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異世界真田太平記  作者: まん丸


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銭の1日

「眠い……」


 まだ朝日も昇りきらぬ頃、銭は目を擦りながら鍛錬場へ向かっていた。


 王国との大きな戦は終わった。


 沼田での戦も終わった。


 だったら少しくらい朝寝坊をしてもよいのではないか。


 そんなことを考えながら鍛錬場へ着くと、既に童組の子供たちが集まっていた。


「組長、遅いぞ」


 先に来ていたアーニーが言う。


「遅くない。まだ眠いだけじゃ」


「それを遅いって言うんじゃないのか?」


「言わん」


「言うだろ」


「そこ! 何を喋っておる!」


「「はい!」」


 二人は同時に背筋を伸ばした。


 由利鎌之助が腕を組んで立っていた。


「全員揃ったな!」


「「「はい!」」」


「声が小さい!」


「「「はいっ!」」」


「よし、走れ!」


「ええええええ!」


「返事!」


「「「はいっ!!」」」


 童組の一日は、今日も容赦なく始まった。


 鍛錬場を走り、木の棒を振り、転び方を教わり、立ち上がり方を教わる。


「いいか! 強い相手に勝とうなどと思わなくてよい! まず逃げろ!」


「おう!」


「逃げられぬならば急所を狙え!」


「おう!」


「目! 喉! 股!」


「おう!」


「最後だけ嫌だな……」


 アーニーが呟いた。


「五の子分! 何か言ったか!」


「誰が五の子分だ!」


「アーニー! 口を動かす暇があるなら足を動かせ!」


「ほら怒られた」


「お前のせいだろ!」


 やがて朝の鍛錬が終わる頃には、子供たちは揃って地面に転がっていた。


「死ぬ……」


「毎朝これやる必要あるのかよ……」


 銭とアーニーが並んで大の字になる。


「ある!」


 鎌之助の声が飛んできた。


 二人は慌てて起き上がった。


「まだ何かあるのか!?」


「鍛錬は終わりじゃ」


 その言葉に、子供たちから安堵の息が漏れた。


 すると銭が突然立ち上がった。


「よし! 童組、整列!」


「え?」


「早くせい!」


 子供たちは顔を見合わせながらも、銭の前へ並んだ。


 銭は胸を張る。


「本日は皆に大事な話がある!」


 途端に子供たちの表情が変わった。


「先の戦において、我ら童組は沼田を守るため大いに働いた!」


「おお!」


「よって殿より、恩賞を頂いた!」


「恩賞!?」


「なんだ!?」


「金か!?」


 銭は得意げに首を振った。


「違う!」


 そして後ろに置いていた籠を持ち上げた。


「これじゃ!」


 布を取る。


 中には丸いパンのようなものが、ぎっしりと入っていた。


「……パン?」


「ただのパンではない!」


 銭は一つを高々と掲げた。


「殿の故郷、日の本にあるという幻の菓子!」


 一度、大きく息を吸う。


「まんじゅうじゃ!」


「「「おおおおお!」」」


 実際にはパンに近かった。


 幸村が日の本にあった饅頭という菓子について話し、それを聞いた職人が作ったものである。


 こちらのパン生地の中に、豆を甘く煮て潰したものが入っている。


 日の本の人間が見れば、おそらく別の食べ物の名を口にしたであろう。


 だが銭にとっては、これがまんじゅうだった。


「これを恩賞として配る!」


「やった!」


「俺にも!」


「並べ並べ!」


 子供たちが騒ぎ始める。


 その列の最後に、二つの巨大な影が並んだ。


 銭が固まった。


「…………」


 三好清海。


 三好伊三。


 二人とも満面の笑みである。


「何してる?」


「並んでおりまする」


「恩賞を頂きに参った!」


「なんでじゃ!」


「我らは童組、一の子分と二の子分!」


「左様!」


 銭はしばらく二人を見つめた。


「先の戦で、お前ら童組として何かしたか?」


「…………」


「…………」


「したか?」


「戦いましたぞ?」


「いっぱい戦った!」


「それは真田の兵としてじゃ!」


「おお」


「なるほど」


 清海と伊三が顔を見合わせる。


 銭は腕を組んだ。


「よって、一の子分と二の子分への恩賞は……」


 二人が息を呑む。


「ゼロじゃ!」


「「そんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 二人の巨漢が同時に地面へ崩れ落ちた。


「銭ぇぇぇぇ!」


「組長ぉぉぉぉ!」


