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異世界真田太平記  作者: まん丸


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40/66

戦の後

戦が終わっても。


戦場は、終わらない。


朝。


上田の隘路には、昨日の戦いの跡が残っていた。


折れた槍、割れた盾、転がった兜。


そして、帰ることのできなかった者たち。


幸村はしばらく黙って戦場を見ていた。


「六郎」


「は」


「埋めよう」


六郎が幸村を見る。


「我らの者だけではございませぬな」


「無論じゃ」


幸村は地面に横たわる王国兵へ目を向けた。


昨日まで槍を向け合っていた者たちだった。


「敵であろうと、死ねば戦は終わりじゃ。このまま野に晒すこともあるまい」


「承知いたしました」


六郎が頭を下げた。


やがて真田兵たちが動き始める。


味方の遺体だけではない。


王国兵の遺体も集められていった。


その中で。


「ぬおおおおお!!」


清海が鍬を振り下ろしていた。


土が盛大に飛ぶ。


「兄者! 遅いぞ!」


隣では伊三がさらに猛烈な勢いで穴を掘っている。


「何をぉ! わしの方が深いわ!」


「わしの方が広い!」


「墓穴に広さを競ってどうする!」


鎌之助の声が飛んだ。


二人が振り返る。


「では何を競えばよい!」


「競うな!」


「むう」


二人は顔を見合わせ、今度は黙って掘り始めた。


その様子を見ていた佐助が呟く。


「こういう時だけは便利だな、あの二人」


「聞こえておるぞ、佐助ぇ!」


「地獄耳かよ」


幸村がわずかに笑った。


だが、すぐに視線を墓へ戻した。


昨日、ここで多くの者が死んだ。


勝った。


だからといって、それが消えるわけではない。


幸村は静かに手を合わせた。


◇ ◇ ◇


埋葬が進む一方で、六郎と甚八は別の意味で頭を抱えていた。


「……多いのう」


甚八が呟く。


目の前には回収された武具が山になっている。


槍。


剣。


盾。


弓。


矢。


鎧。


兜。


さらに馬具、荷車、天幕。


そして兵糧。


「まだ増えまする」


六郎が帳面から目を離さず答えた。


「まだ?」


「まだでございます」


「もう置く場所がないぞ」


「探せ」


「ご家老様は簡単に申される!」


「ならば捨てるか?」


甚八が武具の山を見る。


「……探して参る」


「頼んだ」


甚八が肩を落として歩き出したところへ、十蔵がやってきた。


拾い上げた剣を眺める。


「刃こぼれしておるな」


「使えぬか?」


「このままではな。じゃが鉄は鉄じゃ」


十蔵が武具の山を見る。


「鍛冶屋へ持っていけば使い道はある」


六郎が頷いた。


「壊れた物も捨てぬようにいたそう」


「盾も使える物は残しておけ。あの結界を施せるかもしれぬ」


「では、武具はすべて上田へ運びまする」


十蔵が今度は荷車を見る。


「荷車まで置いていってくれたか」


六郎が淡々と答える。


「運ぶ物が増えたところへ、それを運ぶ荷車まで残してくれました」


「親切な敵じゃな」


「まことに」


近くにいた佐助が二人を見る。


「お前ら、たまにすげえ悪い顔するよな」


◇ ◇ ◇


捕虜は、一か所に集められていた。


逃げ遅れた者。


負傷して動けなかった者。


武器を捨てて降伏した者。


その数は少なくない。


六郎と佐助が一人ずつ話を聞いていく。


「名は」


「……ロッド」


「どこの者じゃ」


「バルク男爵領の……西の村です」


「兵か?」


男が首を振る。


「農民です」


「何故ここへ?」


「来いと言われたからです」


「断れば?」


男は少し黙った。


「……村がどうなるか分かりません」


佐助が六郎を見る。


六郎は何も言わず、帳面に記した。


次の男も農民。


その次も。


鍛冶職人。


羊飼い。


木こり。


普段から武器を持っている者より、昨日になって槍や盾を渡された者の方が遥かに多かった。


やがて捕虜は分けられた。


王国軍の騎士。


正規の兵士。


魔法兵。


そして、徴兵されただけの農民たち。


