↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界真田太平記  作者: まん丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/66

皮算用

「許せぬ! 断じて許せぬぞ!」


男爵の怒声が、屋敷の一室に響き渡った。


その手には、一通の書状が握りしめられている。


ロラン伯爵から届いた返書であった。


事の発端は、男爵領から逃げ出した領民たちである。


男爵は、逃亡した領民を連れ戻すため兵を差し向けた。ところが、ロラン伯爵の兵が領境を越えて介入し、男爵の兵を斬り捨てたのである。


領民を奪われ、兵まで失った。


男爵にとって、それは財産を力ずくで奪われたことにほかならなかった。


当然、ロラン伯爵に抗議の書状を送った。


しかし、返ってきた言葉は謝罪でも賠償の申し出でもなかった。


『まずは貴領の制度を見直されよ』


ただ、それだけであった。


「盗賊めが! 人の財産を奪っておきながら、何たる言い草!」


男爵は書状を机に叩きつけた。


とはいえ、相手は伯爵である。


下級貴族にすぎない男爵が、単独で対抗できる相手ではなかった。


そこで男爵は、自らの上位貴族であるバルドー伯爵を頼ることにした。


バルドー伯爵は、ロラン伯爵とは長年折り合いの悪い人物であった。


男爵は、そのことをよく知っていた。


そして数日後。


男爵はバルドー伯爵の屋敷を訪れていた。


「……ほう。ロランの兵が、そなたの領内へ踏み込んだと?」


「左様でございます!」


男爵は身を乗り出した。


「我が領民を奪い、取り戻そうとした兵を斬り捨てたのでございます! それだけではございません。この返書をご覧ください!」


差し出された書状に、バルドー伯爵は目を通した。


その眉が、わずかに動く。


(これは……)


ロランの兵が他領へ越境し、兵士を殺害した。


しかも抗議に対して、謝罪どころか領地の制度を改めよと要求している。


(愚かなロランめ。とうとう尻尾を出しおったか!)


