日の本一の兵(ヒノモトイチのツワモノ)
翌朝。
村は朝早くから慌ただしかった。
荷をまとめる者。
家畜を連れ出す者。
わずかな家財を背負う者。
六郎の判断により、村人たちは佐助の隠れ里へ移ることになった。
佐助は村人たちを見渡した。
「よし。」
「俺が里まで連れて行く。」
六郎が頷く。
「頼みましたぞ、佐助。」
「任せとけ。」
佐助は幸村へ向き直った。
「殿。こいつらを里へ送り届けたら、すぐ追いつく。」
幸村は首を横に振る。
「急ぐことはない。」
「皆が落ち着くまで見てやれ。」
佐助は一瞬黙り、やがて笑った。
「……分かった。」
「じゃあ殿、ご家老様。先に行っててくれ。」
六郎が地図を広げる。
「我らは、日の本一の兵を追います。」
佐助はニヤリと笑った。
「もし本当にあいつらだったら、言っといてくれ。」
「俺は五年も待ったんだぞってな。」
六郎は呆れたように言った。
「自分で申せ。」
「へいへい。」
佐助は笑いながら村人たちの方へ歩いていった。
やがて村人たちは佐助を先頭に、山へ向かって歩き始める。
幸村はその背中をしばらく見送っていた。
「六郎。」
「これで良いのじゃな。」
「はい。」
六郎は静かに村を見渡す。
「土地は失えど、人が生きておれば村はまた作れます。」
幸村は小さく頷いた。
「左様じゃな。」
六郎は地図の一点を指差す。
「日の本一の兵の噂を最後に聞いたのは、ここにございます。」
「では、参ろう。」
幸村たちもまた、村を後にした。
◇ ◇ ◇
昼を少し回った頃。
一行の前に、目的の街が姿を現した。
幸村が足を止める。
「……む?」
これまで見てきた街とは、明らかに様子が違った。
街を囲む石壁がない。
いや。
正確には、街を囲うものはあった。
ところどころ腐り、傾いた板。
隙間だらけの木柵。
場所によっては、人ひとりが悠々と通れそうな穴まで開いている。
清海が首を傾げた。
「この街はもののけが出る割に、守りが薄うござるな。」
伊三は木柵を眺め、懐かしそうに笑った。
「上田の村みたいでござる!」
幸村も黙って街を見渡す。
「うむ……。」
人の暮らす小さな村ならば、まだ分かる。
だが、ここは街である。
それも、この世界には人を襲う魔物がいる。
その街を守るものが、壊れかけた板切れだけとは。
六郎も木柵へ目を向けた。
「妙でございますな。」
「何がじゃ。」
「この規模の街であれば、もう少し備えがあって然るべきかと。」
幸村は壊れかけた木柵を見つめた。
「……。」
「参ろう。」
今はそれ以上考えても答えは出ない。
一行は壊れかけた木柵の間を抜け、街へ入った。
◇ ◇ ◇
街の中は思いのほか賑わっていた。
商人が声を張り上げ。
荷馬車が行き交い。
武器を携えた傭兵たちの姿も多い。
一行は宿を兼ねた酒場へ入った。
「おお……!」
清海と伊三の目が輝く。
焼いた肉。
パン。
大鍋から漂う煮込み料理の匂い。
清海は席へ着くなり手を上げた。
「主人!」
「肉を頼む!」
伊三も負けじと声を上げる。
「兄者! あちらの鳥も美味そうでござる!」
「うむ! それもじゃ!」
銭が呆れた顔をする。
「お前ら、何しに来たんだよ。」
清海が真顔で答える。
「腹が減っては戦はできぬ。」
「まだ戦ってねぇだろ。」
六郎は二人を無視して店主へ声をかけた。
「主人。」
「一つ尋ねたい。」
「この辺りに、ヒノモトと呼ばれる傭兵団がおると聞いたのだが。」
店主の手が止まる。
「ヒノモト?」
「ああ、いるよ。」
六郎の目がわずかに細くなる。
「有名なのでござるか。」
店主は笑った。
「有名なんてもんじゃない。」
「滅茶苦茶強ぇ。」
近くで酒を飲んでいた男が会話へ入ってくる。
「俺も見たことがあるぜ。」
「二十人ほどの傭兵団なんだがな。」
「特に頭の四人が化け物だ。」
幸村の目がわずかに細くなった。
「四人……。」
「ああ。」
「魔物の群れに囲まれても逃げやしねぇ。」
「領兵が尻込みするような仕事まで平気で引き受ける。」
別の男も口を挟んだ。
「それだけじゃねぇ。」
「あいつら、変わってるんだ。」
「金持ちからはきっちり金を取るくせに、貧しい村からの依頼じゃ、ほとんど金を取らねぇ。」
「女子供が巻き込まれるような仕事も嫌う。」
六郎は静かに幸村を見る。
幸村は何も言わない。
ただ、小さく笑った。
銭が二人を見比べる。
「なんだよ。」
「知ってる奴らなのか?」
六郎が答えた。
「まだ分かりませぬ。」
「ふーん。」
銭は清海たちの皿から肉を一つ取った。
「あっ!」
「わしの肉!」
「早い者勝ちだ。」
「返せ!」
「もう食った。」
「おのれぇ!」
酒場に笑い声が上がった。
その時だった。
――カン! カン! カン!
激しい鐘の音が街中へ鳴り響く。
酒場の空気が一変した。
「魔物だ!」
外から叫び声が聞こえる。
「魔物が来たぞ!」
人々が一斉に立ち上がった。
女は子どもの手を引き。
商人は慌てて店を閉める。
傭兵たちは武器を掴んだ。
「領兵はどうした!」
通りから誰かの怒鳴り声が聞こえる。
返ってきたのは、さらに大きな怒号だった。
「もう逃げた!」
「西門から真っ先に逃げやがった!」
「またかよ!」
幸村の表情が変わった。
六郎も黙って外を見る。
◇ ◇ ◇
街の一角。
傭兵たちが次々と武器を手にしていた。
その先頭に、四人の男がいる。
一人が大きく息を吐き、武器を肩へ担いだ。
「ったく。」
「また俺たちかよ。」
別の男が立ち上がる。
「金は出んだろうな。」
「あのケチ貴族だ。」
「なんだかんだ言って逃げんだろ。」
「違いねぇ。」
笑い声が上がる。
それでも。
誰一人、逃げる支度をする者はいなかった。
武器を取る。
鎧を身につける。
四人を先頭に、傭兵たちが街の外へ向かう。
「行くぞ。」
「領兵の代わりなんざ御免だが……。」
男は逃げ惑う人々へ目を向けた。
「こいつらまで魔物に食わせるわけにゃいかねぇ。」
傭兵たちが壊れかけた木柵を抜ける。
その向こうには、土煙を上げながら迫る魔物の群れ。
四人は止まらない。
逃げてくる人々とは逆に。
ただ真っ直ぐ、魔物へ向かって歩いていく。
その姿を、街から出てきた幸村たちが見つめていた。
六郎が静かに口を開く。
「殿。」
幸村は四人の背中を見つめたまま、小さく笑った。
「うむ。」
先頭の男が武器を構える。
そして大声で叫んだ。
「者ども!」
「日の本一の兵の戦――」
「とくと見よ!」
傭兵たちの雄叫びが上がる。
魔物の群れと、傭兵団。
二つの群れが大地を駆ける。
そして――
激突した。




