↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界真田太平記  作者: まん丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/66

隘路

「おのれ……真田め!」


拳が机を叩き、杯が跳ねた。


昨日、上田領境で真田軍と戦った三人の貴族は、街道沿いに設けた陣で再び顔を合わせていた。


討伐軍を率いる子爵と、その命令を受けて参戦した二人の男爵。


誰もが疲れ切っている。


二千五百対五百。


五倍もの兵力差がありながら、王国軍は敗れた。


「我が兵だけでも百近く失った!」


前衛を率いていた男爵が声を荒らげる。


「側面から現れた連中さえいなければ、あのようなことにはならなかった!」


子爵も苛立ちを隠そうとはしない。


「魔術師までやられた。あの訳の分からぬ攻撃は何なのだ!」


怒号ばかりが飛び交う。


それでも王国軍には、まだ二千を超える兵が残っていた。


軍そのものが壊滅したわけではない。


後衛を率いていた男爵が、二人を見ながら口を開く。


「……一度退くべきではありませんか」


二人の視線が集まった。


「王都へ使者を送り、援軍を求めるべきです。真田は我らが考えていたような賊ではありません」


「馬鹿を申すな!」


前衛の男爵が机を叩いた。


「二千五百もの兵を率いながら、五百の賊に敗れたので援軍を寄越せと申すのか!」


「しかし!」


「もうよい」


子爵が二人を黙らせる。


「我らは陛下より上田の奪還を命じられている。そして、真田幸村なる賊を討てとな」


子爵が二人を睨む。


「このまま王都へ帰って、陛下に何と申し上げる?」


誰も答えなかった。


「まだ二千以上いるのだ。昨日は不意を突かれただけに過ぎん」


前衛の男爵が頷く。


「次は同じ手にはかかりません」


後衛の男爵だけは黙っていた。


子爵が杯を掴む。


「明日、もう一度攻める」


敗北を認めるには、彼らはまだ多くの兵を持ちすぎていた。


◇ ◇ ◇


翌朝。


「子爵様!」


兵が天幕へ駆け込んできた。


「真田軍が動きました!」


「どこへだ!」


「上田の奥へ退いております!」


「退いている?」


子爵が立ち上がる。


「はい。街道を進み、こちらから離れております!」


前衛の男爵が笑った。


「逃げたか」


「昨日はこちらも被害を受けましたが、奴らも同じだったのでしょう」


子爵の口元にも笑みが戻る。


「追うぞ」


「お待ちください」


後衛の男爵だった。


「昨日のことがあります。斥候に周囲を調べさせてからでも遅くはありません」


「斥候なら出せ」


子爵が言い放つ。


「だが軍は止めん。ここで真田を逃せば、我らは何のために来たのだ」


王国軍が再び動き始めた。


◇ ◇ ◇


真田軍は逃げていた。


少なくとも、王国軍にはそう見えた。


街道の遥か先に六文銭の旗が見え、近づけばまた遠ざかる。


「いたぞ!」


「追え!」


「今度こそ逃がすな!」


昨日の敗北を取り返そうと、王国兵たちは進んでいく。


やがて街道の両側に木々が増え、道幅も少しずつ狭くなり始めた。


「……妙な場所だ」


後衛の男爵が周囲を見る。


二千を超える王国軍は、細長い列となっていた。


前衛に男爵。


その後ろに盾兵、槍兵。


中衛には総指揮官である子爵と、その直属兵、弓兵、魔術師。


さらに後方には、もう一人の男爵が率いる部隊。


「軍列が伸びすぎています」


後衛の男爵が側近に呟く。


その時、前方から歓声が聞こえた。


「いたぞ!」


