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異世界真田太平記  作者: まん丸


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民に呟き

 王国北部の、とある街。

 昼下がりの酒場には、仕事にあぶれた傭兵たちが集まっていた。

 酒を飲む者、賭け事に興じる者、次の仕事を探す者。

 壁には傭兵募集の張り紙が幾つも並んでいたが、どれも報酬は安く、危険ばかりが大きい。

 その片隅で、二人の傭兵が安酒を酌み交わしていた。

「おい、聞いたか? 王国が大敗したらしいぞ」

「何だと? 帝国にやられたのか?」

「いや、それが違うらしい」

「じゃあ、どこだ?」

「何でも、盗賊から身を起こした荒くれどもだそうだ」

「はあ? 盗賊?」

 男は思わず杯を置いた。

「王国軍が盗賊に負けたってのか?」

「そういうことらしい」

「そんな馬鹿な話があるかよ!」

「俺だって最初はそう思ったさ。だがな、隣村の奴が討伐軍に加わっててな。命からがら帰ってきたんだと」

「そいつは災難だったな」

「ああ。しかも、妙な噂を持ち帰ってきやがった」

「妙な噂?」

「その荒くれどもの傭兵団に加わっていた連中がな、勝ち戦の恩賞で騎士になったらしい」

「……は?」

 男はしばらく相手の顔を見つめた。

「騎士?」

「ああ」

「貴族様に仕える、あの騎士か?」

「他にどんな騎士がいるんだよ」

「嘘つけ!」

 男は大声を上げた。

「俺たち傭兵の勝ち戦の恩賞なんざ、酒ひと瓶か、幾ばくかの金が関の山だろうが!」

「俺もそう思ったさ」

「それが騎士だと? そんなうまい話があるか!」

「だからよ、あちこちで聞いて回ったんだ」

「それで?」

「どうやら本当らしい」

「……マジかよ」

 男は腕を組んだ。

「命を懸けて酒ひと瓶と、命を懸けて騎士か……」

「ああ」

「天と地ほど違うじゃねえか!」

「だろ?」

 噂を持ち込んだ男は、声を潜めた。

「しかもな、そいつらは新しく領地を手に入れたばかりらしい」

「ほう?」

「兵も足りねえ、領民も足りねえ。とにかく人手が欲しいそうだ」

「……つまり?」

「今なら、俺たちにも入り込む余地があるってことよ!」

 男は杯を置いた。

「なるほどな……」

 長年、戦場から戦場へ渡り歩いてきた。

 雇われれば戦い、雇われなければ飢える。

 どれほど命を懸けても、戦が終われば用済みだった。

「……騎士か」

 男が呟いた。

「なれりゃあ、こんな浮き草暮らしともおさらばできるな」

「違いねえ!」

「で、そいつらはどこにいる?」

「北の方だ。上田とかいう土地らしい」

「上田?」

「とにかく、変わった名前の土地だ」

「何だそりゃ。いい加減な話だな!」

「騎士にしてくれるなら、名前なんざどうでもいいさ!」

「ははっ! 違いねえ!」

 二人は顔を見合わせた。

「よし、頭に話してみようぜ!」

「ああ! どうせ次の仕事も決まっちゃいねえ!」

「なら、決まりだ!」

 二人は残った酒を一気に飲み干した。

 その話を、隣の卓にいた傭兵たちも聞いていた。

「……おい、今の話、本当か?」

「さあな。だが、確かめる価値はありそうだろ?」

 別の卓からも声が上がる。

「俺も行ってみるかな」

「おいおい、抜け駆けするなよ!」

 やがて酒場のあちこちで、同じ話が始まった。

 王国軍を打ち破った、得体の知れぬ荒くれたち。

 勝てば騎士に取り立てられるという、信じ難い噂。

 そして、まだ人手を求めているという新しい領地。

 その話は、酒場の外へも広がっていった。

     ◇ ◇ ◇

 王国北部の小さな農村。

 夕暮れの畑で、二人の農夫が鍬を片付けていた。

「おい、聞いたか?」

「何をだ?」

「南の方に、新しい領主様が現れたらしいぞ」

「領主が変わったくらいで、俺たちの暮らしが変わるもんか」

「それがな、ちょいと変わった領主様らしい」

「どう変わってるんだ?」

「何でも、移り住んだ農民には畑を一枚くれるらしいぞ」

「……は?」

 農夫の手が止まった。

「畑を?」

「ああ」

「誰に?」

「移り住んだ奴にだよ」

「馬鹿言え! 畑なんざ領主様のもんだろうが!」

「俺もそう思ったさ」

「それを、どこの馬の骨とも知れねえ奴にくれるってのか?」

「そういう噂だ」

「嘘に決まってる!」

 農夫は吐き捨てた。

「俺たちが何年、この畑を耕してきたと思ってる。親父の代からだぞ。それでも畑は俺たちのもんじゃねえ」

「ああ」

「今年だって、収穫の半分以上を持っていかれた。残ったもんで冬を越せるかどうかも分からねえってのに」

「だからよ」

 もう一人の農夫は声を潜めた。

「俺も最初は信じなかった。だが、隣村から一家で移り住んだ奴がいてな」

「……それで?」

「本当に畑を一枚、任されたそうだ」

「……本当か?」

