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異世界真田太平記  作者: まん丸


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銭は血じゃ

翌日。


幸村は。


街を歩いていた。


六郎を連れ。


ゆっくりと。


自分の目で。


街を見て回る。


「……」


壊れた家。


閉ざされた店。


泥の残る道。


荷車の通った跡には。


深い轍ができている。


井戸の前には。


水を汲むため。


人々が列を作っていた。


「ひどいものじゃな」


「は」


六郎が。


静かに答える。


領主を倒した。


これで。


この地の民は救われる。


そんな単純な話ではなかった。


畑は荒れ。


働き手は減り。


商いも止まりかけている。


昨日。


銭たちが薬草を求め。


森へ入ったのも。


病人がいても。


薬草を取りに行ける大人すら。


残っていなかったからだ。


幸村が。


足を止めた。


一軒の店。


扉が。


固く閉ざされている。


「商いはせぬのか?」


近くにいた男が。


幸村を見る。


「あんた……」


幸村の赤備えを見て。


慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません!」


「よい」


「何故、店を開けぬ?」


「売る物が……ありません」


「……」


「それに」


男が。


街を見る。


「物があっても、買える者がほとんどいません」


幸村は。


黙った。


そして。


歩き出す。


しばらく進み。


ふと。


領都を落とした日のことを。


思い出した。


子爵の館。


その蔵。


扉を開けた時。


中には。


大量の食料があった。


穀物。


干し肉。


酒。


保存の利く食料。


別の蔵には。


金。


銀。


宝石。


高価な調度品。


そして。


美しく飾られた。


何に使うのかも分からぬ品々。


あれほど。


溜め込んでいた。


だが。


その領地では。


民が飢えている。


「……六郎」


「は」


「領都の蔵」


六郎が。


幸村を見る。


「まだ手を付けておらぬな?」


「は」


「食料、財ともに、ほぼそのままにございます」


「甚八を残しておったな」


「は。領都の采配を任せておりまする」


幸村が。


振り返った。


「六郎」


「は」


「甚八へ使いを出せ」


六郎の表情が変わる。


「蔵を開けよ」


「……!」


「食料を荷車に積み」


幸村が。


街の向こうを見る。


その先には。


いくつもの町があり。


村がある。


「各町」


「各村へ届けるのじゃ」


「御意」


六郎が。


頭を下げる。


だが。


すぐに顔を上げた。


「されど殿」


「全てを放出しては、後々困ることになりましょう」


「分かっておる」


幸村が。


頷く。


「種にする分は残せ」


「万一に備える分もじゃ」


「それ以外を」


一拍。


「民へ返す」


「……は」


六郎が。


僅かに笑った。


「直ちに甚八へ申し伝えまする」


「それとな」


「は?」


「子爵が溜め込んでおった財」


「売れる物は売れ」


「……全てにございますか?」


「我らに必要な物まで売ることはない」


幸村が。


閉ざされた店を見る。


「されど」


「あのような物を蔵に積んでおいても」


「腹は膨れぬ」


「道も直らぬ」


「家も建たぬ」


六郎が。


幸村を見つめた。


「金に換えるおつもりで?」


「うむ」


「何に使われまする?」


幸村が。


笑った。


「民じゃ」


◇ ◇ ◇


数日後。


街の大きな建物に。


人々が集められた。


各町の顔役。


村々の長。


商人ギルドの者。


傭兵ギルドの者。


職人たちを束ねる者もいる。


皆。


緊張していた。


当然だった。


領主が変わった。


それも。


王国から任じられた者ではない。


突然現れ。


子爵を倒し。


この地を。


自らのものと宣言した男。


その男が。


今後について話すという。


何を要求されるのか。


税が増えるのか。


兵を出せと言われるのか。


食料を差し出せと言われるのか。


誰も。


分からない。


やがて。


幸村が。


皆の前へ立った。


隣には。


六郎。


「まず」


幸村が。


口を開く。


「税についてじゃ」


ざわっ。


空気が。


変わった。


何人かが。


顔を伏せる。


「六郎」


「は」


六郎が。


一歩前へ出た。


「当面の間」


「税を軽くいたす」


「……?」


誰も。


すぐには反応できなかった。


「い、今……」


一人の村長が。


恐る恐る尋ねる。


「税を……軽くすると?」


「うむ」


幸村が。


答える。


「畑は荒れておる」


「商いも止まっておる」


「家すら失った者もおる」


幸村が。


集まった者たちを見る。


「何も持たぬ者から」


「何を取るというのじゃ」


「……」


皆が。


顔を見合わせる。


信じてよいのか。


まだ。


分からない。


幸村が。


続ける。


「領都の蔵も開ける」


さらに。


ざわめきが広がった。


「食料を各町、各村へ運ばせる」


「既に甚八が動いておる」


「必要なところから受け取れ」


「ほ、本当に……?」


「我らの村にも?」


「そのために出すのじゃ」


幸村が。


当然のように答える。


だが。


その顔が。


少しだけ険しくなる。


「ただし」


皆が。


身構えた。


やはり。


何かある。


「いつまでも」


「食わせてやることはできぬ」


「……」


幸村が。


