売らぬ
奴隷商は幸村と目が合うたび、顔を引きつらせた。
やがて傷だらけの小隊長のもとへ駆け寄る。
「隊長!」
「助けてください!」
「あいつら、いきなり殴りかかってきたんです!」
小隊長は幸村を見た。
そして倒れた魔物を見る。
兵たちを見る。
最後に、鎖へ繋がれた少女たちへ目を向けた。
「何があった。」
奴隷商は慌てて口を開く。
「そ、その娘を奪おうと――」
「お前は。」
小隊長が静かに遮る。
「魔物が現れた時、彼女たちを守ったか。」
奴隷商は言葉に詰まる。
「お、俺は……。」
「答えろ。」
「……。」
沈黙が答えだった。
幸村は静かに腰へ手を添えた。
兵たちが一斉に身構える。
しかし幸村は刀を抜かなかった。
静かに脇差を外し、小隊長の前へ差し出す。
「武士にとって、この脇差は命に等しい。」
「この娘と替えていただきたい。」
広場が静まり返る。
小隊長は脇差を受け取る。
ゆっくりと鞘からわずかに刃を覗かせた。
陽光を受け、刃が静かに輝く。
「……見事な短刀だ。」
奴隷商の目が変わる。
「そ、それを本当に寄越すのか?」
幸村は静かに頷いた。
「女子一人、救えるなら安いものよ。」
奴隷商は短刀と少女を見比べる。
黒髪黒目の忌み嫌われた娘。
一方で、見たこともない見事な短刀。
男の喉が鳴った。
「……いいだろう。」
「その短刀と交換だ。」
小隊長は奴隷商を見据える。
「後で文句は言うな。」
「へ、へい!」
奴隷商は慌てて頷く。
鎖を外す。
金属音が静かに響いた。
少女は自由になった。
幸村は少女の前へ歩み寄る。
少女は少しだけ戸惑いながらも、幸村を見上げる。
幸村は静かに微笑んだ。
「もう安心せよ。」
少女は答えない。
ただ。
これまでで一番穏やかな笑みを浮かべ、小さく頷いた。
その姿を見た清海が、小さく息を吐く。
「殿。」
「脇差まで手放されるとは……。」
幸村は穏やかに笑う。
「命あれば、また手に入ろう。」
「されど。」
幸村は少女を見つめた。
「人の命は、二つと無い。」
夕日が石畳を赤く染める。
少女は初めて、自ら幸村の後ろへ歩み寄った。
その小さな一歩が。
二人の長い旅の始まりであった。