「離せ!」


 二人が銭の足へ縋りつく。


「一個!」


「一個だけでよい!」


「お前ら大人じゃろ!」


「今だけ童じゃ!」


「無理がある!」


「お願いじゃぁぁぁ!」


「腹が減って死んでしまう!」


「朝飯食ったじゃろ!」


 銭は必死に二人を振り払おうとしたが、古今無双の怪力を誇る巨漢二人である。


 まったく動かない。


「分かった! 分かったから離せ!」


 二人が同時に顔を上げた。


「一個ずつじゃ!」


「おお!」


「組長!」


「抱きつくなぁぁぁ!」


 どうにか二人を引き剥がすと、銭は恩賞を配り始めた。


「皆は二個じゃ!」


「やった!」


「アーニー」


「おう」


「お前は三個じゃ」


「……え?」


 アーニーが目を丸くした。


「沼田で頑張ったからな!」


「…………」


「なんじゃ?」


「別に」


「嬉しいのか?」


「嬉しくねえよ!」


「なら一個返せ」


「それは嫌だ!」


「嬉しいんじゃろ」


「うるせえ!」


 銭は笑い、続いて鎌之助の前へ行った。


「鎌之助」


「某にもあるのか?」


「三個じゃ!」


「某が三個も頂いてよいのか?」


「俺を助けてくれたからな!」


 鎌之助が少しだけ目を細めた。


「……そうか。ありがたく頂こう」


「おう!」


 銭は満足そうに頷いた。


 そして、ふと思い出した。


「鎌之助」


「なんじゃ?」


「俺が吹き飛ばしたこと、まだ怒ってるか?」


「…………」


「川に落ちたやつ」


 鎌之助は手にしたまんじゅうを静かに置いた。


「銭」


「なんじゃ?」


「鍛錬が足りなかったようじゃな」


「え?」


「もう一本走ってくるか?」


「嫌じゃ!」


 銭は逃げた。


     ◇


 まんじゅうを食べ終えると、銭は再び童組を整列させた。


「よし!」


「まだ何かあるのか?」


 アーニーが嫌そうな顔をする。


「巡回じゃ!」


「休まないのかよ!」


「上田の平和は待ってくれぬ!」


 鎌之助が首を傾げた。


「……誰に教わった、その台詞」


「殿じゃ!」


「絶対に違うと思うぞ」


 ともあれ、童組は町へ繰り出した。


 子供の遊びと侮るなかれ。


 童組の巡回は、意外と忙しい。


「銭ちゃん! ちょうどいいところに!」


「なんじゃ!」


「ここの水が流れなくなっちまったんだよ!」


 最初の仕事は、詰まった下水だった。


 銭は穴を覗き込む。


「……臭い」


「当たり前だろ」


 アーニーが鼻を摘まむ。


「よし。五の子分!」


「嫌だ」


「まだ何も言っておらん!」


「絶対俺にやらせるつもりだろ!」


「組長命令じゃ!」


「横暴だ!」


 結局、童組総出で棒を突っ込み、泥を掻き出し、しばらく格闘すると詰まりが取れた。


 勢いよく水が流れ始める。


「おお!」


「やった!」


「さすが童組だねえ!」


 礼にパンを一つ貰った。


「俺が一番汚れたんだけど」


「組長の指揮が良かったからじゃ」


「お前、棒で一回突いただけだろ!」


 次の仕事は、さらに難しかった。


「銭ちゃん! ちょっとだけこの子を見ていてくれないかい?」


「任せろ!」


 赤ん坊だった。


 母親から渡された瞬間、赤ん坊が銭の顔を見る。


「…………」


「…………」


「うわぁぁぁぁぁん!」


「何故じゃ!」


「泣いたぞ!」


「見れば分かる!」


「銭、なんとかしろよ!」


「しておる!」


 銭が赤ん坊を持ち上げる。


「泣くな!」


「うわぁぁぁぁぁぁん!」


「余計泣いたぞ!」


「アーニー、なんとかせい!」


「俺に分かるかよ!」


 童組が総出であやす。


 顔を変える。


 踊る。


 歌う。


 まったく泣き止まない。


 しばらくすると、疲れ果てた銭の腕の中で赤ん坊は突然泣き止み、そのまま眠ってしまった。


「…………」


「寝たな」


「勝った」


「何にだよ」


 次は猫だった。


「うちの子が帰ってこないの!」


 老婆に頼まれ、童組は町中を探し回った。


 ようやく屋根の上に猫を発見したものの、そこからが長かった。


「そっちじゃ!」


「逃げた!」


「アーニー、回り込め!」


「無茶言うな!」


「飛んだぞ!」


「捕まえろぉぉぉ!」


 一刻近く町中を駆け回り、最後は袋小路へ追い込んでようやく捕まえた。


「ありがとうねえ、銭ちゃん」


「任せろ!」


 老婆が猫を抱いて去っていく。


 銭は汗を拭った。


「今日一番の強敵じゃったな」


「ゴブリンより大変だったぞ」


