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伊賀対伊賀

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カンッ!


一本の苦無が。


錠前へ突き刺さった。


「……」


才蔵の目が。


静かに細くなる。


牢の中。


鎌之助も。


壁から身体を離した。


「才蔵」


「分かっておる」


薄暗い地下牢。


静寂。


才蔵は。


錠前からゆっくりと手を離した。


足音は。


聞こえない。


気配も。


ほとんどない。


だが。


いる。


通路の奥。


松明の炎が。


僅かに揺れた。


「ほう」


声がした。


「今ので死なぬか」


低い声。


闇の中から。


一人の男が姿を現した。


黒装束。


腰には刀。


男は。


錠前に刺さった苦無を見る。


そして。


才蔵を見た。


「ここを張っておれば、いずれ真田の者が来るとは思うておったが」


僅かに。


口元を緩める。


「百地のところの小倅が来るとはな」


才蔵の眉が。


動いた。


「……爺様を知っておるのか」


「知っておるとも」


男が。


ゆっくりと歩いてくる。


「百地三太夫」


一度。


足を止める。


「同門じゃ」


「ならば」


才蔵が。


腰を落とした。


右手が。


苦無へ伸びる。


「貴様も伊賀か」


「いかにも」


男の手が。


刀の柄へ触れた。


「徳川家臣」


ゆっくりと。


刀を抜く。


「二代目服部半蔵、正成」


才蔵の目が。


細くなった。


「服部……半蔵」


牢の中。


鎌之助が。


鉄格子を掴む。


「徳川の犬か」


半蔵が。


鎌之助を見る。


「女ながら、口だけは達者よな」


「ここを出たら、その口が達者かどうか確かめてやるわ」


「鎌之助」


才蔵は。


半蔵から目を離さない。


「黙っておれ」


「何じゃと」


「こやつ」


才蔵の手に。


苦無が現れる。


「強いぞ」


半蔵の口元が。


僅かに上がった。


次の瞬間。


消えた。


「!」


才蔵が。


身体を沈める。


ヒュン!


刃が。


髪を掠めた。


才蔵が。


床を蹴る。


同時に。


苦無を放つ。


ヒュッ!


半蔵が。


僅かに首を傾けた。


一本目が。


通り過ぎる。


だが。


その先。


すでに。


二本目が飛んでいた。


「取った」


カンッ!


刀が。


苦無を弾いた。


「……!」


才蔵の目が。


見開かれる。


半蔵は。


一歩も動いていなかった。


「一投目で儂を動かし」


「その先へ二投目」


半蔵が。


刀を下げる。


「悪くない」


才蔵が。


苦無を構え直す。


「じゃが」


半蔵の姿が。


消えた。


「伊賀では」


声が。


背後。


「それを読んでからが始まりよ」


「!」


才蔵が振り返る。


ガキン!!


苦無と刀。


火花が散った。


重い。


才蔵の腕が。


弾かれる。


半蔵の足が。


腹へ入った。


ドッ!!


「ぐっ!」


才蔵の身体が。


吹き飛んだ。


その先。


鎌之助の牢。


ガンッ!!


鉄格子へ。


背中から叩きつけられる。


「才蔵!」


鎌之助が。


鉄格子へ寄る。


「騒ぐな」


才蔵が。


小さく呟いた。


半蔵からは。


見えない位置。


才蔵の左手が。


動く。


錠前。


先ほど。


半蔵が投げた苦無が。


まだ刺さっている。


才蔵が。


それを掴んだ。


僅かに。


捻る。


カチッ。


小さな音。


錠が。


外れた。


鎌之助の目が。


僅かに動く。


才蔵は。


何も言わない。


鎌之助も。


何も言わない。


才蔵が。


ゆっくりと立ち上がる。


「なるほど」


腹を押さえ。


半蔵を見る。


「服部半蔵とは、この程度か」


半蔵の眉が。


僅かに動いた。


「ほう」


「もっと大した男かと思うておったわ」


「……面白い」


半蔵の目が。


才蔵だけを見る。


その後ろ。


鎌之助が。


音を立てぬよう。


外れた錠前へ。


そっと手を添えた。



才蔵が。


走る。


右。


苦無。


カンッ!


左。


手裏剣。


キンッ!


半蔵が。


刀で弾く。


その間に。


才蔵が懐へ入った。


低い。


床を這うような姿勢。


苦無が。


半蔵の脇腹へ走る。


「もらった!」


半蔵の身体が。


僅かに動いた。


シュッ!


苦無が。


黒装束を掠める。


だが。


手応えがない。


「なっ――」


背後。


「遅い」


ザシュッ!


「ぐっ!」


才蔵の肩が。


裂けた。


血が。


床へ落ちる。


才蔵が。


振り向きざまに苦無を振るう。


半蔵は。


すでにいない。


「……」


才蔵が。


呼吸を整える。


半蔵は。


数歩離れた場所に立っていた。


傷一つ。


ない。


「どうした」


半蔵が。


刀を構える。


「百地の小倅」


才蔵が。


笑った。


「せっかちな爺じゃ」


苦無を。


握り直す。


「まだ始まったばかりであろう」


再び。


二人が動いた。


キンッ!


