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異世界真田太平記  作者: まん丸


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真田の法

 上田の領主館に、久しぶりに真田十勇士が顔を揃えた。

 もっとも、顔を揃えたからといって、皆が大人しくしているわけではない。

「おい、清海。もう少し詰めろ」

「これ以上詰めたら伊三の膝に乗ることになるぞ」

「兄者! 俺は構わんぞ!」

「俺が構うわ!」

 巨漢の三好兄弟が場所を取り合い、佐助が呆れた顔で眺めている。

 その隣では霧隠才蔵が腕を組み、静かに目を閉じていた。

 筧十蔵は何やら紙に書き込み、根津甚八は窓の外を眺めている。

 そんな中、海野六郎だけが険しい顔をしていた。

「殿! 本日は遊びではござらぬぞ!」

「分かっておる、六郎」

 幸村は笑った。

「皆、揃ったようじゃな」

 その一言で、ようやく部屋が静かになった。

「上田も随分と大きくなった。新たに加わる領地もある。いつまでも皆で何でもやるわけにはいかぬ」

 幸村は一同を見渡した。

「そこで本日、皆の役目を定めようと思う!」

「おお!」

 三好兄弟が声を上げた。

「とうとう俺たちも大将か!」

「兄者! 俺は大将の大将がいいぞ!」

「それは何じゃ?」

「知らん!」

「はっはっは!」

 幸村が笑う。

「では、まず六郎!」

「はっ!」

「其方には家老を任す!」

「承知しております」

「それと台所方もじゃ!」

「……は?」

 六郎の動きが止まった。

「台所方、にござるか?」

「うむ。銭や米、税のことも頼む」

「お待ちくだされ! 税は領主たる殿がお決めになるべきもの!」

「そうか?」

「そうでござる!」

 幸村は首を傾げた。

「税を決める時、兄者はどうしておったかの?」

「……それを某に聞かれましても」

「いやな、わしは戦以外、親父殿にはろくに教えてもらえなんだ」

 幸村は愉快そうに笑った。

「『幸村には必要ない。惣領の信幸が覚えればよい』とな!」

「笑い事ではござらぬ!」

「はっはっは!」

 六郎は額を押さえた。

「殿! 少しは政をお覚えくだされ!」

「わからぬ物は、解るものがやれば良い」

「ダメでござる!」

「よって六郎を家老兼台所方に任ずる!」

「え〜……」

 六郎の顔が、何とも言えぬものになった。

 佐助が吹き出す。

「ご家老様、出世したのに仕事が増えただけだな」

「佐助! 黙っておれ!」

 幸村はそこで笑みを収めた。

「但し、六郎」

「……はっ」

「民の端々まで飯が食える領にせよ!」

 六郎は顔を上げた。

「飢える者を出すな。税を集めるのも、蔵に蓄えるのも、そのためじゃ」

 六郎はしばし黙り、深く頭を下げた。

「……承知仕りました」

「それとな、六郎」

「まだ何かございますか?」

「太閤殿下がなさった検地を覚えておるか?」

「無論にござる。太閤検地でございますな」

「うむ。あれを上田でもやろう!」

 六郎は驚いたように幸村を見た。

「検地を、でござるか?」

「田畑がどれほどあり、どれほどの作物が取れるのか。知らねば税も決められまい」

「殿にしては、まことに道理にかなったお考え!」

「……六郎。それは褒めておるのか?」

「無論にござる!」

 佐助が横から笑った。

「絶対、褒めてねえな」

「佐助!」

「ただし、検地で民を苦しめるなよ」

 幸村は続けた。

「土地の広さだけでなく、実際にどれほど実るかを確かめよ。耕せぬ土地まで田畑に数えるようなことはするな」

「心得ております」

「沼田の文官たちにも手伝わせよ。まずは上田からじゃ」

「はっ!」

 六郎は深く頭を下げた。

 幸村は満足そうに頷き、次の者へ目を向けた。

「望月六郎!」

「はっ!」

「其方には騎士団長を任す!」

 望月六郎は静かに頭を下げた。

「兵をまとめ、鍛え、上田を守ってくれ」

「御意!」

「穴山小助!」

「はっ!」

「其方は侍大将じゃ。兵の鍛錬を任す!」

「承知!」

 幸村は続けた。

「佐助!」

