三か月後
三月が。
過ぎた。
上田。
三月前。
閉ざされていた店には。
再び。
品が並んでいた。
「いらっしゃい!」
「こっちの野菜は安いぞ!」
「荷車、通るぞ! 退いてくれ!」
声が。
飛び交う。
荷車が走り。
商人が叫び。
子供たちが。
その間を駆け抜けていく。
まだ。
壊れた家もある。
直せぬ道もある。
全てが。
元に戻ったわけではない。
それでも。
三月前とは。
明らかに違った。
上田に。
人の声が。
戻っていた。
◇ ◇ ◇
「甚八様!」
「今度はなんじゃ!」
根津甚八が。
振り返る。
その手には。
六郎から渡された。
何枚もの書付。
「東の村からです!」
「橋を直すための木材が足りないと!」
「昨日送ったであろう!」
「それが、道の修繕にも使われまして……」
「ならば商人ギルドへ行け!」
甚八が。
頭を掻く。
「買える物なら買え!」
「金は払え!」
「はっ!」
男が。
走っていく。
入れ替わるように。
別の男が来た。
「甚八様!」
「今度はなんじゃ!」
「南の村から!」
「今度は何が足りぬ!」
「人手です!」
「……」
甚八が。
空を見上げた。
「戦の方が楽ではないか?」
誰も。
答えなかった。
「甚八様!」
「今度はなんじゃあ!」
その声が。
上田の街に響いた。
◇ ◇ ◇
街から少し離れた。
広場。
そこには。
何十人もの男たちが。
並んでいた。
手にしているのは。
槍。
だが。
普通の槍より。
長い。
「構え!」
号令。
槍が。
一斉に前へ出る。
……はずだった。
ガツン!
「痛え!」
「お前、俺の頭に当てるな!」
「そっちが近いんだよ!」
「動くな!」
声が。
響いた。
男たちが。
慌てて前を見る。
穴山小助が。
腕を組んでいた。
「何度言わせる」
「一人で戦うな」
男たちが。
槍を構え直す。
「お前たちは侍ではない」
「槍の達人でもない」
「じゃが」
小助が。
並んだ男たちを見る。
「十人で槍を揃えれば」
「一人の達人より厄介になれる」
「もう一度じゃ!」
「構え!」
今度は。
先ほどより。
揃った。
「前へ!」
男たちが。
槍を構えたまま。
進む。
一歩。
二歩。
三歩。
列が。
少しずつ。
乱れる。
「止まれ!」
小助が。
頭を抱える。
「何故、三歩で崩れるのじゃ……」
その時。
一人の男が。
手を上げた。
「小助様!」
「なんじゃ」
「今日も金は出るんですよね?」
「出る」
「よっしゃ!」
男たちから。
笑い声が上がった。
「じゃあ俺、明日も来ます!」
「俺も!」
「俺も来るぞ!」
小助が。
眉をひそめる。
「明日は来るな」
「え?」
「畑へ行け」
「……」
「お前たち」
「何のために槍を習っておると思っておる」
男たちが。
黙る。
小助が。
槍を一本取った。
「田畑を捨てて」
「兵になるためではない」
槍の石突で。
地面を叩く。
「己の村を」
「己の家族を」
「己で守れるようになるためじゃ」
男たちの顔から。
笑いが消えた。
「稽古の日は金を払う」
「田畑を離れるのじゃ」
「その日の働き分は」
「真田が持つ」
小助が。
槍を構える。
「じゃが」
「畑を荒らしたら」
「殿に何と言われるか分からぬぞ」
男たちが。
顔を見合わせる。
「……怖えな」
「うむ」
小助が。
真顔で頷いた。
「某も怖い」
笑いが。
起こった。
「では!」
小助が。
声を張る。
「もう一度!」
「構え!」
今度は。
長い槍が。
先ほどよりも。
綺麗に揃った。
◇ ◇ ◇
ドン!!
