討伐軍
王国。
上田に隣接する。
三つの領地。
その領主たちが。
一つの城に集められていた。
「まったく……」
一人の男が。
大きく息を吐いた。
「面倒なことになったものだ」
「まったくだ」
別の男が。
卓上の地図を見る。
「兵を出すだけでも金が掛かる」
「それだけではない」
三人目の男が。
不機嫌そうに言った。
「今は畑にも人手が要る」
「農民を兵として集めれば、その分だけ仕事が止まる」
「それで税が減っては、こちらが損ではないか」
三人が。
揃って。
ため息をついた。
王から届いた命令は。
簡単なものだった。
反乱勢力を討伐し。
奪われた領地を。
王国へ取り戻せ。
「しかし」
「子爵殿も情けない」
一人が。
鼻で笑った。
「どこの馬の骨とも知れぬ賊に殺されるとは」
「真田……だったか?」
「サナダ、だ」
「聞いたこともない」
「傭兵の類であろう」
「そのようだな」
男が。
地図を指で叩く。
「三家合わせれば」
「二千五百ほどは出せる」
「二千五百?」
別の男が笑った。
「多すぎるくらいではないか?」
「違いない」
笑いが。
起こった。
彼らにとって。
これは戦ではなかった。
討伐。
ただの。
賊退治。
「十日後」
「ここで軍を合わせよう」
「それでよい」
「さっさと潰して戻るとしよう」
「賛成だ」
三人が。
立ち上がる。
それぞれの領地へ。
兵を集めるために。
戻っていった。
その日のうちに。
三つの領地で。
命令が下された。
兵を出せ。
男を集めろ。
武器を用意せよ。
そして。
その話は。
領主たちが思っていたより。
遥かに速く。
広がっていった。
◇ ◇ ◇
「聞いたか?」
街道沿いの。
小さな宿。
二人の男が。
酒を飲んでいた。
「何をだ?」
「兵を集めてるらしい」
「また戦争か?」
「いや」
男が。
酒を飲む。
「ウエダだとよ」
その横を。
料理を運ぶ男が。
通り過ぎた。
何も。
聞いていないような顔で。
◇
翌朝。
一台の荷車が。
街道を走っていた。
「ウエダに行くのか?」
門を守る兵士が。
商人に尋ねる。
「ああ」
「やめとけ」
「なんでだ?」
「もうすぐ兵が向かう」
「兵?」
兵士が。
笑った。
「サナダとかいう賊も」
「もう終わりだ」
「へえ」
商人も。
笑った。
「そいつは怖いな」
荷車が。
門を抜ける。
その日の夕刻。
別の街へ。
そして。
次の日。
さらに別の男へ。
話が。
渡った。
◇ ◇ ◇
上田。
「殿」
幸村が。
顔を上げた。
そこに。
佐助が立っていた。
「来るぜ」
「ほう」
六郎が。
地図を広げる。
「どこからじゃ?」
「三つ」
佐助が。
地図を指差す。
「ここと」
指が動く。
「ここ」
さらに。
「こいつだ」
六郎が。
目を細める。
「三家……」
「兵数は?」
「まだ集めてる途中だが」
佐助が。
腕を組む。
「全部合わせて二千五百ってところだな」
「いつ来る?」
「十日後に軍を合わせるらしい」
「十日」
幸村が。
呟いた。
六郎と。
目が合う。
「随分と」
六郎が。
笑った。
「時間をくださるようで」
幸村も。
笑った。
「ならば」
立ち上がる。
「支度をしようか」
◇ ◇ ◇
それから。
上田が。
動いた。
兵糧が運ばれ。
荷車が集められ。
武具が配られた。
街道を。
佐助の手の者が走る。
村から。
村へ。
伝令が飛ぶ。
傭兵たちが。
武器を確認する。
そして。
広場では。
長槍を持った男たちが。
並んでいた。
「構え!」
穴山小助の号令。
長槍が。
一斉に前へ出る。
三月前とは。
違う。
まだ。
完璧ではない。
それでも。
槍先は。
揃っていた。
「よし!」
小助が。
声を張る。
「次!」
その様子を。
幸村と六郎が。
見ていた。
「使えそうじゃな」
「は」
六郎が。
頷く。
「されど」