「猫は言うことを聞かぬからな」


「ゴブリンも聞かねえよ」


 そして昼過ぎ。


「銭ちゃん!」


「今度はなんじゃ!」


 声をかけてきたのはパン屋の主人だった。


「新しいパンを作ってみたんだけどね。子供が好きな味か分からなくて」


「…………」


「味見してくれないかい?」


 銭がゆっくりと童組を振り返る。


「童組」


「「「おう!」」」


 銭は真剣な顔で頷いた。


「重大任務じゃ」


「お前、絶対それが一番やりたかっただろ」


「黙れ五の子分」


 焼きたてのパンが並べられた。


「うまい!」


「こっちは甘すぎる!」


「俺は好き!」


「もう一個食べねば分からんな」


「組長、それ三個目だぞ」


「慎重に調べておるのじゃ!」


「四個目取ったぞ!」


 そんな調子で童組の巡回は続いた。


 荷物を運び、道に迷った老人を案内し、店先の掃除を手伝う。


 歩いていれば、あちらこちらから声をかけられた。


「銭ちゃん!」


「アーニー!」


「童組、ちょっと手を貸してくれ!」


「任せろ!」


 黒い髪を揺らしながら、銭は町を走り回った。


     ◇


 やがて空が赤く染まり始めた。


「そろそろ帰るぞ!」


「やっとか……」


「疲れた……」


 朝から鍛錬をし、そのまま町中を走り回ったのだ。


 さすがの童組も疲れていた。


 その帰り道。


「……ん?」


 銭が足を止めた。


 一人の男が道の端に立っている。


 身なりはいい。


 腰には剣。


 だが周囲を見回し、明らかに困っている。


「怪しい」


「どこがだよ」


「全部じゃ」


 銭は男へ近づいた。


「おい!」


 男が振り向く。


「……私か?」


「そうじゃ。何者じゃ!」


「私は……」


「どこから来た!」


「いや」


「ここで何をしておる!」


「少し待ってくれ」


 男は困った顔をした。


「質問は一つずつにしてくれぬか?」


「では何者じゃ!」


「他領の者だ」


「何しに来た!」


「真田幸村殿にお会いするために参った」


 銭の目が細くなる。


「殿に?」


「そうだ」


「怪しい」


「まだ疑うのか」


 アーニーが呆れた。


「この方、たぶん貴族だぞ」


「たぶんでは駄目じゃ!」


 男は苦笑した。


「その少年の言う通り、私は一応、貴族だ」


「一人でか?」


「……それには事情がある」


 男は少し気まずそうに町を見る。


「供の者たちとはぐれてしまった」


「迷子か!」


「……まあ、そのようなものだ」


「大人なのに?」


「それは言わないでくれ」


 男は町へ入ってから、あまりに活気のある様子に目を奪われ、あちらこちらを見て歩いているうちに護衛とはぐれてしまったらしい。


「だったら殿の屋敷まで連れて行ってやればいいだろ」


 アーニーが言った。


「駄目じゃ」


「なんでだよ」


「こいつが本当に貴族か分からん」


「服見れば分かるだろ」


「盗んだ服かもしれぬ!」


「お前、意外と疑り深いな」


「殿に怪しい奴を近づけるわけにはいかん!」


 銭は少し考えた。


「そうじゃ!」


「何だ?」


「鍛錬場へ行くぞ!」


「なんで?」


「この時間なら、誰かおる!」


「誰かって?」


 銭は胸を張った。


「十勇士じゃ!」


     ◇


 男は童組に囲まれたまま鍛錬場へ連れて行かれた。


 そして、そこで足を止めた。


「構え!」


 号令が響く。


 ザッ、と兵たちが一斉に長槍を構えた。


「突け!」


「応っ!」


 何十本もの穂先が同時に突き出される。


「戻せ!」


 再び揃う。


 別の場所では弓兵が射撃を繰り返し、その向こうでは兵たちが隊列を組み替えている。


 走り、止まり、向きを変え、また並ぶ。


 派手なことをしているわけではない。


 だが、揃っていた。


 号令一つで、多くの兵が一つの生き物のように動いている。


「遅い!」


 声が飛ぶ。


「隣を見よ! 一人の遅れが隣の者を殺すぞ!」


 穴山小助だった。


「もう一度じゃ!」


「応っ!」


 男は黙って、その様子を見つめていた。


 三万を超える王国軍が敗れた。


 王太子アレクシスまで討たれた。


 話だけを聞けば、真田幸村やその配下に並外れた豪傑がいるからだと思っていた。


 だが、それだけではない。


「……これが、真田の兵か」


「まだまだじゃぞ」


「え?」


 いつの間にか小助が近くまで来ていた。


「銭。何をしておる?」


「小助! 怪しい奴を捕まえた!」