幸村がその前へ歩いていく。


農民たちが怯えた顔で幸村を見る。


昨日。


赤い鎧を着たこの男が、前衛を率いていた男爵を討った。


誰もが、これから何をされるのか分からなかった。


幸村が口を開く。


「帰れ」


「……」


誰も動かない。


幸村が首を傾げた。


「聞こえなんだか?」


一人の男がおそるおそる顔を上げる。


「……帰って、よいのですか?」


「そう申しておる」


「ですが、我々は……あなた方と戦いました」


「それがどうした」


男が言葉を失う。


幸村は農民たちを見る。


「お主ら、好き好んでここへ来たのか?」


誰も答えなかった。


その沈黙だけで十分だった。


「畑があるのであろう」


何人かが顔を上げる。


「家族もおろう」


一人が小さく頷いた。


「……はい」


「ならば帰れ」


幸村はそれだけ言った。


「畑を放って、いつまでこんな所におるつもりじゃ」


男たちは互いの顔を見る。


まだ信じられない。


六郎が幸村の横へ来た。


「殿。この者らは近隣の貴族領に住む者がほとんどにございます」


「そうか」


「帰せば、また兵として連れてこられるやもしれませぬ」


「その時は、その時じゃ」


幸村は即答した。


「それを恐れて百姓まで捕らえておれば、上田が今までの領主と何が違う」


六郎が一瞬黙る。


「……左様にございますな」


幸村が歩き出しかけて、止まった。


「六郎」


「は」


「飯を食わせてから帰せ」


「飯を?」


「腹が減っては村まで帰れまい」


六郎が少し考える。


「敵から回収した兵糧がございます」


「ならば丁度よい」


「元はこの者らが運んできた物でございますな」


「ならば、なおさらよいではないか」


六郎が小さく笑った。


「仰せのままに」


幸村がさらに言う。


「帰りにパンも持たせてやれ」


農民たちがざわめいた。


一人が思わず聞く。


「……パンまで?」


幸村が振り返った。


「いらぬのか?」


「い、いります!」


「ならば持って帰れ」


農民たちの顔から、少しずつ恐怖が消えていった。


その様子を少し離れた場所から佐助が眺めていた。


「ご家老様」


「なんじゃ」


「あいつら、みんな近所の領地の百姓なんだろ?」


「そうじゃな」


「村に帰ったら、今日のことを喋るぜ」


六郎は答えない。


「真田に捕まったけど殺されなかった。飯を食わせてもらった。パンまで持たされた」


「……」


「上田じゃ働けば金が貰えるって話まで聞いて帰るかもしれねえ」


六郎が佐助を見る。


佐助が笑った。


「その顔、絶対気づいてるだろ」


「何のことであろうな」


「悪い顔してるぜ、ご家老様」


六郎は何も答えなかった。


ただ、パンを受け取る農民たちを見ていた。


◇ ◇ ◇


帰されなかった捕虜たちには、さらに詳しい聞き取りが行われた。


騎士。


正規兵。


そして。


「こいつらだ」


佐助が数人の男を連れてくる。


「昨日、火を飛ばしてた連中だ」


幸村の目が変わった。


「ほう」


捕らえられた男たちが警戒する。


幸村はその前へ座った。


「聞きたいことがある」


一人が身構える。


「……何だ」


「あの術じゃ」


「術?」


「火を飛ばしたであろう」


男が少し怪訝な顔をする。


「魔法のことか?」


「そう。それじゃ」


横にいた佐助が頭を掻く。


「殿、尋問っていうより教えてもらいに来たみたいになってるぜ」


「知らぬことは聞かねば分からぬであろう」


「まあ、そうだけどよ」


魔法兵まで困惑していた。


幸村が続ける。


「誰でも使えるのか?」


「……いや」


「では何故、お主は使える」


「魔力を持って生まれたからだ」


幸村と六郎が顔を見合わせる。


男は少しずつ説明を始めた。


魔力を持って生まれる者は、決して珍しくはない。


全体の二、三割ほど。


だが、魔力を持つことと、戦場で使えるほど魔法を扱えることは別だった。


適性。


訓練。


魔力量。


扱える魔法の種類。


それらには個人差がある。


「では、昨日の火を百発撃てるのか?」


幸村が尋ねた。


魔法兵が思わず声を上げる。


「無理だ!」


「何発じゃ」


