魔法使い
六文銭が。
領都の中を進んでいた。
先頭には幸村。
その後ろを海野六郎。
清海、伊三。
十蔵、甚八、望月、小助。
そして。
城門を突破した兵たちが続く。
街路には。
捨てられた槍。
盾。
兜。
先ほどまで城門を守っていた領兵たちが、我先にと逃げていった跡だった。
「追うな!」
海野六郎が声を上げる。
「武器を捨てた者には構うな!」
そして前方を指す。
「我らの敵は領主じゃ! 城へ向かえ!」
「応!」
力強い声が返った。
家々の扉は閉ざされている。
だが。
窓。
扉の隙間。
路地の奥。
そこかしこから。
領都の民がこちらを見ていた。
怯えた目。
不安そうな顔。
子供を抱き寄せる母親。
老人。
商人。
誰も声を発しない。
幸村は彼らを横目に見ながら進んだ。
その時。
一人の男が。
道端に落ちていた袋へ目を向けた。
破れた口から銀貨が覗いている。
男の足が。
わずかに止まった。
「触れるな」
海野六郎だった。
男が顔を上げる。
「だが――」
六郎が見る。
それだけで。
男は銀貨から手を離した。
「……分かったよ」
「我らは賊ではない」
六郎は前を向く。
「忘れるな」
再び進軍が始まる。
その様子を。
窓の奥から見ていた老人がいた。
「……取らなかった」
隣にいた女が振り返る。
「何を?」
「あの者たちだ」
老人は遠ざかっていく六文銭を見つめた。
「金を取らなかったぞ」
*
地下牢。
薄暗い通路を。
一つの影が進んでいた。
足音はない。
やがて。
影が一つの牢の前で止まる。
「鎌之助」
牢の奥。
壁にもたれていた人影が顔を上げた。
「……才蔵か」
「生きておるか」
人影が鼻で笑う。
「見れば分かろう」
鎌之助が立ち上がり。
鉄格子へ歩み寄った。
「生きておるわ。早う出せ」
「相変わらずじゃな」
才蔵が錠前の前へしゃがんだ。
「今、開ける」
手を伸ばす。
その瞬間。
ヒュッ。
才蔵が。
手を引いた。
カンッ!
一本の苦無が。
錠前へ突き刺さった。
「……」
才蔵の目が。
静かに細くなった。
*
「殿」
海野六郎が足を止めた。
前方。
大きな建物が見えていた。
高い塀。
鉄で補強された門。
その奥には。
周囲の家々とは明らかに違う。
巨大な館。
「どうやら」
六郎が言う。
「あれにございますな」
幸村が槍を握る。
「ようやくか」
清海が金棒を肩へ担いだ。
「随分と歩かされましたな」
伊三が呆れる。
「兄者。城門からさほど歩いておらぬ」
「戦の最中は腹が減るのが早いのじゃ」
「いつでも減っておろう」
十蔵が笑った。
「わははは! 違いない!」
清海が睨む。
「何がおかしい!」
そのやり取りに。
兵たちからも笑いが起こった。
幸村が領主館を見る。
そして。
槍を握り直した。
「参るぞ」
笑いが消える。
「応!」
*
領主館の門。
そこには。
まだ兵が残っていた。
城門から逃げ出した者たちとは違う。
領主直属の兵。
「来たぞ!」
「門を守れ!」
「通すな!」
数十人が。
槍や剣を構える。
幸村は。
槍を前へ向けた。
「かかれ!」
「おおおおおおっ!!」
声が上がった。
誰一人。
躊躇する者はいない。
傭兵として。
金のために。
この戦へ加わった者たち。
だが。
今の彼らに。
その意識はなかった。
頭上には六文銭。
前には真田幸村。
自分たちは今。
真田の兵として戦っている。
それだけだった。
「押せぇぇぇっ!」
「門を破れ!」
男たちが。
一斉に駆け出した。
「止めろ!」
「ここを通すな!」
領兵たちも前へ出る。
そして。
正面から激突した。
ガァン!
剣と槍。
盾と盾。
激しい音が門前に響く。
「押せ!」
「退くな!」
城門を突破した勢いは。
まだ死んでいない。
一歩。
また一歩。
領兵たちが押し込まれていく。
「ほう」
十蔵が目を輝かせた。
「随分と威勢がよくなったものですな」
甚八が大剣を抜く。
「我らも負けてはおれぬわ」
「違いない!」
十蔵が六角棒を担ぎ直した。
「参るぞ!」
「応!」
十蔵。
甚八。
望月。
小助。
四人も駆け出した。
「押せぇぇぇぇ!」
バキィッ!!
屋敷の門が。
破られた。
「開いたぞ!」
「進め!」
兵たちが。
勢いそのままに中庭へ雪崩れ込む。
その時だった。
二階。
一つの窓が。
静かに開いた。
誰も。
気づかなかった。
長い杖が。
窓から覗く。
その先へ。
赤い光が集まった。
次の瞬間。
轟ッ!!
炎が走った。
ドォォォォン!!
