トクガワ盗賊団
荷馬車は静かな山道を進んでいた。
商人は落ち着かない様子で周囲を見回している。
「この辺りからです……。」
幸村が尋ねた。
「何がある。」
商人は唾を飲み込む。
「トクガワ盗賊団の縄張りです。」
その時だった。
ヒュン――。
一本の矢が荷馬車の前へ突き刺さる。
馬が大きく嘶き、足を止めた。
森の奥から次々と人影が現れる。
黒装束の男たち。
十数人。
全員が武器を構え、荷馬車を取り囲む。
そして最後に、黒い旗が掲げられた。
三つ葉の紋。
その上には、大きく×印。
商人の顔が青ざめる。
「トクガワ盗賊団……。」
やがて、人垣が左右へ割れた。
一人の男がゆっくり歩み出る。
黒装束。
覆面。
腰には二振りの短刀。
歩き方は軽く、まるで猿のようだった。
男は商人を一瞥すると、不敵に笑う。
「よう。」
「積み荷を全部置いていきな。」
「命だけは助けてやる。」
護衛たちが剣を抜く。
男は肩をすくめた。
「やめとけ。」
「死ぬぜ?」
商人は震えながら叫ぶ。
「た、食料です!」
「村へ届ける食料なんです!」
男は荷馬車を覗き込み、鼻で笑った。
「嘘じゃねぇな。」
そして仲間へ振り返る。
「一般商人だ。」
「行かせろ。」
盗賊たちは一斉に武器を下ろした。
商人は思わず聞き返す。
「……いいのですか?」
男は面倒くさそうに手を振る。
「俺たちゃ悪党だ。」
「だが、腹を空かせたガキから食い物を奪うほど落ちぶれちゃいねぇ。」
「とっとと行け。」
商人は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます!」
男は舌打ちする。
「礼なんざいらねぇ。」
「悪党に頭なんか下げるな。」
そう言って背を向けた、その時だった。
幸村が静かに口を開く。
「一つ、尋ねてもよいか。」
男は振り返る。
「何だ。」
「徳川とは何者じゃ。」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
男は腹を抱えて笑い出した。
「ぶははははっ!」
「そりゃ傑作だ!」
盗賊たちまで吹き出す。
「頭ぁ!」
「初めて聞かれましたぜ!」
男は涙を拭いながら笑う。
「気に入った。」
「今日は見逃してやる。」
そう言って歩き出そうとする。
その時、風が吹いた。
幸村の赤備えが静かに揺れる。
男の足が止まった。
じっと幸村を見つめる。
次の瞬間、覆面の奥から驚きの声が漏れた。
「マジか……殿じゃねぇか!」
幸村の口元にわずかな笑みが浮かぶ。
「……佐助か。」
男は勢いよく覆面を外した。
「マジで殿だ!」
「生きてたのか!」
清海と伊三も目を見開く。
「「佐助!」」
銭だけが首を傾げる。
「誰?」
佐助は親指で自分を指し、ニヤリと笑った。
「俺だよ。」
「猿飛佐助。」
「殿の一番弟子!」
幸村は静かに問い掛ける。
「佐助。」
「そなた、五年前からこの世界におると申したな。」
「ああ。」
「目が覚めたら、この世界だった。」
清海が驚く。
「五年前……?」
伊三も首を振る。
「何を申しておる。」
「わしらは森で二、三日さまよった後、殿と再会したではないか。」
幸村は頷いた。
「左様。」
「わしも同じじゃ。」
「少なくとも五年など経ってはおらぬ。」
佐助は腕を組み、空を見上げる。
「じゃあ……。」
「俺だけ五年も前に飛ばされたってことか。」
幸村はしばらく考え込んだ。
「……わしが最後か。」
しかし、すぐに首を横へ振る。
「いや。」
「まだ来るやもしれぬ。」
「皆、転移した時が違うのであればな。」
やがて幸村は静かに呟いた。
「六郎がおれば、何か思いついたやもしれぬ。」
清海は苦笑した。
「ご家老様なら、もう答えを出しておりましょうな。」
佐助がニヤリと笑う。
「そのご家老様だけどさ。」
「噂を聞いたぜ。」
幸村たちが一斉に顔を上げる。
「まことか。」
佐助は親指で山の奥を指した。
「まあ、俺たちの村で話そうや。」
清海が首を傾げる。
「村?」
佐助は悪戯っぽく笑った。
「甲賀の隠れ里みてぇなとこだけどな!」
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