銭の大冒険①
ベルナールの街。
昼下がり。
街の片隅で。
二人の子供が。
向かい合っていた。
一人は。
黒髪の少女。
銭。
その正面には。
銭より。
頭一つほど大きな少年。
少年が。
拳を構えた。
「さっきはやられたけどな!」
銭を。
びしっと指差す。
「今度はやられねえぞ!」
「……」
銭が。
腕を組む。
少年を。
じっと見る。
そして。
小さく頷いた。
「そこまで申すなら」
一歩。
前へ出る。
「相手をしてやるろう」
噛んだ。
「……」
銭は。
何事もなかったように。
胸を張った。
「お、おう!」
少年も。
拳を握る。
「来い!」
「待て」
銭が。
片手を上げた。
「なんだよ!」
「名乗れ」
「……は?」
少年が。
ぽかんとする。
「さっき言ったじゃねえか」
「戦の前は」
銭が。
真顔で言った。
「名乗るものであろう」
「……そうなのか?」
「そうだ」
銭が。
自信満々に頷く。
「清海もそうしておった」
「十蔵もそうしておった」
「ゆえに」
小さな胸を張る。
「戦の前は名乗るのだ」
「……」
少年が。
頭を掻いた。
「分かったよ」
そして。
見よう見まねで。
胸を張る。
「ベルナールの街!」
一度。
大きく息を吸う。
「ヒノモト傭兵団、カーンが三男!」
拳を。
前へ突き出した。
「アーニー、参る!」
「……」
銭が。
満足そうに頷いた。
今度は。
自分の番。
一歩。
前へ出る。
「真田家!」
アーニーが。
身構える。
「童組!」
「……?」
銭が。
腰へ手を当てた。
「組長!」
さらに。
胸を張る。
「真田銭、参る!」
「おう!」
アーニーが。
地面を蹴った。
「今度こそ負けねえ!」
真っ直ぐ。
銭へ向かって。
走る。
「うおおおおっ!」
「……」
銭は。
動かない。
アーニーが。
拳を振り上げる。
「もらったぁ!」
その瞬間。
銭の身体が。
僅かに沈んだ。
「へ?」
くるり。
アーニーの身体が。
宙を舞った。
ドサッ!
「……」
仰向け。
アーニーが。
空を見る。
何が起きたのか。
分かっていない。
銭が。
その横に立つ。
「勝負ありじゃ」
「まだだ!」
アーニーが。
飛び起きた。
「もう一回!」
「よかろう」
「うおおおお!」
ドサッ!
「もう一回!」
ドサッ!
「まだだ!」
ドサッ!
「もういっ――」
「弱い」
「言うな!」
少し離れた場所。
同じくらいの年頃の。
女の子が。
目を輝かせていた。
「銭ちゃん、すごい!」
一方。
アーニーの後ろでは。
数人の男の子たちが。
肩を落としている。
「兄貴……」
「また負けた……」
「うるせえ!」
アーニーが。
地面へ座り込んだ。
「次は勝つ!」
銭が。
腕を組む。
「何度やっても同じじゃ」
「次は違う!」
「先ほども聞いたぞ」
「今度こそ違う!」
「ならば」
銭が。
ふんと鼻を鳴らす。
「また相手をしてやろう」
「おう!」
その時。
「銭ちゃん!」
声が。
響いた。
「……?」
銭が。
振り返る。
一人の少女が。
こちらへ向かって。
走ってくる。
「銭ちゃん!」
先ほどまで。
銭の勝利を喜んでいた少女とは。
別の子供。
その顔は。
涙で。
ぐしゃぐしゃだった。
「どうした」
「おばあちゃんが……」
少女が。
息を切らす。
銭の袖を。
ぎゅっと掴んだ。
「うちのおばあちゃんが、病気で死にそうなの!」
「……!」
銭の顔から。
得意げな表情が消えた。
「薬は?」
「ないの……」
少女が。
首を振る。
「この街には、薬師様も魔法使い様もいないの」
「いつもはどうしてるんだ?」
「森にある薬草を取ってきて……」
涙を。
腕で拭う。
「煎じて飲ませるの」
「ならば」
銭が。
首を傾げる。
「取ってくればよかろう」
「できないの!」
少女の目から。
また。
涙が溢れた。
「大人たちが領主様に連れて行かれて……」
「……」
「薬草を取りに行ける人が、誰もいないの……!」
少女が。
泣き出す。
「おばあちゃん……」
「死んじゃうよぉ……」
「……」
銭は。
黙っていた。
泣いている少女を見る。
そして。
街の向こう。
遠くに見える森へ。
目を向けた。
「どこにある」
「……え?」
少女が。
顔を上げる。
「その薬草じゃ」
「森の……奥」
「お主は場所を知っておるのか?」
「う、うん」
「ならば」
銭が。
胸を張った。
「案内せよ」
「え?」
「案ずるな」
腰へ。
両手を当てる。
「真田家童組組長」
一拍。
「銭が取ってきてやる!」
「ええっ!?」
少女だけではない。
周囲の子供たちまで。