「真田だ!」


六文銭。


街道の先に、真田軍が見えた。


「追いついたぞ!」


前方の兵が速度を上げる。


そして王国軍は、さらに狭くなる道へと入っていった。


◇ ◇ ◇


先頭を進んでいた兵が、突然足を止めた。


「止まれ!」


「どうした!」


「前だ!」


道の先。


そこには逃げていたはずの真田兵が並んでいた。


長槍。


幾列もの槍先が、王国軍へ向けられている。


その中央には穴山小助。


「盾を上げろ!」


前衛の男爵が叫ぶ。


盾兵が前へ出る。


「進め!」


だが、先頭の兵たちはすぐに足を止めた。


道が狭い。


左右へ広がることができず、正面には自分たちより長い槍を持った真田兵が待っている。


「何をしている! 前へ進め!」


後ろから兵が押す。


「押すな!」


「前が止まっている!」


「進めとの命令だ!」


「進めぬのだ!」


その声は後方まで届かない。


さらに後ろでは、なぜ前進が止まったのかすら分からなかった。


「何故止まっている!」


「分からん!」


「前へ進め!」


後方から押された先頭の兵たちが、じりじりと前へ押し出される。


小助はその様子を見ていた。


後ろを振り返る。


幸村の軍扇が前へ出た。


ドドン! ドン!!


「進めぇぇぇ!!」


「応!!」


長槍が一斉に突き出された。


「ぐあっ!」


「下がれ!」


「下がれぇ!」


先頭の王国兵が後ろへ逃げようとする。


だが、下がれない。


後ろから味方が押してくる。


「押すな!」


「下がれ!」


「前へ進め!」


「無理だ!」


前は退きたい。


後ろは進みたい。


二千を超える兵が、互いの身体で互いの動きを塞ぎ始めた。


◇ ◇ ◇


「押し返せ!」


前衛の男爵が叫ぶ。


「盾兵を前へ! 槍兵はその後ろから攻撃しろ!」


だが、盾兵を増やそうにも前へ出る道がない。


「弓兵は!」


「中衛です!」


「前へ呼べ!」


伝令が後方へ向かおうとする。


だが、人で埋まった街道を進めない。


「道を空けろ!」


「どこへ退けばいいんだ!」


「負傷者を後ろへ!」


「後ろも詰まっている!」


前衛の男爵が初めて周囲を見回した。


数が多い。


だからこそ動けない。


◇ ◇ ◇


軍列の中央。


総指揮官の子爵は、馬上で苛立ちを募らせていた。


「何故止まっている!」


「前方で真田軍と接触した模様です!」


「ならば押し潰せ!」


「道が狭く、兵を前へ送れません!」


「弓兵を出せ!」


「前へ出ることができません!」


子爵の顔が赤くなる。


「魔術師を前へ!」


「同じく通れません!」


「ならばここから撃たせろ!」


魔術師の一人が青ざめる。


「この位置からでは、前方の味方を巻き込みます!」


「では騎兵を出せ!」


側近が思わず子爵を見る。


「この道では馬を走らせられません!」


「何ならできるのだ!」


子爵が怒鳴った。


馬上から前方を見るが、人、人、人。


兵の兜しか見えない。


「役立たずどもめ! 道を空けろ!」


子爵が鐙に足をかけ、馬上で身体を伸ばす。


「前へ進め! 数はこちらが圧倒しているのだぞ!」


豪華な鎧。


馬上。


周囲を固める護衛。


そして、兵たちへ命令を飛ばす男。


斜面の木々の中から、それを見ている者がいた。


筧十蔵。


種子島の銃身が、ゆっくりと動く。


「……あれじゃな」


頬を銃床へ寄せる。


「随分と分かりやすい」


子爵はまだ叫んでいる。


「前へ進め! 真田を押し潰せ!」


十蔵の指が動いた。


ドォン!!