「はいよ!」

「其方には甲賀忍軍を任す!」

「おっ、忍軍頭ってやつか!」

「うむ。敵を探り、欺き、戦わずして勝つための働きを頼む」

「任せとけ!」

「才蔵!」

「はっ」

「其方には伊賀忍軍を任す!」

 才蔵が片目を開けた。

「……伊賀忍軍、でござるか」

「うむ。腕の立つ者を集め、鍛えてくれ」

「承知」

 佐助が横から口を挟んだ。

「おいおい、伊賀まで作るのかよ。俺の甲賀忍軍の方が先に大きくなるぜ?」

「数ばかり増やしても仕方あるまい」

「何だと?」

「騒がしい忍びは役に立たぬ」

「お前なあ!」

「はっはっは! 競い合うのはよいが、喧嘩はするなよ!」

 二人は同時に顔を背けた。

「それと才蔵」

「はっ」

「帝国への返礼の件、頼んだぞ」

「心得ております」

「道中、無理はするな。帝国の様子も見てきてくれ」

「御意。評定が終わり次第、発ちまする」

「うむ。気をつけてな」

 幸村は頷いた。

「十蔵!」

「はっ!」

「其方は鉄砲組組頭! それと兵器の開発も任す!」

 十蔵の目が光った。

「新しき武具を作ってもよろしいので?」

「無論じゃ。ただし、六郎と相談して銭を使え」

「承知!」

 六郎が小さく溜息をついた。

「……また出費が増えるのでござるな」

 十蔵は聞こえぬふりをしていた。

「次、甚八!」

「はっ!」

「其方には勧農奉行と普請奉行を任す!」

 甚八は一瞬、目を瞬かせた。

「……また畑と道でござるか」

「うむ。其方が手掛けた田畑も道も、見事なものじゃった」

 すると三好清海が腹を抱えた。

「がっはっは! 甚八、また道造りか!」

 伊三も笑い出した。

「兄者! 甚八は一生、石と土に囲まれて暮らすのう!」

「はっはっは!」

 甚八は苦笑した。

 だが、幸村は何かを思いついたように手を打った。

「そうじゃ! 甚八!」

「はっ?」

「三好兄弟を好きに使って良いぞ!」

「……は?」

 今度は三好兄弟の笑いが止まった。

「清海と伊三は力がある。大石を運ぶにも、橋を架けるにも役に立とう!」

「と、殿!?」

 清海が慌てて身を乗り出した。

「俺たちは武者でござるぞ!」

「無論じゃ。戦の時は先陣を任す!」

「おお!」

「じゃが、戦のない時は甚八を助けよ!」

「……おお?」

 伊三が首を傾げた。

 甚八はゆっくりと二人を見た。

「……よろしいのでござるな、殿?」

「うむ!」

 甚八の顔に笑みが広がった。

「では清海殿、伊三殿。明日から早速、川向こうの大石を運んでもらおうか」

「大石?」

「人が十人がかりでも動かせぬような石が、幾つもあってな」

「じゅ、十人がかり!?」

「それを片付ければ道が通せる」

 佐助が肩を震わせた。

「……自分たちで墓穴掘ったな」

「佐助ぇ!」

 幸村は楽しそうに笑っていた。

「次、鎌之助!」

「はっ!」

 由利鎌之助がすっと背筋を伸ばした。

「其方には、わしの側仕えを任す!」

「……は?」

「身辺の警護と、日々の取り次ぎを頼みたい。童組の指南役も引き続き頼むぞ」

 鎌之助は目を見開いた。

「そ、それは……」

「これからは、わしの側におってもらうことが多くなるであろうな」

 鎌之助の瞳が、みるみる潤んでいった。

「殿……♡」

「ん?」

「一生、お側にお仕えいたします……!」

 頬を赤く染め、幸村を見つめる鎌之助。

 佐助が才蔵の袖を引いた。

「おい、才蔵」

「……何だ」

「鎌之助の奴、乙女になっておるぞ」

「……見なかったことにしろ」

「聞こえておるぞ!」

 鎌之助が振り向き、二人を睨みつけた。

 幸村だけが不思議そうな顔をしている。

「何じゃ、皆、仲がよいのう!」

「どこがじゃ!」

 部屋に笑いが起こった。

 やがて幸村は、少し離れた場所に座るロランへ向き直った。

「ロラン!」

「はっ!」

 ロランは立ち上がり、胸に手を当てた。

「其方はこれまで、よく領地を治めてきたと聞く」

「恐れ入ります」

「その領地と民は、引き続き其方が守れ」

 ロランが顔を上げた。

「殿……!」

 幸村は力強く告げた。

「領地安堵の上、外交奉行に任じる!」

