四人の兵(ツワモノ)
「日の本一の兵の戦――とくと見よ!」
男の声が響いた。
次の瞬間、傭兵たちが一斉に駆け出した。
街へ迫るオークの群れ。
その大半は小柄なレッサーオークだった。
だが、その奥には一回り大きな四体。
さらにその後ろ。
他とは比べものにならぬ巨体が、ゆっくりと歩いている。
銭が息を呑んだ。
「……でっか。」
幸村も目を細める。
傭兵たちは怯まなかった。
「三人一組! 囲め!」
号令とともに、二十人ほどの傭兵がレッサーオークへ襲いかかる。
一人が受け、左右から斬る。
槍を持つ者は間合いを取り、仲間と呼吸を合わせて突き込んでいく。
「ほう。」
幸村が感心したように頷いた。
「よく鍛えられておる。」
やがて、群れの奥にいた四体のオークが動いた。
レッサーとは明らかに違う。
太い腕。
分厚い胸板。
手には大きな棍棒。
傭兵たちが左右へ退いた。
代わって四人の男が前へ出る。
その一人が担いでいたのは、異様な得物だった。
長さは二間近く。
黒々とした鉄の六角棒。
男はそれを肩から下ろすと、正面のオークを見据えた。
オークが棍棒を振り上げる。
男は動かない。
一歩。
二歩。
オークが間合いへ入った。
「そこじゃ。」
六角棒が走る。
ゴッ!
鉄塊がオークのこめかみを正確に捉えた。
巨体が横倒しになる。
「……十蔵。」
幸村が呟いた。
筧十蔵。
火縄銃を持たせれば並ぶ者なしと謳われた男。
だが今、その手に鉄砲はなかった。
その隣。
「どりゃあっ!」
巨大な剣が唸りを上げた。
オークが棍棒で受け止める。
だが。
バキッ!
棍棒ごと叩き斬った。
そのまま巨大な刃がオークを地面へ叩き伏せる。
男は二間近い大剣を肩へ担いだ。
根津甚八。
この世界へ来てから、傭兵仕事で討った盗賊から奪った得物である。
「相変わらず派手な男よ。」
幸村の口元が緩んだ。
三人目の男は、二人とはまるで違った。
オークが突進してくる。
男は背を向けて走り出した。
「おい!」
銭が思わず声を上げる。
「逃げたぞ!」
「いや。」
海野六郎が目を細めた。
「見ておられよ。」
男が地面の一点を飛び越えた。
追ってきたオークが、その場所を踏む。
ガクン。
地面が崩れた。
オークの片脚が穴へ落ちる。
「かかった。」
望月六郎が懐へ手を入れた。
取り出したのは、小さな箱。
「さて……こいつでよいか。」
ぽい、と放る。
箱がオークの胸へ当たった。
バチッ。
次の瞬間。
バリバリバリッ!
青白い光が弾けた。
「ブギャアアアッ!」
オークの巨体が激しく痙攣する。
やがて煙を上げながら、その場へ崩れ落ちた。
銭が目を丸くした。
「なんだ、あれ!」
幸村も僅かに眉を上げた。
「……わしも知らぬ。」
最後の一人。
二本の刀を抜いた男が、静かに歩き出した。
オークが吠える。
棍棒が振り下ろされた。
男は半歩ずれる。
その動きを見た瞬間、幸村の目が細くなった。
右。
左。
身体を沈める。
棍棒が頭上を通り過ぎる。
そのまま懐へ。
一閃。
さらに一閃。
男はオークの横をすり抜けた。
背後で血が噴き出す。
巨体が地面へ倒れた。
幸村の口元が緩んだ。
「小助め。」
「腕を上げたの。」
穴山小助。
幸村の影武者を務めてきた男。
その身のこなしには、幸村自身を思わせるものがあった。
銭が幸村と小助を交互に見る。
「……なんか、幸村に似てないか?」
「左様。」
幸村が頷く。
「あれは、わしの影じゃ。」
「影?」
銭が首を傾げる。
その時だった。
ズシン。
地面が揺れた。
四体のオークを倒され、最後の一体が動き出した。
グレーターオーク。
先ほどの四体より、さらに二回りは大きい。
手には人の胴ほどもある棍棒。
「来るぞ!」
小助が叫んだ。
「団の者は下がれ!」
傭兵たちが即座に距離を取る。
グレーターオークが地面を蹴った。
巨体からは想像できぬ速さ。
「望月!」
「承知!」
望月六郎が箱を投げる。
地面へ落ちた箱が砕けた。
次の瞬間。
バシャアッ!