乾いた轟音が隘路を走った。


子爵の身体が揺れる。


「……?」


そして、そのまま馬上から落ちた。


「子爵様?」


側近が固まる。


「……子爵様!」


護衛たちが駆け寄った。


「子爵様が倒れた!」


「何が起きた!?」


「どこからだ!」


「魔法か!?」


「術者を探せ!」


兵たちが斜面を見る。


だが、見つからない。


十蔵はすでに身を伏せ、次の弾を込め始めていた。


「これで少しは静かになるかの」


静かになるはずがなかった。


◇ ◇ ◇


「子爵様が倒れた!」


声が中央から広がっていく。


「総指揮官が!」


「どうする!」


「前へ進め!」


「誰の命令だ!」


「前衛からは進めと言っている!」


「中央はどうするんだ!」


命令の中心が消えた。


前衛の男爵は真田軍を押し返そうとしている。


中衛では子爵の直属兵が混乱し、後衛の男爵には何が起きたのかまだ正確には伝わっていない。


その時。


ドン。


昨日の戦いを経験した兵が顔を上げた。


ドン。


「……まずい」


隣の兵が振り向く。


「何がだ?」


ドドン。


男の顔から血の気が引いた。


「来るぞ……」


「何が来る?」


「真田だ……!」


「何を怯えている。ただの太鼓ではないか」


「違う……」


男は周囲を見回す。


前。


後ろ。


左右の斜面。


どこから来るのか分からない。


「あの太鼓が鳴った後、何が来るか分からねえんだ……!」


その直後、斜面から矢が飛んできた。


「うわっ!」


「上だ!」


石が転がり落ちる。


「盾を上げろ!」


「前が詰まっている!」


「右だ!」


「左からも来るぞ!」


致命的な攻撃ではない。


だが、密集した王国軍には十分だった。


兵が身体を捩るたびに隣とぶつかり、槍が絡み、盾が邪魔になる。


そして再び。


ドン!


「まただ!」


「今度は何が来る!?」


恐怖が、昨日戦っていない兵にまで広がり始めた。


◇ ◇ ◇


先頭では小助の長槍隊が道を塞ぎ続けていた。


ドドン! ドン!!


「進めぇ!!」


「応!!」


長槍が伸びる。


王国兵が押し戻される。


だが後ろへは下がれない。


「もう無理だ!」


「後ろへ下がれ!」


「下がれねえんだよ!」


その時、真田兵の槍が左右へ分かれた。


道の中央が開く。


「……?」


二人の巨漢が歩いてきた。


金棒を肩に担いでいる。


「兄者」


「なんじゃ」


「今日は道が狭いのう」


「うむ」


清海が王国兵を見る。


「これなら迷わず進めるぞ」


「なるほど!」


伊三が笑った。


「前にしか敵がおらぬ!」


二人が金棒を構える。


前列の王国兵の中に、昨日の戦いを生き残った者がいた。


男の顔が青ざめる。


「……オーガ」


清海の眉が動いた。


「今、なんと申した?」


「オーガだぁぁぁ!!」


「誰がオーガじゃあああ!!」


二本の金棒が振り下ろされた。


ドガァァン!!


盾兵が吹き飛び、その後ろの兵まで巻き込む。


「兄者!」


「おう!」


「やはりわしら、オーガと思われておるぞ!」


「ならば今日こそ違うと教えてやる!」


「どうやってじゃ!」


「知らん!!」


ドガァン!!


「やっぱりオーガだぁぁぁ!!」


「違うわぁぁぁ!!」


王国軍の前衛が崩れ始めた。


◇ ◇ ◇


「持ちこたえろ!」


前衛の男爵が馬上から叫ぶ。


「中央へ援軍を求めろ!」


「子爵様が倒れました!」


伝令の言葉に、男爵が振り向く。


「何だと?」


「子爵様が攻撃を受け、指揮が混乱しております!」


「馬鹿な……!」


その一瞬だった。


「男爵様!」


兵が叫ぶ。


前を見る。


赤。


朱槍を手にした幸村が、崩れ始めた盾兵の間を進んでくる。


「貴様が……!」


男爵が剣を抜く。


「真田幸村!」


「いかにも」


「よくも我らを!」


男爵が馬を進めようとする。


だが、周囲には味方の兵が密集している。


「どけ! 道を空けろ!」


ようやく馬一頭が通れるだけの隙間ができた。


男爵が剣を振り上げる。


「賊が!」


幸村が朱槍を構えた。


「参る」


男爵が剣を振り下ろす。


朱槍が走った。


一閃。


男爵の身体が馬上から崩れ落ちた。


「男爵様!」


「男爵様が!」


前衛の兵たちが動きを止める。


幸村は朱槍を払った。


「まだじゃ」


軍扇が上がる。


ドドドドドン!!


