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異世界真田太平記  作者: まん丸


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開戦前夜

励みになります、評価、感想よろしくお願いします♪

 王都の城門の外には、見渡す限りの兵が並んでいた。


 槍兵。


 盾兵。


 騎兵。


 弓兵。


 魔術師。


 そして各地の貴族が率いてきた兵たち。


 王都の周囲を埋め尽くすその数、実に三万八千。


 先の討伐軍とは比較にもならぬ大軍であった。


 その光景を城壁の上から見下ろし、一人の若者が満足そうに笑った。


 王太子アレクシス・ヴァルディア。


 今回の討伐軍を率いる総大将である。


「壮観ではないか!」


 アレクシスは両腕を広げた。


「これだけの兵がおれば、真田など一息で踏み潰せよう!」


「まことに!」


「真田も今頃、震えておりましょう!」


「王太子殿下御自ら軍を率いられるのです。勝敗など、すでに決したも同然!」


 周囲を固める若い貴族たちが、口々に囃し立てる。


 アレクシスは満足そうに頷いた。


「此度の戦は、ただの討伐ではない」


 振り返り、集まった貴族たちを見渡す。


「王家に弓引く逆賊を討ち、王国の威を天下に知らしめる戦である!」


 腰の剣を抜き、高々と掲げた。


「余はこれを――」


 一拍置く。


「大征伐と名付ける!」


 歓声が上がった。


「大征伐!」


「王太子殿下万歳!」


「勝利を殿下に!」


 城壁の下にまで歓声が広がっていく。


 アレクシスは酔っていた。


 三万八千という兵力に。


 自らへ向けられる歓声に。


 そして何より、自分が歴史の中心に立ったという高揚に。


 その様子を、少し離れた場所から眺める二人の男がいた。


 一人は王国騎士団長。


 〝剣聖〟レオンハルト・ヴァイス。


 孤児であったところを先王に拾われ、剣一本で王国騎士団の頂点まで上り詰めた男である。


 もう一人はグランツ公爵家当主。


 〝賢者〟アルベルト・フォン・グランツ。


 王国最高峰の魔術師として、その名を知らぬ者はいない。


 二人とも、かつて先王と共に帝国との戦を戦い抜いた、王国の英雄であった。


 だが、今の二人に笑顔はない。


「……大征伐だそうじゃ」


 アルベルトが呟いた。


「聞こえている」


「まだ一戦もしておらぬのに、勝ったつもりになっておるぞ」


「それも聞こえている」


 アルベルトは鼻を鳴らした。


「わしは帰りたい」


「まだ出発していない」


「だから今なら帰れる」


「駄目だ」


「相変わらず融通の利かぬ男じゃ」


 アルベルトが小さく舌打ちする。


 レオンハルトは答えなかった。


 ただ、眼下に並ぶ三万八千の兵を見ていた。


 確かに大軍である。


 王国が一度に動員できる軍勢としては最大級と言っていい。


 だが、数が多ければ勝てるのであれば、戦ほど簡単なものはない。


 しかも相手は、一度すでに王国軍を破っている。


 それも、自軍より遥かに少ない兵で。


「アレクシス」


 声が響いた。


 国王が姿を現した。


 歓声が止み、アレクシスが父王の前へ進み出て膝をつく。


「父上」


 国王は従者から一本の剣を受け取った。


 豪奢な鞘。


 そこには王家の紋章が刻まれている。


 周囲の貴族たちがざわめいた。


 王家に代々伝わる宝刀であった。


「これを持ってゆけ」


 アレクシスの顔が輝く。


「よろしいのですか!」


「王家の敵を討ち果たし、これと共に戻ってまいれ」


「はっ!」


 アレクシスは両手で宝刀を受け取った。


「必ずや真田幸村の首を、父上の御前へ!」


 再び大歓声が上がった。


 その中で、レオンハルトの表情だけは変わらない。


 隣でアルベルトが吐き捨てるように呟いた。


「……縁起でもないことを申すな、馬鹿者が」


     ◆


 出陣を翌日に控え、最後の軍議が開かれた。


 大きな机の上には、王都から真田の勢力圏までを記した地図が広げられている。


 上座には王太子アレクシス。


 その周囲を、お気に入りの若い貴族たちが固めていた。


「作戦は簡単だ」


 アレクシスが地図を指す。


「全軍をもって敵地へ入り、そのまま上田まで進む」


 指が真っ直ぐに動いた。


「三万を超える兵で敵の本拠を包囲し、一気に落とす」


「見事な策にございます!」


「真田には数千程度の兵しかおりません!」


「抵抗する暇すらありますまい!」


 取り巻きたちが笑う。


 アレクシスも笑った。


「真田を滅ぼせば、次は帝国だ」


