真田の地
領主館。
先ほどまで。
刃と怒号が飛び交っていた場所に。
静けさが戻っていた。
幸村は。
集まった者たちを見渡した。
真田十勇士。
そして。
ここまで共に戦った者たち。
皆。
傷だらけだった。
血に濡れ。
煤にまみれ。
立っているのがやっとの者もいる。
それでも。
誰一人。
俯いてはいなかった。
幸村が。
槍を高く掲げる。
「六郎!」
「はっ!」
六郎が。
一歩前へ出た。
幸村が。
笑う。
「勝ち鬨じゃ!」
六郎の顔にも。
僅かに笑みが浮かんだ。
刀を。
高く掲げる。
「えい! えい!」
「「「応!!」」」
十勇士の声が。
領主館に響き渡った。
その後ろ。
傭兵たちが。
顔を見合わせる。
「……?」
「なんだ?」
「知らん」
「だが……」
一人が。
十勇士を見る。
「やるんだろ?」
「たぶんな」
六郎が。
再び。
刀を掲げる。
「えい! えい!」
「「「応!!」」」
「「「……お、応!」」」
少し遅れて。
傭兵たちの声が重なった。
佐助が。
振り返る。
「合ってるような、合ってねえような」
清海が。
豪快に笑った。
「ガハハハハ!」
「声が出ておればよい!」
「そういうもんか?」
「そういうものじゃ!」
六郎が。
三度。
刀を掲げた。
「えい! えい!」
今度は。
十勇士だけではない。
「「「応!!!」」」
傭兵たちも。
同時に声を上げた。
轟く勝ち鬨が。
領主館を震わせる。
その声は。
館を越え。
夜の街へと。
響いていった。
やがて。
声が収まる。
「殿」
六郎が。
幸村の前へ出た。
「なんじゃ」
「この無主の地」
六郎が。
静かに問う。
「いかがなされます」
「……」
幸村が。
六郎を見る。
「領主は死にました」
「兵も散り散り」
六郎が。
館の外へ目を向ける。
「このままでは、いずれ盗賊や魔物が入り込みましょう」
「……」
「そうなれば」
六郎が。
幸村を見る。
「苦しむのは民にございます」
「……」
幸村は。
目を閉じた。
しばし。
考える。
その脳裏に。
一人の男が浮かんだ。
真田昌幸。
「……親父殿なら」
幸村が。
ぽつりと呟く。
六郎が。
首を傾げた。
「大殿が、いかがなされました」
幸村が。
目を開ける。
「喜んでこの地を得るであろうな」
「……」
六郎が。
僅かに笑った。
「左様でございましょうな」
幸村も。
笑う。
「ならば決まりじゃ」
槍を。
肩へ担ぐ。
「この地」
幸村が。
皆を見渡した。
「今日より、真田の地とする」
「御意」
六郎が。
静かに頭を下げた。
清海も。
伊三も。
十蔵も。
甚八も。
それに続く。
その中。
一人だけ。
何か言いたそうな男がいた。
「……」
佐助。
幸村が。
それに気づく。
「なんじゃ、佐助」
「いや……」
佐助が。
頭を掻いた。
「一つ気になったんですがね」
「申せ」
「王国ってのは」
佐助が。
周囲を見る。
「勝手に土地を取っていいんですかい?」
「……」
幸村が。
黙った。
その横から。
大きな笑い声が響く。
「ガハハハハ!」
清海。
「佐助は物を知らんな!」
「あ?」
清海が。
胸を張った。
「敵将を討ち取れば、その地は討ち取った者のもの!」
「古今東西、戦とはそういうものであろう!」
「……」
佐助が。
清海を見る。
「ここは日の本じゃねえよ」
「……」
清海が。
固まった。
「む?」
「む? じゃねえよ」
伊三が。
腕を組む。
「兄者」
「なんじゃ」
「佐助の申すことにも一理ある」
「……」
清海が。
幸村を見る。
佐助も。
幸村を見る。
伊三も。
六郎も。
いつしか。
皆の視線が。
幸村へ集まっていた。
「……」