鳥が。
一斉に。
空へ飛び立った。
上田の鍛冶場。
その裏手。
白い煙が。
漂っている。
「……」
現地の鍛冶屋が。
口を開けていた。
少し離れたところで。
筧十蔵が。
種子島を下ろす。
「どうじゃ」
鍛冶屋が。
恐る恐る。
的を見る。
板に。
穴が開いていた。
「……化け物だ」
十蔵が。
笑う。
「良い出来じゃ」
その手には。
小さな弾。
三月前まで。
使えば。
減るだけだった。
種子島の弾。
そして。
火薬。
この世界でも。
ようやく。
作れるようになった。
「殿」
十蔵が。
後ろを見る。
幸村が。
六郎と共に。
立っていた。
「成功か?」
「は」
十蔵が。
弾を差し出す。
幸村が。
摘まむ。
「これを」
「こちらで作ったのか」
「は」
「火薬も?」
「まだ手間は掛かりまするが」
十蔵が。
笑う。
「作れまする」
幸村も。
笑った。
「でかした」
十蔵が。
嬉しそうに頭を下げる。
現地の鍛冶屋が。
種子島を見ながら。
尋ねた。
「十蔵様」
「なんじゃ」
「弾は分かった」
「火薬も、なんとかなる」
鍛冶屋が。
種子島を指差す。
「だが」
「こいつそのものは?」
十蔵が。
黙った。
「作れないのか?」
「……」
十蔵が。
種子島を取る。
「わしは」
「甲賀にて」
「鉄砲の作り方を見たことがある」
鍛冶屋が。
目を見開く。
「作ったことは?」
「ない」
「……」
「じゃが」
十蔵が。
種子島を見つめる。
「作り方は知っておる」
そして。
鍛冶屋を見る。
「お主らなら」
「いずれ作れる」
幸村が。
尋ねる。
「いずれとは?」
十蔵が。
少し考えた。
「あと三月」
「……ほう」
「あと三月いただければ」
十蔵が。
種子島を握る。
「この地で」
「種子島を作ってみせまする」
幸村が。
笑った。
「よかろう」
十蔵の肩を。
叩く。
「任せたぞ」
「は!」
六郎が。
小さく息を吐いた。
「兵を鍛え」
「武具を作り」
「街道を直し」
「食料を蓄える」
幸村を見る。
「殿」
「む?」
「戦でも始めるおつもりですか?」
幸村が。
首を傾げた。
「向こうから来るのであろう?」
六郎が。
黙る。
「……左様にございましたな」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
王都。
「なんだこれは!!」
王の怒声が。
広間を揺らした。
一枚の報告書が。
床へ叩きつけられる。
「子爵は死んだ!?」
「領都は落ちた!?」
「しかも!」
王が。
立ち上がる。
「我が国の領地を勝手に治めておるだと!?」
誰も。
答えない。
「三月だぞ!」
「三月もの間!」
「何故、誰も分からなかった!」
宰相が。
慌てて頭を下げる。
「へ、陛下」
「当初は子爵領内での、下民どもの騒ぎとの報告で……」
「結果がこれではないか!」
「は、はっ!」
王が。
次の報告書を。
ひったくる。
「税を勝手に変え」
「蔵を開き」
「道を直し」
「橋を架け」
「兵まで集めている!」
そして。
王の目が。
止まった。
「……ウエダ?」
「は?」
「なんだ、これは」
宰相が。
別の紙を見る。
「占拠した子爵領を」
「ウエダと改めたようにございます」
「……」
王の顔が。
赤くなる。
「我が国の土地に!」
「勝手に名まで付けおったか!!」
再び。
報告書が。
飛んだ。
少し離れたところで。
騎士団長が。
黙って。
それを見ていた。
「陛下」
「なんじゃ!」
「一つ」
騎士団長が。
落ちた報告書を拾う。
「気になることがございます」
「なんだ」
「この者たちは」
紙を見る。
「領民に金を払い」
「兵の訓練を行っております」
宰相が。
鼻で笑った。
「農民に金を?」
「馬鹿馬鹿しい」
「兵とは領主の命に従うもの」
「何故、金など払う必要がある」
騎士団長は。
答えなかった。
