↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界真田太平記  作者: まん丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/66

沼田Ⅳ

 あの夜から、五日が過ぎた。


 王国軍はようやく沼田をその目に捉えた。


「見えたぞ!」


 先頭を進む兵の声に、疲れ切った王国兵たちが顔を上げる。


 街道の先、その向こうに沼田の城壁が見えていた。


 本来ならば、とっくに辿り着いていたはずだった。


 だが、兵糧を焼かれ、オーガの乱入によって陣を荒らされ、橋を落とされ、その後も進めば道を塞がれ、夜になれば何処からともなく妨害を受ける。


 わずかな道程に、五日もの時を費やした。


 そして失ったものは、時間だけではない。


 銭とアーニーが火を放った夜、炎は兵糧を収めた天幕だけでなく、周囲の荷車や資材にも燃え移った。


 さらにオーガとの混戦で、運搬中だった攻城兵器やその部品にも被害が出た。


 橋が落とされたことで運ぶことすら出来なくなったものもある。


 数千の兵は残っている。


 だが、沼田を攻めるために用意した攻城兵器の多くは、もはや使い物にならなかった。


     ◆


「ようやく来おったか」


 城壁の上から王国軍を眺め、霧隠才蔵が呟いた。


「随分と遅かったのう」


 その隣で鎌之助が笑う。


「誰のおかげだと思っておる」


「銭か?」


「わしじゃ!」


「そう怒るな。お主もようやった」


「ついでのように申すな!」


 才蔵は不満そうな顔をしたが、すぐに王国軍へ視線を戻した。


 その目は、すでに忍びのものではない。


 沼田を守る兵を預かる、将の目だった。


「……やはり少ない」


「何がじゃ?」


「攻城の道具よ」


 才蔵が王国軍の後方を見る。


 本来なら城壁を攻めるために運んできたはずの兵器が、明らかに少ない。


 残っているものにも破損が見える。


「なるほどのう」


 才蔵が小さく笑った。


「あの童ども、随分と良い仕事をしてくれたわ」


 沼田にもともと残されていた兵は、およそ二百。


 そこへ才蔵が連れてきた五百を加え、七百。


 王国軍とは、未だ比べるべくもない兵力差だった。


 だが、野で戦うわけではない。


 こちらには城壁がある。


 そして、敵はその城壁を破るための牙を、ここへ辿り着くまでに随分と失っている。


「皆の者、聞け!」


 才蔵の声に、城壁の兵たちが振り向いた。


「敵の数を見るな! 我らはあれを討ち果たす必要などない!」


 才蔵は城壁の外を指した。


「あと数日じゃ。あと数日ここを守れば、上田より殿の援軍が来る」


 兵たちの表情が変わる。


「欲を出すな。敵が退いても追うな。今日一日、ここを守ることだけを考えよ!」


「おおっ!」


 兵たちの声が響いた。


 才蔵は王国軍を見据える。


「来るぞ」


     ◆


「全軍、攻撃開始!」


 王国軍の指揮官が命じた。


 太鼓が鳴り、兵たちが一斉に動き始める。


「進め!」


「城壁を落とせ!」


 矢が飛ぶ。


 魔法が城壁へ叩きつけられる。


 残された梯子を抱えた兵たちが、沼田の城壁へ殺到した。


「盾を上げよ!」


 才蔵の声が飛ぶ。


「弓兵は慌てるな! 引きつけてから射よ!」


 城壁へ梯子が掛かる。


「今じゃ!」


 沼田兵が石を落とし、梯子を押し返す。


「うわあああっ!」


 王国兵が梯子ごと落ちていく。


 だが、次が来る。


 一本を落とせば、別の梯子が掛かる。


「右へ兵を回せ!」


「はい!」


「そこは構うな! 敵を登らせてから三人で囲め!」


 才蔵は城壁を走りながら、次々と指示を飛ばす。


 七百の兵を一か所へ固めない。


 敵が強く押してくる場所へ兵を送り、引けば戻す。


 敵が城壁へ取り付けば、数人がかりで一人を落とす。


 強い必要はない。


 敵より多く倒す必要もない。


 城壁の上へ立たせなければ、それでいい。


「来たぞ!」


 一人の王国兵が城壁を乗り越えた。


「どけ!」


 鎌之助が駆ける。


 振り下ろされた剣をかわし、その懐へ潜り込むと、拳を叩き込んだ。


「ぐはっ!」


 王国兵が城壁の外へ吹き飛んでいく。


「次!」