幸村は。
しばし考える。
やがて。
ふっと微笑んだ。
「まあ」
皆が。
その言葉を待つ。
「なるようになるであろう」
「……」
甚八が。
大きく頷いた。
「流石、殿でござる」
「どこがだよ!」
佐助の声が。
領主館に響いた。
*
皆が笑う中。
六郎だけは。
すでに別のことを考えていた。
「佐助」
「へい」
佐助が。
振り返る。
「手の者を貸せ」
「何人ほど?」
「動ける者すべてじゃ」
六郎は。
部屋に残されていた机へ向かう。
「この地を調べよ」
「街の大きさ」
「周囲の村」
「民の数」
「食糧」
「兵」
「倉」
六郎が。
一つ一つ挙げていく。
「それから」
佐助を見る。
「民が何に困っておるか」
「……」
佐助の顔から。
笑みが消えた。
「承知」
踵を返す。
「行くぞ」
その声に。
数人の者が。
音もなく続いた。
幸村は。
それを見送る。
六郎は。
すでに机へ座っていた。
紙を広げ。
筆を取る。
さらさらと。
文字を書き始めた。
清海が。
その横から覗き込む。
「ご家老様」
「なんじゃ」
「何を書いておる」
「御触れじゃ」
「御触れ?」
六郎の筆が。
止まる。
書かれた文字。
この地は。
今日より。
真田が治める。
六郎は。
書き終えた紙を取る。
「誰か」
「はっ!」
傭兵たちが。
前へ出た。
六郎が。
御触れを差し出す。
「これを街へ」
「人の集まる場所へ立てて参れ」
「はっ!」
一人の男が。
紙を受け取った。
書かれた文字を見る。
「……真田」
そして。
幸村を見る。
男が。
僅かに笑った。
「真田の地、か」
紙を。
強く握る。
「悪くねえ」
「行くぞ!」
「おう!」
傭兵たちが。
部屋を出ていく。
六郎は。
すぐに次の紙を広げた。
「さて……」
筆を。
再び走らせる。
その横で。
幸村が。
感心したように眺めていた。
「六郎」
「はっ」
「頼もしいのう」
「……」
六郎の筆が。
止まった。
ゆっくり。
幸村を見る。
「殿」
「なんじゃ」
「誰のせいで忙しいとお思いですか」
「……」
幸村が。
そっと。
目を逸らした。
*
オルレーヌ王国。
王都。
王城。
その最奥。
王の間。
高い天井。
巨大な柱。
豪奢な装飾。
その中央。
玉座には。
一人の男が座っていた。
その周囲には。
王国の重臣たち。
「陛下!」
大扉が。
開いた。
一人の伝令が。
駆け込んでくる。
玉座の前まで進み。
膝をついた。
「火急の報せにございます!」
王の傍ら。
一人の男が。
手を差し出した。
「こちらへ」
伝令が。
書状を渡す。
王国宰相。
宰相は。
封を切った。
「……」
書状へ。
目を走らせる。
玉座から。
声が飛ぶ。
「何事だ」
宰相が。
顔を上げた。
「陛下」
一礼。
「子爵領にて、反乱が起きたとのことでございます」
「反乱?」
王が。
眉をひそめた。
「はい」
宰相が。
書状へ目を落とす。
「武装した集団が領内へ侵入したと」
「……」
王が。
小さく息を吐いた。
「あれほど申しておったものを」
宰相が。
王を見る。
「あの男には」
王が。
玉座へ身体を預ける。
「下民どもを甘やかすなとな」
「まったくでございます」
宰相が。
笑った。
「子爵は優しすぎるのです」
王も。
口元を緩める。
「だから、このようなことになる」
「左様でございますな」
二人の笑い声が。
王の間に。
小さく響いた。
その少し離れた場所。
一人の男が。
黙って立っていた。
王国騎士団長。
「……」
何も。
言わない。
ただ。
握られた拳に。
僅かに力が入る。
そして。
苦虫を噛み潰したような顔で。
静かに。
俯いていた。