「捕まえてはおらぬ!」


 男が思わず声を上げた。


「他領の貴族だと言っておる!」


「ほう」


 小助の目が男へ向く。


 服装。


 剣。


 立ち居振る舞い。


 しばらく見た後、小助は頷いた。


「なるほど。貴族というのは嘘ではなさそうじゃな」


「ほら!」


 アーニーが言う。


「でも殿に会わせてよいかは別じゃ!」


「それもそうじゃ」


「お前ら俺を何だと思ってるんだよ……」


 アーニーが頭を抱えた。


 男は小助へ向き直った。


「真田幸村殿にお目通りを願いたい」


「承知した。供の者も探させよう」


「助かる」


 小助が近くの兵に指示を出す。


 男はもう一度、鍛錬場を見た。


「先ほど、まだまだと仰っていたが」


「うむ」


「これで、まだ足りぬと?」


「当然じゃ」


 小助は兵たちを見る。


「戦では一度の乱れで人が死ぬ。揃いすぎて困ることなどない」


「…………」


 男は何も言わなかった。


 町へ入った時から驚かされていた。


 市場には人が溢れていた。


 道は整えられ、商人が行き交い、子供たちが町の仕事を手伝っている。


 戦を終えたばかりの土地とは思えなかった。


 そして今、その町を守る兵を見た。


 しばらくして、慌てた様子の数人の男たちが鍛錬場へ駆け込んできた。


「旦那様!」


「ご無事でしたか!」


「どちらへ行かれていたのです!」


「すまぬ。少々、町を見ておった」


「少々ではございません!」


「迷子じゃったぞ!」


「銭殿、それは言わなくてもよい」


 男が苦笑する。


 小助も事情を理解したようだった。


「では、殿のところへご案内いたそう」


「お願いする」


 歩き出そうとした男が、一度だけ振り返った。


 真田の兵たちは、既に次の鍛錬を始めている。


「構え!」


「応っ!」


 再び長槍が並ぶ。


 男はしばらくそれを眺め、静かに息を吐いた。


「……なるほど」


 三万を超える軍勢が敗れたのは、偶然ではない。


 その理由の一端を、幸村本人に会う前から見せつけられた気がした。


「それでは参ろう」


 小助たちが歩き出す。


 その時だった。


 遠くから夕刻を知らせる鐘が響いた。


「…………」


 銭が止まった。


 アーニーも止まった。


 童組の全員が止まった。


「……銭」


「なんじゃ」


「門限」


「…………」


 銭が空を見る。


 日は、もうかなり傾いている。


「まずい」


「どれくらいまずい?」


「ものすごくまずい!」


 銭が叫んだ。


「走れぇぇぇぇぇ!!」


「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」


 童組が一斉に駆け出した。


「アーニー! 遅いぞ!」


「お前がこの人を鍛錬場まで連れてきたからだろ!」


「怪しかったんだから仕方ないじゃろ!」


「俺は最初から屋敷に連れてけって言っただろ!」


「口を動かすな! 足を動かせ!」


「誰のせいだぁぁぁ!」


 他の子供たちも必死に続く。


「待ってぇぇぇ!」


「置いていくぞ!」


「もう走れない!」


「走れ! 鎌之助が待っておるぞ!」


「それ先に言ってよぉぉぉ!」


 上田の町を、童組が猛烈な勢いで駆け抜けていく。


「銭ちゃん、どうしたんだい?」


「門限じゃぁぁぁぁぁ!」


「頑張んな!」


 町の人々の笑い声が背中から聞こえた。


 その様子を、男は呆然と見送った。


「……どうしたのだ、あれは」


「門限にございます」


 小助が答えた。


「門限?」


「破れば鎌之助に叱られまする」


「…………」


 男は、先ほどまで三万を破った真田軍の一端を見ていた。


 思わず尋ねる。


「それほど恐ろしいのか?」


 小助は少し考えた。


「三万の軍よりは」


「…………」


     ◇


 童組が息を切らしながら帰り着いた時。


 そこには。


 腕を組んだ鎌之助が立っていた。


「…………」


「…………」


 銭は笑った。


「ただいま!」


「遅い」


「…………」


「何をしておった?」


「話せば長い!」


「ならば聞こう」


「明日でもいいか?」


「駄目じゃ」


「…………」


 銭は隣のアーニーを見る。


「五の子分」


「なんだよ」


「逃げるぞ」


「無理に決まってんだろ!」


 戦が終わっても、童組は忙しい。


 今日も上田は、平和であった。

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