長年目障りだった政敵を追い落とす、またとない好機である。


しかし、伯爵は喜びを顔に出さなかった。


「ふむ……これは由々しき事態じゃな」


「おお! では、お力添えを!」


「無論じゃ。そなたの財産を力ずくで奪ったとなれば、見過ごすわけにはいくまい」


「まさしく! ロランのやっておることは盗賊と変わりませぬ!」


男爵は何度も頷いた。


バルドー伯爵は、ゆっくりと茶を口へ運んだ。


「しかしな、相手は伯爵じゃ。王都の貴族どもを動かすとなれば、相応の費用がかかる」


「費用……でございますか?」


「当然であろう。そなたのために、わしが持ち出しをするわけにもいくまい」


男爵の顔が曇った。


「し、しかし、我が領も兵を失い、決して懐に余裕があるわけでは……」


「愚か者め!」


伯爵は呆れたように首を振った。


「そなた、何も分かっておらぬな」


「は……?」


「ロランの非は明白じゃ。賠償は金子だけとは限らぬぞ」


伯爵は男爵を見据えた。


「領地の一部を割譲させることとて、夢ではあるまい」


「りょ、領地を……?」


「そうじゃ。さすれば、そなたが今差し出す金など、あっという間に元が取れる。それどころか、何倍もの利権と領地が手に入るのじゃぞ」


男爵の目が大きく見開かれた。


領地。


その言葉が、男爵の胸を強く打った。


失った領民や兵のことなど、たちまち頭の隅へ追いやられていく。


「ま、まことに、そのようなことが……?」


「なぜできぬと思う? 他領へ兵を送り、兵士を斬ったのじゃ。しかも謝罪すらせぬ。これほど都合のよい話があるか?」


伯爵は口元を歪めた。


「死んでくれた兵士どもに、感謝せねばならぬな」


一瞬、男爵は目を丸くした。


だが、すぐに笑みを浮かべた。


「ははは! まことに! あやつらも死んだ甲斐があったというものですな!」


二人の笑い声が部屋に響いた。


そこには、死んだ兵士を悼む者など一人もいなかった。


⸻


バルドー伯爵の動きは早かった。


男爵から多額の金子を受け取ると、すぐさま王都へ向かったのである。


まずは国王への謁見を求めた。


しかし、それは叶わなかった。


国王が一介の伯爵同士の争いに、直接耳を傾けることはなかったのである。


だが、バルドー伯爵にとって、それは大した問題ではなかった。


王都には、いくらでも金で動く者がいる。


法衣貴族たちである。


伯爵は宴席を設け、贈り物を配り、時には人目につかぬ場所で金貨の詰まった袋を渡した。


そして、ロラン伯爵による越境攻撃の非を説いて回った。


もちろん、話そのものが嘘というわけではない。


実際にロランの兵は領境を越え、男爵の兵を斬っている。


だからこそ、法衣貴族たちも反論しにくかった。


「伯爵が他領へ兵を送り込むなど、許されることではございませんな」


「しかも謝罪を拒んだとか」


「王国の秩序に関わる問題ですぞ」


金を受け取った貴族たちは、次々と声を上げた。


こうして、ロラン伯爵への非難決議がまとめられた。


さらにバルドー伯爵は、宰相への働きかけを続けた。


宰相にしてみれば、ロラン伯爵と男爵の争いなど、本来は些末な問題である。


しかし、法衣貴族たちが揃って問題視し、越境攻撃の証拠まで示されている以上、放置するわけにもいかなかった。


やがて、宰相の承認によって、ロラン伯爵を王都へ召喚することが決まった。


バルドー伯爵は、屋敷へ戻るなり男爵を呼び寄せた。


「くくく……これでロランも終わりじゃ」


伯爵は上機嫌で杯を傾けた。


「おお! ついに!」


「王都へ出てくれば、わしが金を配った貴族どもとの裁きが待っておる。あやつに勝ち目などない」


「降爵に減領……まこと、楽しみでございますな!」


「うむ。あとは、どの領地を取り上げるかじゃ」


二人は顔を見合わせて笑った。


だが、男爵はふと不安になった。


「しかし、伯爵様。もしロランが召喚に応じなかった場合は?」


伯爵は鼻を鳴らした。


「その方が、もっと楽じゃ」


「と、申されますと?」


「王都からの召喚を無視したとなれば、王国の権威に逆らったも同然。もはや遠慮はいらぬ」


伯爵は机の上に広げられた地図を指差した。


「ロラン領を潰せばよい」


「おお……!」


「領地を欲しがる貴族どもを先頭に立て、わしとそなたの軍で踏み潰す。それで終わりじゃ」


男爵は何度も頷いた。


しかし、まだ一つ気になることがあった。


「ただ……ロラン伯爵は、真田なる者と戦の最中と聞いておりますが……」


「それがどうした?」


「真田が介入してくることはございませぬか?」


伯爵は声を上げて笑った。


「ははは! 何を恐れる!」


杯の酒を一気に飲み干す。


「真田とて手一杯であろう。王国の内輪揉めにまで首を突っ込む余裕などあるまい!」


「なるほど! ごもっともでございます!」


「ロランめ。真田との戦で疲弊しているところへ、この騒ぎじゃ。まったく、運のない男よ!」


再び二人の笑い声が響いた。


彼らは知らなかった。


そのロラン伯爵が、すでに真田幸村へ臣従していることを。


⸻


場所は変わり、ロラン城。


執務室の一角で、ロラン伯爵は一通の書状を手にしていた。