大量の水が噴き出した。
グレーターオークの足元が一瞬にして泥濘む。
巨体がぐらつく。
「甚八!」
「おう!」
巨大な剣が脚へ叩き込まれた。
「十蔵!」
「言われずとも!」
反対側から六角棒。
ゴッ!
グレーターオークが膝をついた。
小助が走る。
二本の刀が閃く。
腕。
脇腹。
首筋。
それでも怪物は倒れない。
「しぶといの!」
小助が後ろへ跳んだ。
だが、グレーターオークの動きは明らかに鈍っている。
「今じゃ!」
小助が叫ぶ。
「とどめを!」
「俺じゃ!」
十蔵が前へ出た。
「俺じゃ!」
甚八も出る。
二人が顔を見合わせた。
「甚八、退け。」
「お前が退け。」
「とどめは俺じゃ。」
「馬鹿を申せ。俺じゃ。」
小助の眉がぴくりと動いた。
「……何をしておる。」
二人は答えない。
ちらり。
十蔵が街の方を見る。
甚八も、ちらり。
壊れかけた板塀。
その陰から、一人の若い娘が戦いを見つめていた。
整った顔立ちの、美しい娘だった。
十蔵が六角棒を握り直した。
「俺がやる。」
甚八も大剣を構える。
「いや、俺じゃ。」
小助が二人の視線を追った。
町娘。
十蔵。
甚八。
もう一度、町娘。
小助のこめかみに青筋が浮かぶ。
「……貴様ら。」
「ブオオオオオオッ!」
グレーターオークが立ち上がった。
小助の怒声が飛ぶ。
「貴様らぁ! 戦の最中に何をしておるか!」
巨大な棍棒が振り上げられる。
「ほれ見ろ!」
「分かっておる!」
「俺に言うな!」
十蔵と甚八が同時に飛び出した。
六角棒。
大剣。
二つの巨大な得物が左右から叩き込まれる。
ドォン!
グレーターオークの巨体が揺れた。
ゆっくりと傾き。
地響きを立てて倒れた。
静寂。
十蔵が六角棒を肩へ担ぐ。
「……俺じゃな。」
甚八が大剣を地面へ突き立てた。
「俺じゃ。」
「俺の方が先であった。」
「俺の剣で倒れたのじゃ。」
二人が睨み合う。
そして。
同時に町娘を見る。
娘は頬を赤らめていた。
十蔵が髪を整える。
甚八が胸を張る。
だが。
娘の視線は二人の間を素通りしていた。
その先。
二本の刀を鞘へ納めている小助。
「…………。」
十蔵が黙る。
「…………。」
甚八も黙る。
「?」
小助だけが首を傾げていた。
その時。
「ご苦労。」
街の方から声がした。
十数人ほどの兵が歩いてくる。
先頭の男は倒れているオークを見渡すと、満足そうに頷いた。
「よくやった。」
甚八の眉が動く。
兵たちは戦場へ入ってくると、倒れたオークを調べ始めた。
「グレーターまでおるではないか。これは良い。」
十蔵が六角棒を肩へ担いだ。
「……お主ら、今までどこにおった。」
兵が十蔵を見る。
「領民の避難誘導だ。」
傭兵の一人が鼻で笑った。
「よく言うぜ。」
「魔物が見えた途端、真っ先に逃げやがったくせに。」
「何か言ったか?」
領兵が睨む。
「別に。」
先頭の兵がグレーターオークを指さした。
「では素材はこちらで回収する。」
「待たれよ。」
小助が前へ出た。
「これは我らが討った獲物。素材は我らの報酬ではござらぬか。」
兵は鼻で笑った。
「この街は領主様のものだ。」
「この土地で得たものもまた、領主様のもの。」