「威力にもよる。昨日ほどのものなら……私では五、六回が限界だ」


「ほう」


十蔵が横から入る。


「撃った後、次を撃つまで間があったのう」


魔法兵が十蔵を見る。


「……見ていたのか?」


「見ておった。あれは撃てぬのか。それとも撃たぬのか?」


「魔法を組み立て直す必要がある。集中もいる。それに連続して使えば魔力が尽きる」


十蔵が顎を撫でる。


「種子島と似ておるようで、まるで違うのう」


「タネガシマ?」


「気にするな」


六郎も尋ねる。


「軍において、お主らのような者は多いのか?」


「いや。魔法を使える者はいても、戦闘に使える者は少ない。大きな魔法を使える者となれば、さらに少ない」


「なるほど」


幸村は腕を組んだ。


そして、ふと何かを思い出す。


「一つ聞きたい」


「何だ」


「子供が突然、風を起こすことはあるか?」


魔法兵の眉が動く。


「……ある」


幸村が僅かに身を乗り出す。


「本当か」


「魔力を持つ子供ならな。幼いうちは自分で魔力を制御できない。強い恐怖や怒りで、無意識に発現することがある」


幸村は黙った。


森。


ゴブリン。


そして銭から聞いた話。


「……そうか」


六郎も同じことを考えていた。


「殿」


「うむ」


銭が起こした、あの風。


偶然ではなかったのかもしれない。


だが。


それ以上のことは、まだ分からない。


◇ ◇ ◇


数日後。


六文銭の旗が上田へ戻ってきた。


真田軍の兵たちは疲れていた。


だが、その足取りは重くない。


守った土地へ帰るのだ。


街の入口が見えてくる。


そこに。


小さな人影が並んでいた。


「……なんじゃ?」


幸村が目を細める。


子供たちだった。


銭。


アーニー。


そして真田家童組、改め上田防衛隊の面々。


全員が妙に姿勢よく並んでいる。


銭に至っては胸を張りすぎて、少し後ろへ反っていた。


幸村たちが近づく。


銭が一歩前へ出た。


「殿!」


「うむ」


銭は一度咳払いをした。


「真田家童組組長! ならびに上田防衛隊隊長、銭!」


後ろでアーニーが小声で言う。


「お前、隊長だったのかよ」


「今は黙っておれ!」


「今決めただろ……」


銭がもう一度咳払いをする。


大人っぽく。


できるだけ大人っぽく。


「殿がお留守の間、上田防衛隊、任を果たしました!」


「ほう」


「水運び!」


「うむ」


「食べ物運び!」


「うむ」


「小さい子と、爺ちゃん婆ちゃんを安全な所へ連れていきました!」


幸村が頷く。


銭は一度大きく息を吸った。


どうやら、この一言を言うために何度も練習したらしい。


背筋を伸ばす。


胸を張る。


そして。


「上田!」


一拍。


「異常なしにございます!」


後ろの子供たちも一斉に胸を張った。


「異常なし!!」


「……」


幸村はしばらく子供たちを見ていた。


やがて、笑った。


「大儀であった」


銭の顔がぱっと輝く。


「うむ!」


アーニーが横から囁く。


「そこは『はっ』じゃねえの?」


「うるさい!」


子供たちが笑った。


幸村も笑う。


その後ろで、六郎や佐助まで笑っていた。


銭が幸村を見上げる。


「殿」


「なんじゃ」


「勝ったのか?」


幸村が頷く。


「うむ」


ほんの一瞬。


銭は大人っぽい顔を保とうとした。


だが。


無理だった。


「皆の者ぉ!」


勢いよく振り返る。


「殿が勝ったぞぉぉぉ!!」


「おおおおおお!!」


子供たちが跳び上がった。


その声を聞き、街の人々が家から出てくる。


「勝ったのか!?」


「真田様が!」


「勝ったぞ!」


歓声が広がっていった。


兵を迎える者。


家族を探す者。


泣きながら抱きつく者。


笑う者。


六文銭の旗が、その頭上を進んでいく。


戦は終わった。


死んだ者を埋め。


残された物を拾い。


生き残った者を帰し。


知らなかったことを知った。


そして真田は。


守った場所へ帰ってきた。


上田。


異常なし。


その言葉を聞いて。


幸村はようやく。


戦が終わったのだと知った。

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