「まだ来ます!」


「望むところじゃ!」


 鎌之助が笑う。


 次に登ってきた兵の腕を掴み、そのまま隣の兵へ投げつける。


「なんだ、この女!」


「囲め!」


「狭い城壁で囲めるものなら囲んでみよ!」


 鎌之助が暴れる。


 その一方で才蔵は決して前だけを見なかった。


「矢が減っておるぞ! 運ばせよ!」


「西側の兵を十人、こちらへ!」


「負傷者は下へ運べ! 動けぬ者を城壁へ残すな!」


 戦は続いた。


     ◆


「水じゃ!」


 城壁の下を、銭が水桶を抱えて走っていた。


「退け退け! 童組組長のお通りじゃ!」


「銭! こぼれてるぞ!」


 後ろからアーニーが追いかけてくる。


「細かいことを言うな!」


「水運んでんだから一番大事だろ!」


「五の子分のくせに生意気じゃぞ!」


「まだ五なのかよ!」


 二人は水桶を運び、空になればまた走った。


 カミーユも休んでいない。


「矢はこちらへ! 水は城壁の東側を先に!」


「負傷者が増えています!」


「館へ運んでください! 歩ける者には水と食料を運んでもらいます!」


「はい!」


 カミーユは城壁には立たなかった。


 剣も握らなかった。


 だが、沼田を守るために必要なものが滞らぬよう、文官たちとともに走り続けた。


 今、自分に出来ることをする。


 それでいい。


     ◆


 昼を過ぎても、王国軍の攻撃は止まらなかった。


 攻城兵器の多くを失った王国軍に出来ることは、限られていた。


 弓。


 魔法。


 梯子。


 そして最後は、兵の数にものを言わせた力攻め。


「もう一度だ!」


「進め!」


 王国軍が押し寄せる。


「来るぞ!」


 沼田兵たちも武器を構える。


 誰も無傷ではない。


 城壁には無数の矢が突き立ち、石床には血が流れていた。


 それでも。


 城壁は抜かせない。


「才蔵!」


 鎌之助が叫ぶ。


「西側が危ういぞ!」


「三十人回せ!」


「そんなに回せばこちらが薄くなる!」


「分かっておる! 五十数えて戻せ!」


「承知!」


 兵が走る。


 穴が開けば塞ぐ。


 押されれば兵を回す。


 耐える。


 ただ耐える。


 それを朝から繰り返した。


 やがて、空が赤く染まり始めた。


     ◆


「……本日の攻撃はここまでだ」


 王国軍本陣。


 指揮官が疲れ切った表情で城壁を見つめていた。


 落ちなかった。


 数では圧倒している。


 だが、城壁を破るための道具が足りない。


 兵だけを送り込んでも、城壁の上から狙い撃ちにされる。


「兵を退かせろ」


「よろしいのですか?」


「日が暮れる。このまま続けても損害が増えるだけだ」


 指揮官は忌々しげに沼田を睨んだ。


「明朝、再び総攻撃を行う」


「はっ!」


 撤収の命令が各隊へ伝えられた。


「後退!」


「本日の攻撃は終了だ!」


「負傷者を運べ!」


 城壁に取り付いていた王国兵たちが、少しずつ離れていく。


     ◆


「追うな!」


 才蔵が即座に命じた。


「矢も射つな! 退く者は退かせよ!」


 沼田兵たちから安堵の息が漏れる。


 鎌之助も壁にもたれた。


「……疲れたのう」


「お主でも疲れるのか」


「当たり前じゃ。某を何だと思っておる」


「オーガ」


「殴るぞ」


「まだ元気ではないか」


 才蔵が笑った。


 守った。


 今日一日を守り切った。


「よし」


 才蔵は小さく頷く。


「これで一日じゃ」


 明日も守る。


 明後日も守る。


 あと数日。


 それでいい。


 上田の戦が終われば、幸村は必ず援軍を寄越す。


 その時まで、ここを守り続ける。


 才蔵はそう考えていた。


 その時だった。


 ドドドドドドドド……。


「…………」


 才蔵が顔を上げた。


「なんじゃ?」


 音は城壁の外から聞こえてくる。


 だが、王国軍が退いていく方向ではない。


 さらにその後ろ。


 王国軍本陣の向こうからだった。


「地が揺れておるぞ」


 鎌之助が立ち上がる。


 王国兵たちも気づいた。


「なんだ?」


「後ろだ!」


「何か来るぞ!」


 森が揺れた。


 次の瞬間。


「グオオオオオオオオオッ!!」