「この者たちは民にございます」
「分かっておる」
幸村が。
答える。
「無理はさせぬ」
「村を守らせよ」
「街道を守らせよ」
「敵を見れば知らせよ」
「兵糧を運ばせよ」
そして。
長槍を構える男たちを見る。
「されど」
「敵が村へ来たならば」
幸村の目が。
細くなる。
「己の家族を守るくらいは」
「出来た方がよかろう」
「御意」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
幸村たちは。
一室に集まっていた。
地図の上に。
駒が並べられている。
「敵はここで合流」
佐助が。
指を置く。
「その後、この街道を通ってくるはずだ」
「ならば」
六郎が。
別の場所を指差す。
「迎えるならば、この辺りがよろしいかと」
「うむ」
幸村が。
頷く。
「小助」
「は!」
「民兵は任せる」
「はっ!」
「十蔵」
「は」
幸村が。
十蔵の種子島を見る。
「お主は好きに動け」
十蔵が。
にやりと笑った。
「承知」
「甚八」
「は!」
「兵糧と荷駄を頼む」
「お任せを」
幸村が。
三好兄弟を見る。
「清海」
「はっ!」
「伊三」
「はっ!」
「お主らは」
「わしの側を離れるな」
「お任せくだされ!」
清海が。
胸を叩く。
「殿には指一本触れさせませぬ!」
「某も!」
伊三も。
胸を張る。
「待たれよ」
声が。
割って入った。
鎌之助だった。
「なんじゃ?」
幸村が見る。
鎌之助が。
三好兄弟を。
横目で見る。
「殿」
一歩。
前へ出た。
「側周りは」
三好兄弟を指差す。
「この木偶の坊どもではなく」
胸を張る。
「某にお任せくだされ」
「誰が木偶の坊じゃ!」
清海が。
立ち上がった。
「そうじゃ!」
伊三も。
立ち上がる。
「兄者は木偶の坊じゃが、わしは違う!」
「伊三!?」
清海が。
弟を見る。
「何を言っておる!」
「間違えた!」
「何をどう間違えるのじゃ!」
鎌之助が。
鼻で笑う。
「二人とも同じじゃ」
「なんじゃと!」
「殿の側におっても」
鎌之助が。
腕を組む。
「どうせ飯のことしか考えておらぬではないか」
「失礼な!」
清海が。
腹を叩く。
「戦の最中は飯のことなど考えぬ!」
「ほう?」
「戦が終わった後の飯を考えておる!」
「同じではないか!」
「違うわ!」
「何が違う!」
「殿!」
清海が。
幸村を見る。
「某にお任せくだされ!」
「殿!」
鎌之助も。
幸村を見る。
「某に!」
「兄者だけでは不安でござる!」
「伊三!」
「ならば伊三は鎌之助と行け!」
「何故じゃ!」
「殿!」
「殿!」
「殿!」
「……」
幸村が。
六郎を見る。
六郎は。
地図から。
顔を上げなかった。
「六郎」
「某を巻き込まないでくだされ」
「まだ何も言っておらぬぞ」
「分かりまする」
幸村が。
三人を見る。
「全員おればよかろう」
「それでは決着がつきませぬ!」
三人の声が。
揃った。
「……何の決着じゃ」
佐助が。
隅で笑っていた。
◇ ◇ ◇
その頃。
別の場所でも。
軍議が。
開かれていた。
ただし。
こちらの大将は。
小さかった。
「皆を集めろ!」
銭が。
言った。
「また何する気だよ」
アーニーが。
嫌そうな顔をする。
銭が。
真剣な顔で。
答えた。
「戦じゃ!」
「……イクサ?」
アーニーが。
首を傾げる。
「なんだ、それ?」
「戦は戦じゃ!」
「だから分かんねえって!」
「む……」
銭が。
少し考える。
「敵が来るのであろう?」
「ああ」
「ならば戦じゃ!」
「戦うってことか?」
「そうじゃ!」
「最初からそう言えよ!」
銭が。
棒を持って。
立ち上がる。
「皆を集めるのじゃ!」
「だから何するんだよ!」
「決まっておる!」
◇
しばらくして。
銭の前に。
子供たちが。
並んでいた。
女の子たち。
男の子たち。
そして。