カンッ!


ガキン!!


暗い地下牢に。


刃の音だけが響く。


才蔵が斬る。


半蔵がかわす。


才蔵が投げる。


半蔵が弾く。


そして。


半蔵の刃が。


返ってくる。


ザシュッ!


才蔵の左腕。


新しい傷。


ヒュッ!


苦無。


才蔵が。


頭を沈める。


一本目。


避ける。


二本目。


ザクッ!


「ぐっ!」


左肩へ。


突き刺さった。


三本目。


身体を捻る。


頬を掠める。


血が飛ぶ。


才蔵は。


肩に刺さった苦無を抜いた。


カラン。


床へ落とす。


半蔵が。


静かに見ている。


「まだ立つか」


「当たり前じゃ」


才蔵が。


笑う。


だが。


呼吸は。


少しずつ荒くなっていた。


半蔵が。


踏み込む。


才蔵も。


前へ出る。


ガキン!!


刀と苦無。


才蔵が。


押し返される。


一歩。


二歩。


三歩。


刃を合わせる度に。


傷が増えるのは。


才蔵だけ。


右腿。


苦無。


左腕。


手裏剣。


肩。


頬。


脇腹。


刀傷。


半蔵には。


傷一つない。


それでも。


才蔵は。


致命傷だけは避けていた。


首。


心の臓。


腹。


そこだけは。


刃を通させない。


半蔵の目が。


僅かに細くなる。


「なるほど」


才蔵が。


血に濡れた苦無を構える。


「何じゃ」


「すべて」


半蔵が。


刀を向ける。


「急所だけは外しておるな」


「当たり前じゃ」


才蔵が。


口元の血を拭う。


「死んでは殿に叱られるのでな」


半蔵が。


僅かに笑った。


「減らず口は百地譲りか」


「爺様ほどではない」


「それは違いない」


一瞬。


二人の間から。


殺気が消えた。


だが。


次の瞬間。


ヒュッ!


手裏剣。


才蔵が。


首を傾ける。


頬を掠める。


その影から。


半蔵。


「!」


ガキン!!


才蔵が。


苦無で受ける。


重い。


膝が。


沈む。


「ぐっ……!」


半蔵が。


押し込む。


「才はある」


刀が。


少しずつ。


才蔵の首へ近づく。


「じゃが」


才蔵の腕が。


震える。


「若い」


半蔵の目が。


才蔵を捉える。


「経験が足りぬ」


才蔵が。


歯を食いしばる。


突然。


力を抜いた。


「む?」


身体を沈める。


刀の下を。


潜った。


そのまま。


壁を蹴る。


半蔵の頭上。


苦無を。


振り下ろす。


半蔵が。


刀で受けた。


ガキン!!


「面白い」


半蔵が。


才蔵の腕を掴む。


「じゃが」


身体を。


投げた。


ドンッ!!


才蔵が。


床へ叩きつけられる。


「ぐっ!」


半蔵が。


一歩下がった。


そして。


壁を蹴る。


「……!」


才蔵の目が。


見開かれる。


同じ。


今。


自分が使った動き。


だが。


速い。


無駄がない。


半蔵が。


頭上から刀を振り下ろす。


才蔵が。


転がる。


ザンッ!!


床へ。


刃が食い込んだ。


「こう使う」


「……っ」


才蔵が。


立ち上がる。


息が。


荒い。


血が。


落ちる。


ポタ。


ポタ。


あと。


数分。


才蔵は。


冷静にそう見積もった。


それ以上は。


身体が動かぬ。


いや。


数分も。


持つかどうか。


目の前。


半蔵。


息一つ。


乱れていない。


苦無。


手裏剣。


刀。


何を使っても。


一度として。


この男の身体に届いていない。


「化け物め」


才蔵が。


呟いた。


「ようやく分かったか」


「いや」


才蔵が。


笑う。


「面白くなってきたと思うてな」


半蔵の眉が。


僅かに動いた。


「まだ笑うか」


「これほどの忍とやり合えるのじゃ」


血に濡れた苦無を。


構える。


「笑わずしてどうする」


「……」


半蔵が。


刀を構えた。


「百地め」


僅かに。


口元が緩む。


「とんでもない小倅を育てたものよ」


二人が。


再び動いた。


ガキン!!


一合。


ザシュッ!


才蔵の胸。


二合。


カンッ!


手裏剣を弾く。


三合。


ザクッ!