 その言葉に、軍議の空気が僅かに変わった。


「帝国にも見せつけてやるのだ。王国が未だ健在であるとな」


「お待ちください」


 レオンハルトが口を開いた。


 アレクシスの笑顔が消える。


「何だ」


「上田へ全軍を向けることには反対です」


 室内が静まり返った。


「……何故だ?」


「アルノーがございます」


 レオンハルトが地図の一点を指した。


 真田が沼田と名付けた地、アルノーである。


「現在、この地は真田の勢力下にあります。これを残したまま奥へ進めば、我らは敵勢力を背後に残すことになります」


「だからどうした」


「補給路を脅かされます」


 レオンハルトの指が、王都から上田へと続く道をなぞる。


「三万八千の兵は、三万八千人分の兵糧を必要とします。武具も矢も運ばねばならぬ。荷駄の列は長くなる。アルノーから兵を出されれば――」


「たかが一地方ではないか」


「その一地方に道を断たれれば、大軍であることが逆に我らの弱点となります」


 アレクシスの顔に不快の色が浮かぶ。


「ならば、上田を落とした後に潰せばよい」


「それでは遅い可能性があります」


「騎士団長殿」


 取り巻きの一人が口元を歪めた。


「少々、真田を恐れすぎではありませんか?」


 周囲から笑いが漏れた。


 レオンハルトは相手にしない。


「アルノーだけではありません。真田の勢力下にある拠点を一つずつ落とし、補給路を確保しながら進むべきです」


「それでは時間がかかる!」


「戦とはそういうものです」


 アレクシスの眉が吊り上がる。


「余の初陣に泥を塗るつもりか?」


「勝つための進言をしております」


「余は勝つ!」


「だからこそです」


 二人の視線がぶつかった。


「レオンハルトの申すことが正しい」


 別の声が割って入った。


 アルベルトだった。


 アレクシスが顔をしかめる。


「アルベルトまで何だ」


「三万八千という数に目が眩んでおる」


「何?」


「大軍であればあるほど、腹が減る」


 アルベルトは地図を指した。


「真田が正面から戦ってくれると、誰が決めた?」


 誰も答えない。


「前の討伐軍も、真田に好きな場所で戦わされて敗れたのであろう?」


 アレクシスが黙る。


「同じことを繰り返すつもりか?」


「ではどうしろというのだ!」


「アルノーへ別動隊を送れ」


 アルベルトは言った。


「本隊が上田へ向かうというなら、せめて背後の憂いは減らしておけ」


 アレクシスはしばらく地図を睨んでいた。


 やがて、不満そうに口を開く。


「……五千だ」


 レオンハルトが顔を上げた。


「五千をアルノーへ向かわせる。それでよかろう」


「誰を指揮官に?」


 レオンハルトが問う。


 取り巻きの一人が口を開いた。


「賢者殿がよろしいのでは?」


「それがよい!」


「賢者殿であれば、アルノー程度すぐに落とせましょう!」


 アルベルトは露骨に嫌そうな顔をした。


 だが、レオンハルトは頷く。


「私もアルベルトが適任かと」


「ならぬ」


 アレクシスが即座に却下した。


「アルベルトには本隊にいてもらう」


「何故じゃ」


「余の側に〝賢者〟がいる。その方が兵の士気も上がろう」


「わしは飾りではないぞ」


「決定だ」


 アルベルトのこめかみが僅かに動いた。


「アルノー攻略は――」


 アレクシスは周囲を見回し、一人の若い貴族を指名した。


 名を呼ばれた男は一瞬驚いたものの、すぐさま胸を張った。


「お任せください! 五千もあれば十分です!」


「うむ。早々にアルノーを落とし、余の本隊へ合流せよ」


「はっ!」


 若い貴族が誇らしげに頭を下げる。


 レオンハルトは何も言わなかった。


 アルベルトは天井を仰いだ。


「……神よ」


 小さく呟く。


「もし本当におるなら、もう少しまともな頭をこやつらに与えてくれ」


     ◆


 同じ頃。


 上田でも軍議が開かれていた。


 幸村の前には、上田とその周辺を記した地図が広げられている。


「村々の避難は?」


「予定していた地域は、ほぼ終えておりまする」


 海野六郎が答える。


「街道沿いもか?」


「はっ。家畜も可能な限り上田へ移しております」


「兵糧は?」


「各砦への搬入も、間もなく終わりまする」


「うむ」


 幸村は地図を見る。


 王都から上田へ至る道。


 王国軍がどの道を通るか。


 どこで休むか。


 どこならば大軍を展開できるか。


 何度も調べさせてきた。


 街道沿いの村や集落からは、すでに民を避難させている。


 砦を整え、兵糧を運び込み、戦となればすぐに兵を動かせるよう道も整えた。


 さらに、敵が通るであろう場所には数多くの仕掛けが施されている。