一番前には。
腕を組んだアーニー。
「よいか!」
銭が。
棒を。
地面へ突き立てる。
「殿たちは敵と戦う!」
子供たちが。
頷く。
「ならば!」
銭が。
胸を張った。
「我らも!」
「上田を守る!」
「おお!」
子供たちから。
声が上がる。
「今日より!」
銭が。
棒を。
空へ掲げた。
「真田家童組は!」
一拍。
「上田防衛隊じゃ!」
「おおおー!!」
子供たちが。
拳を上げる。
アーニーだけが。
眉をひそめた。
「勝手に名前変えるなよ……」
「変えておらぬ!」
「じゃあ童組はどこ行ったんだよ!」
「童組であり!」
銭が。
胸を張る。
「上田防衛隊でもある!」
「増えたのかよ!」
「そうじゃ!」
「なんで得意げなんだよ!」
その時。
「何をしておられるのです?」
声が。
した。
「む?」
銭が。
振り返る。
六郎だった。
子供たちを見る。
棒。
木の板。
鍋の蓋。
それぞれが。
武器らしき物を持っている。
六郎が。
目を細めた。
「……銭殿?」
「ちょうどよいところに来た!」
銭が。
胸を張る。
「上田防衛隊じゃ!」
「……」
六郎が。
アーニーを見る。
「俺に聞くなよ」
六郎が。
小さく息を吐く。
「銭殿」
「なんじゃ?」
「敵と戦うおつもりですか?」
「当然じゃ!」
「なりませぬ」
「何故じゃ!」
即答だった。
銭が。
頬を膨らませる。
「俺たちも上田の者じゃ!」
「上田を守る!」
六郎が。
少し。
黙った。
そして。
子供たちを見る。
「……では」
「役目を差し上げましょう」
銭の顔が。
輝いた。
「まことか!」
「は」
六郎が。
指を一本立てる。
「水を運ぶ」
もう一本。
「食べ物を運ぶ」
さらに。
「幼い子や老人を、安全な場所へ連れていく」
「……」
銭の顔が。
曇る。
「敵とは戦わぬのか?」
「戦いませぬ」
「……」
露骨に。
不満そうな顔をした。
六郎が。
しゃがむ。
銭と。
目を合わせる。
「殿が戦っている間」
「上田の民を守るのです」
「……」
「それが」
「上田防衛隊の役目ではございませぬか?」
銭が。
六郎を見る。
「それも」
「戦か?」
六郎が。
微笑んだ。
「立派な戦にございます」
「……!」
銭が。
振り返る。
棒を。
高く掲げた。
「聞いたか!」
「童組!」
「俺たちは!」
「上田を守るぞ!」
「おおおー!!」
子供たちの声が。
響く。
アーニーが。
頭を掻いた。
「結局やるのかよ……」
◇ ◇ ◇
十日後。
上田領境。
朝。
地面が。
微かに震えていた。
丘の向こうから。
旗が。
現れる。
一つ。
二つ。
三つ。
続いて。
兵。
兵。
兵。
三つの領地から集められた。
二千五百の軍勢。
その先頭で。
一人の貴族が。
前を見る。
「見えたぞ!」
兵士が。
叫ぶ。
「ウエダです!」
「ようやくか」
貴族が。
息を吐く。
「さっさと終わらせるぞ」
「はっ!」
丘を。
越える。
そして。
貴族の顔から。
笑みが消えた。
「……なんだ?」
街道の先。
人が。
並んでいた。
長い槍。
整えられた隊列。
傭兵たち。
旗。
そして。
中央に。
赤備え。
六文銭。
「……」
貴族が。
馬を止める。
「何故だ?」
まだ。
上田へ。
足を踏み入れてすらいない。
なのに。
敵がいる。
いや。
違う。
待っていた。
まるで。
自分たちが。
いつ。
どこから。
何人で来るのか。
全て。
知っていたかのように。
真田軍。
その中央。
馬上に。
真田幸村がいた。
幸村が。
ゆっくりと。
槍を取る。
その後ろで。
長槍が。
上がった。
ザッ。
一斉に。
揃った。
三月前なら。
出来なかった。
一つの軍として。
幸村が。
迫る軍勢を見つめる。
そして。
笑った。
「皆の者」
「客人じゃ」
上田。
初めての。
防衛戦が。
始まろうとしていた。