 ロランは深く頭を下げた。

「ありがたき幸せ!」

「これより真田に加わろうとする貴族たちとの交渉を任す。だが、真田の法を守ることが条件じゃ。それだけは忘れるな」

「御意! このロラン、誠心誠意お仕えいたします!」

 幸村は頷いた。

「うむ! 頼んだぞ!」

 これで一通りの任命が終わった。

 そう思われた、その時だった。

「殿!」

 部屋の隅から声が上がった。

 銭である。

「ん? どうした、銭」

 銭はずかずかと幸村の前へ歩いてきた。

「俺の仕事は?」

 幸村は目を丸くした。

「銭の仕事?」

「そう! みんな仕事をもらった! 俺は?」

 幸村は少し考えた。

「そういえば、銭には立派な役目があったのう」

「え?」

「童組の組長じゃ!」

 銭は胸を張りかけて、ふと首を傾げた。

「……でも、あれは俺が勝手に決めたんだぞ?」

「はっはっは! ならば今、この幸村が認めよう!」

「本当か!?」

「うむ!」

 幸村は銭の前に膝をつき、その目を見つめた。

「銭。この領地には、何百、何千もの童がおる」

「……うん」

「そのすべてを、お前なりの方法で守り、育み、助けてやれ!」

 銭はぽかんとした。

「……全部?」

「全部じゃ」

「そんなにたくさん?」

「うむ。腹を空かせた童もおろう。泣いておる童もおろう。誰にも助けを求められぬ童もおるやもしれぬ」

 銭は黙って聞いていた。

「そのような童を見つけたら、手を差し伸べてやれ」

「……俺が?」

「そうじゃ。お前なら、気づいてやれることもあろう」

 幸村はにっこりと笑った。

「無論、一人で何もかも背負うことはない。困ったらわしに言え。六郎にも、鎌之助にも、皆にも頼ればよい」

 銭はしばらく考え込んだ。

 そして、ぐっと拳を握った。

「分かった!」

「うむ!」

「俺、童組をもっと大きくする!」

「はっはっは! 頼んだぞ、組長!」

「任せろ、殿!」

 銭は満面の笑みを浮かべた。

 佐助が小さく呟いた。

「……そのうち真田家で一番でかい組になるんじゃねえか?」

 清海が笑う。

「童が千人も集まったら、上田は賑やかになるのう!」

「兄者! 俺たちも童組に入れるかの?」

「お前は童ではなかろう!」

「何を申す! 心は童じゃ!」

「それは威張ることか!」

 再び笑いが起こった。

 だが、六郎だけは笑っていなかった。

「……殿」

「ん?」

「役目を決めたところで、肝心なことが残っておりますぞ」

「何じゃ?」

「真田の法にござる」

 幸村は頷いた。

「うむ」

「新たに臣従する者には、真田の法を守らせると仰せになりましたな」

「言うた」

「では、その法を定めねばなりませぬ」

「そうじゃな」

「沼田より参った文官たちと協議し、法を整えたいと存じます」

「任せる!」

「……殿」

「何じゃ?」

「少しは中身をお確かめくだされ」

「無論じゃ。出来上がったら持って参れ」

 六郎は小さく息を吐いた。

「承知仕りました」

 評定が終わると、才蔵は旅支度を整えた。

 領主館の門前で、幸村が声をかける。

「才蔵!」

「はっ!」

「帝国への返礼、頼んだぞ」

「御意」

「向こうの様子も、よく見てきてくれ」

「心得ております」

「それと、無事に戻れよ」

 才蔵は僅かに笑った。

「殿も、ご息災で」

 そう言い残すと、才蔵は帝国へ向けて旅立った。

 それから十日余りが過ぎた。

 六郎は沼田の文官たちと幾度も協議を重ね、ようやく一冊の書物を幸村の前に差し出した。

「殿。真田の法、まとまりましてござる」

「うむ!」

 幸村は書物を受け取り、目を通した。

 しばらくして顔を上げる。

「六郎」

「はっ」

「これで、民は安心して暮らせるか?」

「そのための法にござる」

「ならばよし!」

 幸村は書物を閉じた。

「よし! これを真田の法とする!」

 六郎は深く頭を下げた。

「ははっ!」

 こうして上田に、新たな法が定められた。

 それはこれより真田へ加わる領主たちが、等しく守るべき法となるのであった。

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