声を上げた。
「待てよ!」
後ろから。
アーニーが叫ぶ。
銭が。
振り返る。
「なんだ」
アーニーが。
立ち上がる。
服についた土を。
ぱんぱんと払った。
「森に行くんだろ?」
「そうだ」
「なら俺も行く」
「……」
銭が。
アーニーを見る。
しばし。
考える。
そして。
大きく頷いた。
「よし」
アーニーを。
指差す。
「ならば、お主を第三の子分にしてやる」
「ならねーよ!」
即答だった。
「……?」
銭が。
首を傾げる。
「なんでだ」
「なんでって……」
アーニーが。
銭を指差した。
「そもそも第三の子分ってなんだよ!」
「決まっておろう」
銭が。
指を一本立てる。
「清海」
もう一本。
「伊三」
そして。
三本目。
アーニーを指差す。
「その次だから、お主が三番目じゃ」
「……」
アーニーが。
目を丸くする。
「あのでっけえ二人、お前の子分だったのかよ!?」
「そうだ」
銭が。
迷いなく頷いた。
「違うと思うぞ!」
「なぜだ」
「どう見ても逆だろ!」
「……?」
銭には。
何がおかしいのか。
分からなかった。
「それより……」
薬草の場所を知る少女が。
森を見る。
「本当に行くの?」
「無論じゃ」
「でも……」
少女の顔が。
不安に曇る。
「森にはモンスターがいるよ」
「もんすたー?」
「うん……」
アーニーの後ろ。
一人の少年も。
不安そうに口を開いた。
「大人がいないと、まずいよ」
別の少年も。
頷く。
「俺たちだけじゃ危ないって」
「大人を探そうよ……」
「でも」
少女が。
泣きそうな顔になる。
「今、街に動ける大人なんて……」
「……」
子供たちが。
黙り込んだ。
その時。
銭が。
辺りを見回した。
「む」
何かを。
見つける。
道端へ。
歩いていく。
そして。
落ちていた一本の棒を。
拾い上げた。
銭の背丈ほどある。
真っ直ぐな棒。
両手で握る。
ブン。
振ってみる。
もう一度。
ブン。
「うむ」
銭が。
満足そうに頷いた。
「これで大丈夫だ」
「……」
子供たちが。
棒を見る。
銭を見る。
また。
棒を見る。
アーニーが。
口を開いた。
「それ……」
「なんだ」
「棒だぞ?」
「知っておる」
「モンスターがいるんだぞ?」
「うむ」
銭が。
棒を肩へ担いだ。
「だから拾った」
「……」
誰一人。
安心していなかった。
「やっぱりやめようよ……」
少年の一人が。
呟く。
「モンスターに食べられちゃうよ」
「俺も……」
「怖いよ……」
子供たちが。
ざわめき始める。
「うるせえ!」
アーニーが。
一喝した。
「……!」
皆が。
黙った。
「怖い怖いって言ってたら、薬草取れねえだろ!」
「でも兄貴……」
「でもじゃねえ!」
アーニーが。
森を見る。
「……」
僅かに。
顔が引きつる。
銭が。
その顔を覗き込んだ。
「アーニー」
「な、なんだよ」
「お主も怖いのか?」
「こ、怖くねえよ!」
「そうか」
銭が。
満足そうに頷く。
「流石、三番目の子分じゃ」
「だから子分じゃねえ!」
「では」
銭が。
棒を肩に担いだまま。
歩き出す。
「参るぞ」
「お、おう!」
アーニーが。
その隣へ並んだ。
薬草の場所を知る少女が。
二人を見る。
「……」
涙を。
ごしごしと拭った。
そして。
二人の後を。
追いかける。
アーニーの子分たちも。
顔を見合わせた。
「兄貴、行っちゃったぞ」
「どうする?」
「……」
「……行くしかねえだろ」
一人。
また一人。
走り出す。
こうして。
銭。
アーニー。
薬草の場所を知る少女。
そして。
数人の子供たち。
小さな一行が。
街を出た。
*
森の前。
巨大な木々が。
空を覆っていた。
街から見ていた時よりも。
ずっと。
暗い。
「……」
子供たちが。
森を見上げる。
先ほどまで。
威勢のよかったアーニーも。
黙っている。
銭だけが。
棒を肩に担ぎ。
森を見ていた。
「ここか」
少女が。
小さく頷く。
「うん……」
「薬草は?」
「もっと奥」
「そうか」
銭が。
一歩。
前へ出る。
森から。
冷たい風が。
吹いた。
木々が。
ざわざわと揺れる。
「……」
銭が。
森の奥を見る。
暗い。
その先は。
何も見えない。
後ろでは。
誰かが。
ごくりと唾を飲んだ。
銭が。
棒を握り直す。
そして。
胸を張った。
「童組」
子供たちが。
銭を見る。
「参るぞ!」
「お、おう!」
銭が。
森へ。
一歩。
足を踏み入れた。
アーニーが。
続く。
そして。
子供たちも。
一人。
また一人。
森の中へ。
消えていった。




