一閃
今日最後です。明日から1日1話投稿しますのでよろしくお願いします♪
赤備えが風のように駆けた。
幸村の槍が、一直線に巨大な獣の喉元を貫かんと走る。
だが――
ガキィンッ!
鋭い音と共に、槍は弾かれた。
「……。」
幸村は静かに間合いを切る。
肉を貫いた感触ではない。
まるで鉄を突いたような手応えであった。
獣は低く唸り、赤い瞳で幸村を睨みつける。
「獣では……ないか。」
その瞬間。
巨体が石畳を砕きながら飛びかかる。
幸村は半歩だけ身を引いた。
牙が鼻先を掠める。
返す槍。
石突が獣の顎を打ち抜く。
鈍い音と共に巨体がわずかによろめいた。
「殿!」
清海が倒れた兵へ駆け寄る。
「まだ息がある!」
肩へ担ぎ、人混みの外へ運び出す。
伊三は鎖に繋がれた女や子どもたちの前へ立った。
「こちらへ!」
逃げられる者だけでも逃がそうと手を振る。
だが、鎖に繋がれた者たちは動けない。
その時。
獣が大きく尾を振るった。
ドォン!
凄まじい風圧が広場を吹き抜ける。
石畳の欠片が辺りへ飛び散った。
伊三は咄嗟に身を翻し、少女たちを庇う。
「伏せろ!」
それでも一つの小石が黒き少女の額を掠めた。
白い肌に赤い筋が走る。
少女は顔をしかめることもなく、静かに立っていた。
幸村の瞳が細くなる。
その一瞬。
獣が口を開いた。
今だ。
幸村は地を蹴る。
懐へ飛び込み、
顎の下から槍を突き上げた。
「はぁぁぁっ!」
穂先は柔らかな喉を貫き、
脳天へ突き抜ける。
獣の目が見開かれ、
やがて力なく崩れ落ちた。
ズゥン……。
広場は静寂に包まれる。
誰も動けなかった。
幸村は槍を引き抜き、穂先の血を静かに払う。
その時だった。
幸村は額から血を流す少女へ歩み寄った。
「大事ないか。」
少女は何も答えない。
ただ幸村を見つめていた。
そこへ一人の男が割って入る。
「おい。」
「奴隷に近付くな。」
幸村の足が止まる。
「奴隷……。」
聞き慣れぬ言葉であった。
男は少女の首輪から伸びる鎖を無造作に引いた。
「来い。」
少女の体が前へよろめく。
額から流れる血が石畳へ落ちる。
男はその血を見ることもない。
まるで荷物でも引くように、再び鎖を引いた。
「さっさと歩け。」
少女は痛みを訴えることもなく歩き出す。
その瞳だけが、静かに幸村を見つめていた。
ツカ……
ツカ……
ツカ……
幸村は男の前まで歩く。
男が眉をひそめた。
「何だ。」
ドゴッ!!
拳が男の顔面へめり込む。
男は石畳を転がり、動かなくなった。
広場から音が消える。
幸村は倒れた男を見下ろした。
「女子供に手を上げるとは。」
「見下げ果てた男よ。」
少女はその姿を見つめる。
そして。
ほんの一瞬だけ。
口元がわずかに緩んだ。
誰にも気付かれぬほど、小さく。




