笑う。
小隊長は腕を組みながら苦笑した。
「騒がしい連中だ。」
幸村は立ち上がり、一礼する。
「世話になった。」
小隊長は広場に横たわる魔物へ目を向ける。
「ところで、その魔物はどうする。」
幸村は首を傾げた。
「どうする、とは。」
「討伐した魔物は傭兵ギルドへ持ち込めば買い取ってもらえる。」
「傭兵……ぎるど?」
聞き慣れぬ言葉に、幸村は眉をひそめた。
小隊長は頷く。
「仕事を紹介したり、依頼を受けたりする場所だ。」
「討伐した魔物を売ることもできる。」
「旅人や傭兵なら、誰でも世話になる。」
幸村は静かに頷いた。
「なるほど。」
清海の目が輝く。
「つまり、あの妖は銭になるのでござるか!」
「そういうことだ。」
伊三は腹を押さえた。
「餅が食える!」
幸村は苦笑する。
「ようやく飯にありつけそうじゃな。」
銭は不思議そうに三人を見る。
「……変な奴ら。」
「「誰が変じゃ!」」
広場に笑い声が響く。
こうして真田幸村一行は、新たな世界で最初の一歩を踏み出した。