 巨大な咆哮が夕暮れの戦場に響いた。


「オーガだぁぁぁぁ!!」


     ◆


 最初に襲われたのは、王国軍本陣だった。


 そこには指揮官をはじめ、この軍に参加した貴族や各隊の指揮を執る者たちが集まっていた。


「衛兵!」


「本陣を守れ!」


「オーガを止めろ!」


 だが、あまりにも突然だった。


 巨大な棍棒が振り下ろされる。


 天幕が潰れ、荷車が吹き飛ぶ。


「ぐあああっ!」


「逃げろ!」


「指揮官殿を守れ!」


 先頭を走るひときわ巨大なオーガが、本陣へ突っ込んだ。


「グオオオッ!」


「ひっ……!」


 王国軍の指揮官が剣を抜く。


 その直後。


 巨大な棍棒が振り下ろされた。


 王国軍の本陣が、潰れた。


     ◆


「……鎌之助」


「なんじゃ」


「あれは何じゃ」


「オーガじゃな」


「それは見れば分かる!」


 才蔵が怒鳴る。


「何故オーガが敵の本陣を襲っておる!」


「…………」


 鎌之助が少し考える。


「銭じゃ」


「……銭?」


「話せば長い」


「お主ら、わしの知らぬところで何をしておったのじゃ!」


「今はそれどころではなかろう!」


「それもそうじゃ!」


 才蔵が王国軍を見る。


 そして。


 その表情が変わった。


 王国軍の本陣が潰れている。


 指揮官の旗も倒れた。


 撤収途中だった前線の兵たちは、自分たちがどうすればよいのか分からず立ち尽くしている。


「本陣を救え!」


「いや、撤退命令が出ている!」


「誰の命令を聞けばいい!」


「オーガを止めろ!」


「沼田から敵が来るぞ!」


 命令がない。


 いや。


 命令を出す者が、もういない。


 才蔵の目が細くなる。


「鎌之助」


「うむ」


「まだ動けるか?」


 鎌之助が笑った。


「誰に聞いておる」


「そうであったな」


 才蔵も笑った。


 そして振り返る。


「全軍に伝えよ!」


 兵たちが才蔵を見る。


「城門を開け!」


 ざわめきが起きた。


「さ、才蔵様!?」


「敵はまだ数千おります!」


「数だけはな!」


 才蔵が王国軍を指さした。


「よく見よ! あれはもう軍ではない!」


 沼田軍を迎え撃とうとする者。


 本陣を救うため、オーガへ向かう者。


 撤退命令に従い、そのまま逃げようとする者。


 指揮官を探して右往左往する者。


 数千の兵が、それぞれ勝手に動き始めている。


「我らは守った!」


 才蔵の声が響く。


「されど、勝てる戦を見逃す道理もない!」


 城門が開いていく。


「全軍、出撃じゃ!」


「おおおおおおおおっ!!」


     ◆


「待ちくたびれたわ!」


 真っ先に飛び出したのは鎌之助だった。


「続け!」


 七百の沼田軍が一斉に城外へ飛び出す。


「敵が出てきたぞ!」


「隊列を組め!」


「本陣を守れ!」


「撤退だ! 撤退命令が出ている!」


「どちらだ!」


「知らん!」


 王国軍は、もはや一つの軍ではなかった。


 沼田軍へ向かう者。


 オーガと戦う者。


 武器を捨てて逃げる者。


 命令を求めて走り回る者。


 そこへ、一つの命令で動く七百が突っ込んだ。


「固まって進め! 深追いするな!」


 才蔵の声が飛ぶ。


「逃げる者は捨て置け! 武器を向ける者だけを倒せ!」


「おおっ!」


 沼田軍が王国兵を押し崩していく。


「何故だ!」


 一人の王国兵が叫んだ。


「こちらの方が多いのだぞ!」


 だが、その問いに答える者はいなかった。


 兵の数だけなら、今も王国軍が上だった。


 だが。


 もう、軍隊ではなかった。


     ◆


 日が沈む頃。


 戦は決した。


 王国兵の多くは武器を捨て、街道を逃げていった。


 降伏した者もいる。


「勝ったぞ!」


「沼田を守った!」


「我らの勝ちだ!」


 沼田兵たちから歓声が上がる。


 その時。


「グオオオオオオオッ!!」


 歓声が止まった。


「…………」


 兵たちが振り返る。


 そこには。


 まだオーガがいた。


「…………」


 才蔵が黙る。


 鎌之助も黙る。


「才蔵」


「なんじゃ」


「あれ、どうする?」


「我に聞くな」