「ぐああああっ!」
「うわぁぁぁ!」
先頭を駆けていた三人が。
爆炎に呑まれ。
宙を舞った。
一人が石畳へ叩きつけられる。
もう一人は鎧が焼け。
苦しそうに呻く。
「おい!」
「しっかりしろ!」
仲間たちが駆け寄る。
幸村が。
二階を見上げた。
開かれた窓。
そこに。
一人の男が立っていた。
長い杖。
上等な衣服。
男は吹き飛ばされた兵たちを一瞥すると。
ゆっくりと。
胸へ片手を添えた。
そして。
舞踏会で貴婦人へ挨拶でもするように。
優雅に頭を下げる。
「お初にお目にかかる」
顔を上げた。
薄い笑み。
「妻の実家へ、ほんの挨拶に立ち寄っただけだったのですが」
男は楽しそうに中庭を見渡す。
「まさか、このような面白い出し物に遭遇するとは」
杖を軽く掲げた。
「これも神のお導きというものでしょう」
そして。
再び一礼する。
「申し遅れました」
「オルレーヌ王国魔法師団」
「師団長」
男の笑みが深くなる。
「リュシアン・ド・ヴァレーヌと申します」
「以後、お見知りおきを」
一拍。
「もっとも」
リュシアンは。
幸村たちを見渡した。
「皆様とのお付き合いは、そう長くはならないでしょうが」
「ハハハハハハ!」
中庭に。
楽しそうな笑い声が響いた。
幸村は。
答えなかった。
倒れた兵たちを見る。
そして。
ゆっくりと。
リュシアンへ視線を戻した。
「おっと」
声がした。
塀の上。
佐助が立っていた。
その目は。
リュシアンを見ている。
「やばいのが出てきましたぜ、殿」
幸村が佐助を見る。
「知っておるのか」
「あれは魔法使いです」
「魔法使い……」
幸村が呟く。
佐助は。
先ほどの名乗りを思い出すように。
僅かに眉を上げた。
「しかも魔法師団長とはね」
「強いのか」
「かなり」
佐助が答える。
「普通の魔法使いとは、ちょいと訳が違います」
その時。
リュシアンが。
再び杖を構えた。
杖の先へ。
赤い光が集まり始める。
佐助の顔色が変わった。
「殿!」
声が鋭くなる。
「まとまっちゃいけません!」
海野六郎が。
即座に反応した。
「散開!」
周囲を見る。
中庭を囲む回廊。
いくつもの太い石柱。
「柱の陰へ隠れよ!」
「急げ!」
全員が左右へ走る。
柱。
石壁。
回廊。
それぞれが身を隠す。
直後。
轟ッ!!
炎が放たれた。
ドォォォォン!!
先ほどまで幸村たちがいた場所。
石畳が爆ぜた。
砕けた石が。
雨のように降り注ぐ。
「ほう……」
清海が柱の陰から顔を出した。
伊三も隣から覗く。
「随分と派手な真似をするものよ」
「佐助」
幸村が呼んだ。
「はい」
「あれは」
幸村はリュシアンから目を離さない。
「どう斬る」
佐助が。
一瞬。
幸村を見る。
そして。
にやりと笑った。
「懐です」
「ほう」
「魔法使いは遠くにいるうちは厄介ですがね」
佐助が二階を指した。
「魔法は続けざまには使えません」
幸村が黙って聞く。
「一発撃ったあと」
「次を撃つには、魔力を溜める時間がいる」
佐助が目を細めた。
「狙うなら、そこです」
「溜めに入ったところへ飛び込む」
「懐まで入りゃ、こっちのもんですよ」
幸村は。
リュシアンを見る。
杖の先。
再び。
赤い光が。
少しずつ集まり始めている。
「なるほど」
その言葉を。
清海と伊三が聞いていた。
二人が。
顔を見合わせる。
「兄者」
「おう」
清海の口元が。
ゆっくりと吊り上がった。
伊三も笑う。
「ならば」
清海が。
金棒を肩へ担ぐ。
「我らの仕事よな」
「左様」
二人が。
柱の陰から出た。
その時。
十蔵が六角棒を担ぐ。
「では」
甚八も大剣を抜いた。
「雑兵どもは我らが引き受けよう」
周囲では。
領主直属の兵たちが。
再び集まり始めている。
小助が二刀を構えた。
望月も。
腰の魔道具へ手を伸ばす。
海野六郎が皆を見る。
「よいか!」
「清海殿、伊三殿の道を塞がせるな!」
「応!」
清海が。
幸村を見る。
「殿!」
幸村も。
清海を見る。
「道は我らが開きまする!」
幸村は。
清海を見る。
伊三を見る。
そして。
静かに頷いた。
それだけで。
二人には十分だった。
清海が笑う。
「行くぞ、伊三!」
「おう、兄者!」
二人が。
地面を蹴った。
魔法使いへ向かって。
一直線に。
二階。
リュシアンが。
二人へ杖を向ける。
赤い光が。
強くなる。
「来るぞ!」
佐助が叫んだ。
それでも。
二人は止まらない。
清海が笑う。
「伊三!」
「おう!」
そして。
炎が。
放たれた。