「ああ。自分たちで耕して、そこで暮らしていいってよ」

 農夫は黙り込んだ。

「それだけじゃねえ。荒れ地を耕せるようにするため、道や水路まで造ってるらしい」

「……そんなことまで?」

「人手が足りねえんだと。だから働ける者なら歓迎するって話だ」

「……」

 農夫は自分の手を見た。

 節くれ立ち、ひび割れた手だった。

 幼い頃から土を耕し続けてきた。

 それでも、自分の畑など持ったことがない。

「……畑一枚か」

「ああ」

「それが本当なら、俺にも……」

 農夫は言葉を切った。

 遠くに、粗末な家が見える。

 妻と幼い子供たちが待っている家だった。

「……子供らに、腹いっぱい食わせてやれるかな」

「さあな。そこまでは知らねえ」

 友人は肩をすくめた。

「だが、ここにいたって来年も再来年も同じだろ?」

「……違いねえ」

「どうする?」

 農夫はしばらく考えた。

「女房と相談してみる」

「おう」

「……その領地、何て名前だ?」

「上田っていうらしい」

「上田……」

 農夫は小さく繰り返した。

「変わった名前だな」

「何でも、遠い国から来た領主様が付けたそうだ」

「遠い国?」

「さあな。詳しいことは知らねえよ」

 二人は鍬を担ぎ、村へ向かって歩き始めた。

 しばらくして、農夫がぽつりと言った。

「……もし本当に畑がもらえるなら」

「ん?」

「俺は、一生そこを耕してもいい」

 友人は笑った。

「俺もだよ」

 夕日が二人の背中を照らしていた。

     ◇ ◇ ◇

 王国北部、とある男爵領。

「何だと! また農民が逃げたと言うのか!」

 領主館に怒声が響いた。

「は、はい……。今月に入り、既に十数家族が姿を消しております」

「衛兵は何をしておる!」

「それが……夜のうちに家財をまとめ、領境を越えてしまうようで……」

「馬鹿者! 見つけ次第、連れ戻せ!」

 男爵は机を叩いた。

「まったく! 今年の税はどうするつもりだ!」

 家臣は言いにくそうに口を開いた。

「実は、兵の中にも暇を願い出る者が出ております」

「兵までだと!?」

「はい。何でも、真田という者の領地へ向かうと……」

「また真田か!」

 男爵は顔を真っ赤にした。

「盗賊上がりの成り上がり者め!」

「どうやら、あちらでは農民に畑を与え、傭兵を騎士に取り立てているとか……」

「馬鹿馬鹿しい!」

 男爵は鼻で笑った。

「土地を農民にくれてやる? 傭兵を騎士にする? そんなことをして領地が治まるものか!」

「しかし、実際に人が流れておりますので……」

「黙れ!」

 男爵は立ち上がった。

「農民どもは土地に縛りつけておけばよい! 兵には逃げぬよう見張りをつけろ!」

「……はっ」

「それから税を上げる!」

「ぜ、税をでございますか?」

「逃げた者の分を、残った者に払わせるのだ!」

 家臣は絶句した。

「し、しかし、それではますます農民が……」

「何だ!」

「……いえ」

 男爵は椅子に腰を下ろした。

「真田め……。よくも余計なことをしてくれたな」

 しばらくして、男爵は再び家臣を呼び止めた。

「待て!」

「はっ!」

「逃げた農民どもは、どちらへ向かった?」

「南へ向かった者が多いようです」

「南か……」

 男爵は地図を睨みつけた。

「その先には、モンフォール伯爵領があるな」

「はい。先頃、真田に臣従したと聞いております」

「ふん! 伯爵ともあろう者が、盗賊上がりに頭を下げるとは!」

 男爵は鼻を鳴らした。

「よいか。逃亡した農民どもは、必ず連れ戻せ!」

「しかし、既に領境を越えた者も……」

「構わん!」

 男爵は机を叩いた。

「奴らは我が領民だ! どこへ逃げようと、連れ戻すのだ!」

「……はっ!」

 家臣は深く頭を下げ、部屋を後にした。

 男爵は窓の外を睨みつけた。

「真田……。いつまでも好き勝手にできると思うなよ」

     ◇ ◇ ◇

 その夜。

 村外れの粗末な家で、一人の農夫が荷物をまとめていた。

「……本当に行くの?」

 妻が不安そうに尋ねた。

「ああ」

「でも、見つかったら……」

「分かってる」

 農夫は妻を見た。

「だが、ここにいたら、子供らを食わせていけねえ」

 妻は眠っている子供たちへ目を向けた。

「……畑、本当にもらえるのかしら」

「分からねえ」

 農夫は正直に答えた。

「だが、行ってみる価値はある」

 妻はしばらく黙っていた。

 やがて、小さく頷いた。

「……分かったわ」

 農夫は荷物を背負った。

「夜明け前に出よう。できるだけ遠くまで行くんだ」

「ええ」

 妻は子供たちを起こし、支度を始めた。

 外には、まだ星が瞬いていた。

 やがて一家は、長年暮らした家を後にした。

 目指すは、真田の治める地。

 上田。

 その道のりに何が待ち受けているのか、彼らはまだ知らなかった。


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