報告書を。
もう一度見る。
税を軽くした。
食料を配った。
仕事を与えた。
働いた者には。
金を払った。
そして。
その民に。
武器を持たせ。
訓練している。
「……」
騎士団長の顔が。
険しくなる。
「陛下」
「この者たちを」
「ただの賊と考えるのは危険かと」
「何?」
王が。
睨む。
「賊ではないと言うのか?」
「少なくとも」
騎士団長が。
静かに答える。
「三月前の賊とは」
「別物になっております」
宰相が。
笑った。
「大袈裟な」
そして。
王を見る。
「陛下」
「この程度」
「王国軍を動かすまでもございません」
「近隣の諸侯へ命じればよろしいかと」
王が。
少し考える。
やがて。
頷いた。
「そうじゃな」
騎士団長が。
顔を上げる。
「陛下」
「我が王国の子爵を殺した賊どもじゃ」
王が。
玉座へ座る。
「近隣の貴族に命じよ」
「兵を出させるのじゃ」
「ウエダとやらを取り戻し」
一拍。
「真田幸村なる賊の首を」
「持って参れ」
「はっ!」
騎士団長だけが。
何も言わなかった。
手にした報告書を見る。
そこには。
六枚の銭を描いた旗について。
記されていた。
「……真田」
騎士団長が。
小さく呟く。
その名を。
覚えるように。
◇ ◇ ◇
上田。
夕暮れ。
一日の稽古を終えた。
男たちが。
長槍を担ぎ。
村へ帰っていく。
「おーい!」
道端から。
声が飛んだ。
「腹が減っておろう!」
銭だった。
大きな籠を。
抱えている。
その隣には。
鎌之助。
籠の中には。
焼きたてのパンが。
山ほど入っていた。
「一人一つじゃ!」
銭が。
パンを差し出す。
「二つ取るでないぞ!」
「ありがてえ!」
「腹減ってたんだ!」
男たちが。
次々と。
パンを受け取っていく。
「ご苦労だったな」
鎌之助が。
パンを差し出す。
「ほれ」
「……」
男が。
固まった。
「なんじゃ?」
「い、いや!」
慌てて。
パンを受け取る。
「ありがとうございます!」
そして。
少し離れたところまで行くと。
隣の男を。
小突いた。
「おい」
「なんだ?」
「あの人……」
男が。
振り返る。
鎌之助が。
次の男へ。
パンを渡している。
「すげえ綺麗じゃないか?」
「今頃気づいたのかよ」
「近くで見たのは初めてなんだよ!」
「……ユキムラ様の奥様か?」
「違う違う」
別の男が。
割って入った。
「あの人も十勇士だ」
「え?」
男が。
もう一度。
鎌之助を見る。
細い身体。
整った顔。
どう見ても。
戦場で槍を振り回すようには見えない。
「……あの人が?」
「めちゃくちゃ強いらしいぞ」
「嘘だろ」
「本当だ」
男が。
鎌之助を見つめる。
「俺、あの人になら斬られても――」
ゴン!
「痛え!」
銭が。
棒で男の脛を叩いた。
「何をしておる」
「変な目で鎌之助を見るでない」
「聞いてたのかよ!」
「聞こえておった」
銭が。
鎌之助の前に立つ。
「鎌之助は殿の大事な家臣じゃ!」
「変なことを考えるでない!」
「考えてねえよ!」
「今、斬られてもよいと言うたではないか!」
「言ったけど!」
鎌之助が。
笑った。
「銭」
「なんじゃ?」
「俺を守ってくれるのか?」
「当然じゃ!」
銭が。
胸を張る。
「俺は真田家童組組長じゃからな!」
鎌之助が。
にやりと笑う。
「そいつは頼もしいな」
男たちが。
笑いながら。
村へ帰っていく。
その手には。
今日の稽古で得た金。
そして。
一つのパン。
鍛冶場からは。
鉄を叩く音が響く。
市場では。
商人たちが。
明日の支度をしている。
道を。
荷車が走る。
六文銭の旗が。
夕暮れの風に。
揺れていた。
まだ。
誰も知らない。
この地へ。
王国の兵が。
向かおうとしていることを。
そして。
王国もまた。
知らなかった。
三月という時が。
真田に。
何を与えたのかを。