王都から届いた召喚状である。


「……なるほど。あの男、我が政敵であるバルドー伯爵に泣きついたのでありますな」


向かいの椅子に座っていた佐助が、ケラケラと笑った。


「ははは! ロラン殿は運が良いな!」


「運が良い、でございますか?」


「そうじゃ。早速、真田への忠義をお見せできるではないか!」


佐助は楽しそうに続けた。


「今や雪崩のように、王国貴族が殿へ臣従を申し出ておる。誰が使える者か、殿も見極めねばならん。そのような時に、向こうから喧嘩を売ってくるとはな!」


「なるほど……確かに、好機でございますな」


ロランも薄く笑った。


「もっとも、一応の返書は出してあります」


「ほう?」


「越境した当の指揮官は、すでに我が家を解雇し、領外へ追放したと伝えてあります。今や我が家とは無関係の者。捕らえるなり何なり、好きにするようにと」


佐助は一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。


「はははは! そりゃ傑作だ!」


「何かおかしなことでも?」


「いやいや! それで相手の顔が立ったとは、とても言えんわな!」


「承知しております」


ロランは落ち着いた様子で答えた。


「しかし、形式は踏みました。兵を処分した以上、こちらが何も対応しておらぬとは言わせませぬ」


「なるほどな。まあ、それで全部の責任が消えるわけでもあるまいが」


「無論です。ですが、向こうの望みが謝罪や賠償だけではないことは、よく分かっておりますので」


佐助はニヤリと笑った。


「やはりロラン殿も、そう見るか」


「バルドーは昔から私を目の敵にしておりました。あの男が、この程度で矛を収めるはずがありませぬ」


ロランは召喚状を机に置いた。


「となれば、あとは戦でございましょうか」


「おそらくな」


佐助はあっさり頷いた。


「殿からも話は聞いておる。臣従した貴族どもの兵を使ってよいとのことじゃ」


「ほう……!」


「ロラン殿の腕前を見せてもらおう、との仰せじゃ!」


ロランは姿勢を正した。


「それは……身に余る光栄」


「いやいや、光栄だけでは済まんぞ。殿は使える者には仕事を任せる御仁じゃ。期待に応えねば、次はないかもしれん」


「望むところでございます」


ロランの目に、強い光が宿った。


「この身、すでに真田様へお預けしております。必ずや、ご期待に応えてみせましょう」


「うむ!」


佐助は満足げに頷いた。


「ただし、俺の甲賀衆は使ってくれ。諜報、破壊工作、敵の動きを探ることまで、何でもござれじゃ!」


「それは心強い。ぜひ、お力をお借りしたい」


「遠慮はいらん。殿の軍じゃからな!」


ロランは、そこでふと首を傾げた。


「ところで、猿飛殿ご自身は?」


「俺か?」


「これほどの戦となれば、猿飛殿にもお力添えいただきたいところですが……」


佐助は肩をすくめた。


「悪いな。俺は別の仕事がある」


「別の仕事?」


「ああ。殿の命で、王都へ潜入することになっておる」


ロランは目を見開いた。


「王都へ? 今回の召喚の件でございますか?」


「いや、そっちとは別件じゃ」


佐助は椅子の背にもたれ、楽しそうに笑った。


「ちょいと、会ってみたい御仁が二人ほどおってな」


「ほう……どなたで?」


「一人は、殿に文を寄越した賢者じゃ」


「賢者……!」


「どんな人物か、この目で確かめる。良き御仁なら、真田へお迎えしたいとのことじゃ」


「なるほど。では、もう一人は?」


佐助は笑みを深めた。


「王国の騎士団長じゃ」


ロランは思わず身を乗り出した。


「騎士団長を!? あの剣聖をですか!」


「そうじゃ。殿がどうしても一度、人物を見極めたいと仰せでな」


「しかし……あの方は王家への忠義が厚いと聞きます。容易なことではありますまい」


「だろうな」


佐助はあっけらかんと答えた。


「だから、まずは会ってみるのさ。話の分からん御仁なら、それまで。だが、殿の下で働くに値する人物なら、何とかして口説いてみる」


「……真田様は、そこまでお考えなのですな」


ロランは感心したように呟いた。


佐助は立ち上がった。


「ま、ロラン殿もそのお一人じゃろ?」


「はは……これは一本取られましたな」


「それじゃ、戦の方は頼みますぞ!」


「承知いたしました。猿飛殿も、どうかお気をつけて」


佐助は片手をひらひらと振った。


「なあに、王都へ忍び込むだけじゃ。俺にとっちゃ、散歩みたいなもんさ!」


そう言って、部屋を後にする。


残されたロランは、机の上の召喚状へ視線を落とした。


バルドー伯爵。


長年の政敵は、今頃、自分の勝利を確信していることだろう。


ロランは静かに笑った。


「さて……真田様のご期待に、応えねばなりませぬな」


そして、召喚状を脇へ置き、従者を呼んだ。


「諸将を集めよ。軍議を開く」


王都では、バルドー伯爵がロランの領地を奪う算段をしていた。


ロラン城では、その伯爵を迎え撃つための準備が始まっていた。


そして猿飛佐助は、二人の人物を見極めるため、王都へ向かおうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。