 オーガがこちらを見る。


「グオオッ!」


「来るぞ!」


「城へ戻れ!」


「門を閉めろ!」


「待て! まだ味方が外におる!」


「誰じゃ! こいつらを連れてきたのは!」


 鎌之助が答えた。


「銭じゃ!」


「また銭かぁぁぁぁ!!」


 戦は、まだ終わっていなかった。


     ◆


 結局。


 王国軍を追い払った後の方が大変だった。


 オーガたちも王国軍との戦いで疲れていたため、沼田兵は何とか連携して森へ追い返すことに成功した。


 誰も追わなかった。


 追う気力など残っていなかった。


「……終わったか」


 才蔵が地面へ座り込む。


「今度こそ終わったようじゃな」


 鎌之助もその隣へ座った。


 二人とも泥と血にまみれていた。


「王国軍よりオーガの方が大変ではなかったか?」


「申すな。悲しくなる」


「しかし、敵の大将くらいは確認しておかねばなるまい」


「そうじゃな」


 しばらくして、一人の兵が二人のところへ駆けてきた。


「才蔵様! 鎌之助様!」


「どうした」


「敵の指揮官と思われる者を確認しました!」


 二人が立ち上がる。


「首は?」


「それが……」


 兵が困った顔をする。


「なんじゃ」


「その……ありません」


「誰かが取ったか?」


「はい」


 才蔵と鎌之助が顔を見合わせる。


「誰じゃ?」


 兵は無言で森の方を指さした。


 遠く。


 森へ帰っていくオーガたちの最後尾。


 一体の大きなオーガが、何かを片手にぶら下げて歩いている。


「…………」


「…………」


 才蔵と鎌之助は黙った。


 どう見ても。


 人の首だった。


「……あれか?」


「おそらく」


「…………」


 才蔵の肩が落ちる。


「持っていかれた……」


「持っていかれたのう……」


 二人はしばらく、遠ざかるオーガの背中を眺めていた。


「殿になんと報告する?」


「ありのまま申すしかあるまい」


「敵将を討ち取りました。オーガが」


「我らの手柄がほとんどないではないか!」


「城は守ったであろう!」


「首が欲しかった!」


「我もじゃ!」


 二人の声が夕暮れの沼田に響いた。


     ◆


「勝ったのですか……?」


 城門の前。


 カミーユは信じられないような顔で、戦場を見つめていた。


「はい」


 隣にいた文官が笑う。


「我らの勝利にございます」


「…………」


 カミーユは城壁を見上げた。


 傷だらけになった壁。


 折れた矢。


 運び込まれる負傷者。


 疲れ切って座り込む兵たち。


 それでも。


 沼田は、ここにある。


「守れた……」


 小さく呟いた。


「沼田を、守れた……」


「副長!」


「誰が副長ですか!」


 突然の声に、涙が引っ込んだ。


 銭が走ってくる。


 後ろにはアーニーもいる。


「見たか! 俺の策じゃ!」


「何がだよ!」


 アーニーが即座に突っ込む。


「オーガじゃ!」


「追いかけられただけだろ!」


「結果は同じじゃ!」


「全然違う!」


 銭が胸を張る。


「俺がオーガを連れてきたから勝った!」


「最後にオーガに襲われたのも俺たちだけどな!」


「細かいことを申すな!」


「細かくねえよ!」


 カミーユが呆然と二人を見る。


 そこへ鎌之助と才蔵が戻ってきた。


「銭」


「なんじゃ?」


 才蔵が銭の前へ立つ。


「お主、オーガを連れてきたそうじゃな」


「うむ!」


「…………」


 才蔵は何かを言おうとして。


 やめた。


「まあ……よい」


「なんじゃ?」


「今日はもう疲れた」


 鎌之助が吹き出した。


 やがてカミーユも笑った。


 アーニーも。


 周囲の兵たちも笑い始めた。


 五千の王国軍を前に、勝つ必要などないと考えていた。


 守ればよかった。


 あと数日。


 上田から援軍が来るまで持ち堪えれば、それでよかった。


 だが。


 援軍が来るより先に。


 沼田は、自らの手で戦い抜いた。


 少々、予定外の援軍もあったが。


 こうして。


 沼田を巡る戦いは、真田方の勝利に終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。