小助の目が細くなる。
「我らは命を懸けた。」
「だからどうした。」
兵は倒れたオークを蹴った。
「不満なら、この街から出ていけ。」
甚八が大剣へ手を伸ばす。
「この野郎……。」
「甚八。」
小助の一言で、その手が止まった。
十蔵も黙って領兵を睨んでいる。
小助はしばらく兵を見つめていた。
やがて息を吐く。
「……持って行け。」
「小助!」
「よい。」
小助は振り返らなかった。
「ここで斬り合うても、一文にもならぬ。」
兵たちは笑いながら、オークの素材を回収し始めた。
少し離れた場所。
幸村は、その一部始終を黙って見ていた。
清海が眉をひそめる。
「殿。」
「なんじゃ。」
「あやつら、戦には出ておりませなんだな。」
「……そのようじゃの。」
幸村の声は静かだった。
海野六郎も何も言わない。
ただ、領兵たちの姿をじっと見ていた。
やがて素材を抱えた兵たちが街へ戻っていく。
小助がその背中を見送り、小さく吐き捨てた。
「……相変わらず、胸糞の悪い連中じゃ。」
その時だった。
「小助!」
聞き覚えのある大声。
小助が振り返った。
清海。
伊三。
海野六郎。
そして。
その中央に立つ男。
小助の目が大きく見開かれた。
二本の刀が、手から落ちた。
カラン。
「……殿?」
十蔵が振り返る。
甚八も。
望月六郎も。
誰も動かない。
誰も言葉を発しない。
幸村が笑った。
「久しいの。」
その一言だった。
「殿……!」
小助が駆け出した。
「殿!」
十蔵も。
甚八も。
望月も。
四人とも、顔をぐしゃぐしゃにして走ってくる。
「殿ぉ!」
小助が幸村の前へ飛び込むように膝をついた。
十蔵も。
甚八も。
望月も。
四人とも肩を震わせている。
先ほどまでグレーターオークを前に笑っていた男たちが、子供のように泣いていた。
幸村は一人ずつ顔を見る。
「十蔵。」
「……はっ!」
「甚八。」
「ここに……!」
「望月。」
「はっ……!」
最後に。
「小助。」
小助は顔を上げられなかった。
「殿……。」
声が震える。
「お待ち……しておりました。」
幸村は静かに頷いた。
「待たせたの。」
小助がさらに顔を伏せた。
幸村は四人を見渡した。
「皆、よう生きておった。」
「……はい。」
四人の声が重なった。
清海と伊三も笑っている。
海野六郎は何も言わず、ただ目を細めていた。
銭だけが、少し離れたところから不思議そうにその光景を眺めていた。
しばらくして。
泣き声もようやく収まった頃。
清海が、ふと十蔵の持っている六角棒を見た。
首を傾げる。
「ところで十蔵。」
「……なんじゃ。」
「鉄砲はどうした。」
十蔵の顔が止まった。
「…………。」
甚八が横を向く。
肩が僅かに震えている。
十蔵はぼそりと言った。
「……弾がねぇ。」
「ほう。」
「火薬もねぇ。」
清海はしばらく考えた。
そして、さらに首を傾げた。
「では、鉄砲は?」
十蔵は遠い目をした。
「……ただの棒じゃ。」
一瞬の沈黙。
伊三が吹き出した。
「鉄砲使いが、ただの棒!」
清海も腹を抱える。
「ただの棒か!」
「うるせぇ!」
十蔵の怒声と、仲間たちの笑い声が街の外へ響いた




