咆哮
本日2話目です!
幸村たちは町を歩いていた。
賑わっていた通りにも、少しずつ慣れ始めている。
それでも。
先ほど見た黒き少女の姿だけは、幸村の胸から離れなかった。
理由は分からぬ。
ただ、どこか気に掛かっていた。
その時だった。
グォォォォォォォッ!!
天地を揺るがすような咆哮が町中へ響き渡る。
石畳が震えた。
家々の窓が激しく鳴る。
「魔物だ!」
「逃げろ!」
人々は悲鳴を上げ、一斉に走り出した。
荷車が横倒しになり、品々が道へ散らばる。
幼子を抱えた母親が泣きながら駆ける。
幸村は眉をひそめた。
「魔物……。」
初めて聞く名であった。
されど、人々の恐れようを見れば、ただ事ではない。
再び咆哮が響く。
建物の向こうから土煙が立ち上っていた。
「殿。」
清海が槍へ手を掛ける。
幸村は静かに頷いた。
「様子を見よう。」
三人は逃げ惑う人波をかき分け、騒ぎの中心へ向かった。
やがて広場へ出る。
そこでは十人ほどの兵が、一頭の巨大な獣を取り囲んでいた。
牛ほどもある黒き体。
鋭い牙。
岩のような四肢。
獣は低く唸りながら兵たちを睨みつけている。
「囲め!」
兵の一人が叫ぶ。
槍が一斉に突き出された。
しかし。
獣は咆哮と共に前足を振るう。
ドォン!
兵が三人まとめて吹き飛んだ。
石畳へ叩きつけられ、動かない。
なおも残る兵たちは怯まない。
「立て!」
「時間を稼げ!」
血を流しながらも、再び槍を構える。
獣へ飛び掛かる。
だが。
その牙が一人を弾き飛ばし、
尾が二人を薙ぎ払う。
小隊は瞬く間に崩れていった。
幸村は静かにその戦いを見つめる。
「見事な兵よ……。」
己の命を顧みず、人々を守ろうとしている。
武士として、その覚悟は痛いほど伝わった。
その時だった。
獣がゆっくりと顔を巡らせる。
視線の先には。
鎖に繋がれた女や子どもたち。
逃げ惑う人波の中で、その者たちだけが立ち尽くしていた。
縄に繋がれ、逃げることすら叶わない。
その列の中に。
黒き少女がいた。
少女は静かに獣を見つめている。
怯えも。
涙もない。
そして。
幸村へ視線を向けた。
ほんの一瞬。
その口元が、わずかに緩む。
まるで。
待っていた。
そう語るかのように。
獣が大きく息を吸い込む。
兵はもう立ち上がれない。
間に合わぬ。
幸村は静かに槍を握り締めた。
「清海。」
「はっ。」
「伊三。」
「はっ。」
幸村は一歩前へ出る。
その瞳に迷いはない。
「女子供を見捨てるは、武士にあらず。」
次の瞬間。
赤備えが石畳を蹴った。