「押し返せぇぇぇ!!」


「応!!」


真田軍が前へ出た。


◇ ◇ ◇


前衛の男爵が倒れた。


総指揮官の子爵も倒れた。


その情報は、長く伸びきった軍列を断片的に後方へ伝わっていく。


「前衛の男爵様が倒れました!」


「子爵様も!」


「総指揮官が倒れた!」


「誰の命令に従えばいい!」


「退け!」


「前へ進め!」


「道を空けろ!」


軍は一つではなくなった。


前では退こうとする兵が後ろへ押し寄せ、中ほどでは子爵の護衛や直属兵が混乱し、後方では何が起きているのか分からない兵が立ち尽くしている。


その中を太鼓だけが響く。


ドン。


ドドン。


ドン。


昨日から戦っている兵たちは、そのたびに顔を強張らせた。


◇ ◇ ◇


隘路の入口に近い後方。


最後の男爵のもとへ、ようやく伝令が辿り着いた。


「男爵様!」


「何があった!」


「前衛を率いていた男爵様が倒れました!」


「何だと!?」


「それと……」


伝令が息を整える。


「子爵様も攻撃を受け、倒れられたとのことです!」


男爵の顔から血の気が引いた。


「子爵様が……?」


「はい!」


総指揮官が倒れた。


前衛の指揮官も倒れた。


それでも前方からは、兵たちの悲鳴と太鼓の音が聞こえてくる。


男爵は周囲を見た。


自分はまだ隘路の入口に近い。


後ろには道がある。


「……撤退する」


側近が振り向く。


「しかし、王命が!」


「総指揮官が倒れ、前衛の指揮官まで失ったのだぞ!」


男爵が馬首を返す。


「これ以上続ければ全軍を失う!」


「撤退だ!」


後衛が動き始めた。


だが、その命令は前方まで届かない。


◇ ◇ ◇


王国軍は崩れた。


先頭の兵は後ろへ逃げようとし、中ほどの兵は左右の斜面へ逃れようとする。


武器を捨てる者。


盾を捨てる者。


その場で降伏する者。


真田軍は、逃げる兵を無理には追わなかった。


幸村が軍扇を上げる。


太鼓が止まる。


戦場に残ったのは荒い息と呻き声、そして地面へ捨てられた無数の槍と盾だった。


清海が金棒を肩に担ぐ。


「殿!」


「なんじゃ」


「今度こそ追いますか!」


「追わぬ」


「またでございますか!」


伊三が不思議そうに首を傾げる。


「殿は逃げる敵がお好きなのですな」


「違うわ!」


鎌之助が伊三の頭を叩く。


「痛い!」


幸村が笑った。


「帰る者には、帰ってもらわねばならぬ」


六郎が隣へ来る。


「王都へ、でございますか」


「うむ」


幸村は遠ざかる王国兵を見た。


「上田で何があったのか、伝えてもらわねば困る」


六文銭の旗が、隘路を抜ける風に揺れていた。


◇ ◇ ◇


後衛の男爵は馬を走らせていた。


振り返らない。


いや、振り返ることができなかった。


二千五百。


五百。


五倍の兵を率いて上田へ来た。


総指揮官の子爵は倒れ、もう一人の男爵も失った。


そして軍は散った。


耳の奥で音がする。


ドン。


男爵が馬を急がせる。


ドン。


「……やめろ」


もう鳴っていない。


それでも聞こえる。


ドドン。


男爵は歯を食いしばった。


その日。


上田へ送られた討伐軍は、大敗した。


そして王国へ帰る者たちは、一つの音を持ち帰ることになる。


六文銭と共に。


真田の名と共に。


あの太鼓の音を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。