六郎を見る。


六郎が。


広げられた紙へ目を落とす。


「道」


「橋」


「井戸」


「家屋」


「農地」


「直さねばならぬものは、山ほどございます」


「ゆえに」


幸村が。


続けた。


「働ける者には働いてもらう」


やはり。


そうか。


何人かが。


俯いた。


子爵の頃と。


同じ。


領主に命じられれば。


働くしかない。


道を直す。


館を直す。


荷を運ぶ。


それでも。


金など。


出なかった。


その時。


幸村が言った。


「銭は払う」


「……」


誰も。


反応しない。


「……殿」


六郎が。


小さな声で呼ぶ。


「む?」


「銭では、こちらの者には通じませぬ」


「……」


幸村が。


集まった者を見る。


皆。


首を傾げていた。


「ああ」


幸村が。


頷く。


「金じゃ」


「働いた者には、金を払う」


「……!」


ざわっ。


先ほどまでとは。


比べものにならないほどの。


ざわめき。


「金を……?」


「道を直して?」


一人の男が。


声を上げる。


「橋を直す者にも?」


「払う」


「井戸を掘る者にも……?」


「無論じゃ」


「……」


幸村が。


逆に首を傾げる。


「働いた者に金を払う」


「何がおかしい?」


誰も。


答えられなかった。


おかしいのではない。


そんなことを。


してもらったことがないのだ。


商人ギルドの男が。


ゆっくりと。


口を開いた。


「しかし……」


「それほどの金を」


「どこから?」


「前の領主が持っておった」


幸村が。


あっさり答える。


「……は?」


「金銀」


「宝石」


「よく分からぬ飾り物」


「売れる物は売る」


六郎が。


付け加える。


「既に財の確認を始めておりまする」


商人ギルドの男が。


目を見開いた。


「それを……」


「復興に使われると?」


「うむ」


幸村が。


答える。


その時。


ふと。


昔のことを。


思い出した。


◇ ◇ ◇


まだ。


若かった頃。


幸村は。


太閤殿下の傍に。


仕えていた。


ある日。


太閤殿下が。


一枚の銭を。


指で弾いた。


「幸村」


「は」


宙を舞った銭を。


太閤殿下が。


掴む。


「銭というものはな」


「血と同じじゃ」


「血……にございますか?」


「そうじゃ」


太閤殿下が。


笑う。


「百姓に銭が入る」


「百姓は、その銭で物を買う」


「商人に銭が入る」


「商人は、また品を仕入れる」


「職人にも銭が入る」


「皆が潤えば」


太閤殿下が。


手の中の銭を。


幸村へ放った。


幸村が。


受け取る。


「巡り巡って」


「税となり」


「また戻ってくる」


幸村は。


手の中の銭を見る。


「ならば」


「蔵に集めておけばよいのでは?」


太閤殿下が。


笑った。


「逆じゃ」


「血は止まれば」


「人は死ぬ」


そして。


幸村を見た。


「銭も同じじゃ」


「銭は溜めるものではない」


一拍。


「流すものじゃ」


◇ ◇ ◇


「殿?」


六郎の声に。


幸村が。


我に返る。


「どうされました?」


「いや」


幸村が。


笑った。


「昔」


「太閤様に教わったことを思い出しておった」


幸村が。


集まった者たちを見る。


「金を」


「この地に流す」


「……」


「道を直す者には払う」


「橋を直す者にも」


「井戸を掘る者にも」


「家を建てる大工にも」


「農具を作る職人にも」


「荷を運ぶ商人にもじゃ」


傭兵ギルドの男が。


尋ねる。


「我らは?」


「仕事ならば、いくらでもあろう」


幸村が。


答える。


「街道を守れ」


「食料を運ぶ荷を守れ」


「村を襲う魔物を討て」


「働いた分は払う」


傭兵たちが。


顔を見合わせる。


商人ギルドの男が。


じっと。


幸村を見ていた。


やがて。


ゆっくりと。


口を開く。


「つまり……」


「人々に金が入れば」


「我らから物を買う」


「うむ」


「我らに金が入れば」


「品を仕入れる」


「そうじゃ」


「職人も動く」


「そういうことじゃ」


男が。


黙った。


そして。


小さく笑う。


「なるほど……」


六郎が。


幸村を見る。


「殿」


「む?」


「これは殿のお考えにございますか?」


幸村が。


鼻を掻いた。


「いや」


そして。


笑う。


「太閤様の受け売りじゃ」


六郎も。


僅かに笑った。


「それと」


幸村が。


再び。


集まった者たちを見る。


「もう一つ」


「皆に伝えておくことがある」


広間が。


静かになる。


「この地の名を」


「改める」


「名を……?」


顔役たちが。


互いを見る。


六郎が。


幸村を見た。


そして。


僅かに笑う。


どうやら。


察したらしい。


幸村が。


告げる。


「上田」


「……ウエダ?」


「今日より」


幸村が。


ゆっくりと。


皆を見渡す。


「この地を」


「上田と呼ぶ」


誰も。


その名を知らない。


商人ギルドの男が。


恐る恐る尋ねた。


「ウエダとは……」


「何か、意味のある名なのでしょうか?」


幸村は。


少しだけ。


目を細めた。


「故郷じゃ」


「……故郷?」


「うむ」


それ以上。


幸村は。


何も言わなかった。


六郎も。


何も言わない。


ただ。


その名を。


静かに聞いていた。


上田。


この世界に。


再び。


真田の故郷が。


生まれた。

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