 落とし穴。


 道を塞ぐため、すぐに倒せるよう細工された木々。


 僅かな手間で崩せるよう手を入れた斜面。


 夜襲のために確かめられた山道や獣道。


 大軍の進みを鈍らせ、少しずつ疲弊させるための備えであった。


 幸村は最初から、三万を超える軍勢と真正面からぶつかるつもりなどなかった。


「戦場はこちらが選ぶ」


 幸村が地図の一点を指す。


「敵には、そこまで来てもらう」


 六郎が頷いた。


「その間に、少しずつ削りまするか」


「うむ」


 幸村は笑った。


「三万だろうが四万だろうが、常にその全てで戦えるわけではない」


 道がある。


 山がある。


 川がある。


 そして人は疲れる。


「腹も減る」


「左様にございますな」


「眠くもなる」


「はっ」


「恐ろしくもなろう」


 幸村の指が、地図の上をゆっくりと進む。


「戦う前に、戦える兵を減らす」


 指が止まった。


「それでも来るなら、そこで叩く」


「承知いたしました」


 六郎が頭を下げた。


 幸村が顔を上げる。


「甚八」


「はっ」


「民の避難が終わった村は空にせよ。敵に食わせる物は残すな」


「承知いたしました」


「されど、家には火を放つな」


「はっ」


「戦が終われば、民が戻る」


 幸村は当然のように言った。


「戻る家まで奪ってどうする」


「仰せの通りにございます」


「佐助」


「いるぜ」


 壁際から声がした。


 いつからそこにいたのか。


 猿飛佐助が腕を組んで立っている。


「敵を見よ」


「任せな」


「数だけではないぞ」


「ああ。誰がどこにいて、どの道を通って、何を運んでるか。全部見てくりゃいいんだろ?」


「うむ。頼む」


「御意っと」


 佐助は片手を上げ、その場を後にした。


 幸村は再び地図へ目を落とした。


 そこには沼田も記されている。


 交通の要所であり、物資を集める拠点として重要な地である。


 しかし、幸村の目がそこに長く止まることはなかった。


 王国軍が狙うのは上田。


 少なくとも、この時の幸村はそう考えていた。


     ◆


 翌朝。


 王都の城門が、ゆっくりと開いた。


 号令が飛ぶ。


 騎兵が進み、続いて槍兵、盾兵、弓兵、魔術師たちが動き出す。


 その後ろには、延々と荷駄の列が続く。


 三万八千。


 先頭が王都を離れても、後続はまだ城門の内にいた。


 王家の旗の下。


 父王から授かった宝刀を腰に差した王太子アレクシスが馬を進める。


「進め!」


 アレクシスが声を張り上げた。


「逆賊真田を討ち果たせ!」


 兵たちから歓声が上がる。


 王国最大の軍勢が、上田へ向けて動き始めた。


 その後方。


 馬上のレオンハルトは、黙って進軍する兵たちを見つめていた。


 隣を進むアルベルトが、ぼそりと言う。


「まだ引き返せるぞ」


「もう出発した」


「では、わしだけでも」


「駄目だ」


「お主はそれしか言えんのか」


 レオンハルトは僅かに笑った。


 だが、その目から警戒の色は消えていなかった。


 三万八千。


 王国がかき集めた大軍。


 負けるはずがない。


 誰もが、そう思っている。


 だからこそ。


 レオンハルトには、それが恐ろしかった。


     ◆


 上田。


 一人の兵が、幸村たちのいる広間へ駆け込んできた。


「申し上げます!」


「うむ」


「王国軍、王都を発ちました!」


 広間の空気が変わった。


「その数、およそ三万八千!」


 幸村は静かに頷いた。


 そして、隣に控える男へ声をかける。


「六郎」


「はっ」


 六郎は幸村の意図を察したのか、にやりと笑った。


「客人は三万八千。皆々様にたらふく食していただけるよう、矢玉の支度も抜かりなく整っておりまする」


「左様か」


 幸村が笑った。


 六郎も笑う。


 やがて、その笑いにつられるように、居並ぶ者たちも声を上げて笑い始めた。


 三万八千。


 王国がかき集めた大軍を前にして、それでも誰一人として俯いてはいなかった。


 ひとしきり笑った幸村が、朱槍を手に取った。


「よし!」


 一同の顔を見渡す。


「我らも持ち場へ出陣じゃ!」


「応!」


 真田の兵たちもまた、動き始めた。


 王国の行く末を大きく変える戦が、始まろうとしていた。

新しく、月とかぐや姫と言う小説書き始めました!こちらはバトル一切無しのちょっと不思議な女子高生のお話です!ぜひこちらもよろしくお願いします!

月とかぐや姫は火木土の更新です!

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