苦無が。


才蔵の腿へ刺さった。


「ぐっ!」


才蔵の身体が。


僅かに崩れる。


半蔵が。


踏み込む。


「終いじゃ」


刀が。


振り上げられた。


才蔵が。


顔を上げる。


避けられない。


その時。


カチャ。


半蔵の背後。


鉄格子が。


静かに開いた。


だが。


半蔵は。


振り返らない。


その意識は。


完全に才蔵へ向いている。


鎌之助が。


牢から出る。


顔は腫れ。


着物は裂け。


身体中に傷。


長く囚われ。


立っているだけでも。


やっと。


それでも。


一歩。


二歩。


音を殺して。


近づく。


半蔵の刀が。


才蔵へ振り下ろされる。


その瞬間。


「ぬおおおおっ!」


「!」


二本の腕が。


半蔵の身体へ巻きついた。


「なにっ!」


鎌之助。


背後から。


半蔵を抱え込む。


「貴様!」


半蔵の肘が。


鎌之助の脇腹へ入った。


ドッ!


「ぐっ……!」


鎌之助の身体が。


揺れる。


だが。


離さない。


「離せ!」


ドッ!!


もう一撃。


鎌之助の口から。


血が落ちた。


「……誰が」


腕へ。


さらに力を込める。


「離すか!」


半蔵の動きが。


止まった。


ほんの。


一瞬。


才蔵の目が。


動く。


首。


違う。


心の臓。


違う。


倒す必要はない。


鎌之助を。


連れて帰る。


それだけ。


才蔵が。


地を這うように飛び込んだ。


狙うは。


足。


苦無が。


半蔵の足首を走った。


ザシュッ!!


「ぐっ!」


半蔵の身体が。


初めて崩れた。


腱。


深く。


斬られている。


だが。


半蔵は。


倒れながら腕を振った。


ヒュッ!


「才蔵!」


苦無。


才蔵が。


身体を捻る。


ザクッ!


肩へ刺さった。


「ぐっ!」


それでも。


止まらない。


「鎌之助!」


「おう!」


鎌之助が。


半蔵を突き飛ばす。


才蔵が。


鎌之助の腕を取る。


「行くぞ!」


「言われずとも!」


二人が。


走り出す。


「待て!」


半蔵が。


立ち上がろうとする。


右足。


力が入らない。


膝が。


床へ落ちる。


「……!」


才蔵が。


一度だけ。


振り返った。


目が合う。


半蔵。


才蔵。


何も。


言わない。


そして。


才蔵は。


鎌之助を連れて。


闇の中へ消えた。



地下牢に。


静寂が戻った。


半蔵が。


壁へ背を預ける。


斬られた足を見る。


深い。


追うことは。


できない。


「……」


半蔵は。


傷口を押さえた。


首ではない。


心の臓でもない。


勝とうとも。


しなかった。


己では勝てぬと悟った瞬間。


追撃だけを。


奪った。


そして。


目的を果たし。


消えた。


「百地め」


半蔵が。


僅かに笑った。


「面白い小倅を残したものよ」



地下牢を抜け。


才蔵と鎌之助は。


細い通路を進んでいた。


才蔵の身体には。


いくつもの傷。


肩。


腕。


腿。


脇腹。


歩くたび。


血が。


床へ落ちる。


鎌之助も。


まともな姿ではない。


長く囚われていた身体。


さらに。


半蔵から受けた打撃。


足取りは。


覚束ない。


それでも。


二人は進む。


やがて。


地上へ続く階段が見えた。


鎌之助が。


足を止める。


「才蔵」


「なんじゃ」


「背負え」


「……」


才蔵が。


振り返った。


「何と申した」


「聞こえなんだか」


鎌之助が。


当然のように言う。


「背負え」


「断る」


即答だった。


「儂の方が重傷じゃ!」


才蔵が。


自分の身体を指差す。


「見よ! この傷を!」


「それがどうした」


「どうしたではない!」


鎌之助が。


ふらつきながら。


才蔵へ近づく。


「早う殿のもとへ参じたいのじゃ」


「それは儂も同じじゃ!」


「ならば背負え」


「なぜそうなる!」


鎌之助が。


呆れたように才蔵を見る。


「おなご一人背負えぬ男がおるか」


「……」


才蔵が。


言葉を失った。


「お主……」


「何じゃ」


「そういう時だけ、おなごになるのをやめぬか」


「儂はいつでもおなごじゃ!」


「知るか!」


しばらく。


二人が睨み合う。


「……」


「……」


才蔵が。


大きく息を吐いた。


「……乗れ」


鎌之助が。


にやりと笑う。


「最初からそう申せ」


「腹が立つのう……」


才蔵が。


鎌之助へ背を向ける。


鎌之助が。


その背へ身体を預けた。


「ぐっ……!」


才蔵の膝が。


大きく沈んだ。


「重い!」


「斬るぞ」


「怪我人を斬るな!」


「儂も怪我人じゃ」


「ならば歩け!」


「嫌じゃ」


「お主なぁ……!」


文句を言いながら。


才蔵は。


一歩。


また一歩。


階段を上がっていく。


その背で。


鎌之助が。


前を見る。


「急げ、才蔵」


「分かっておる」


「殿が待っておるぞ」


才蔵が。


僅かに笑った。


「ああ」


二人は。


幸村のもとへ。


歩き出した。

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