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行商人

荷馬車は軋む音を立てながら街道を進んでいた。


御者台へ腰掛けた商人が、何度目かの礼を口にする。


「先ほどは本当に助かりました。」


「皆様が来てくださらなければ、私は今頃、魔物の腹の中でした。」


幸村は静かに頷く。


「礼には及ばぬ。」


「困っておる者を助けるは当然じゃ。」


商人は安堵したように笑った。


「そのお言葉を聞いて安心しました。」


「この辺りは物騒でして……。」


清海がパンを頬張りながら尋ねる。


「妖……いや、魔物がおるのでござるか。」


商人は首を横へ振った。


「魔物もおります。」


「ですが、それ以上に恐ろしい者たちがおります。」


幸村が目を向ける。


「何者じゃ。」


商人は周囲を見回し、声を潜めた。


「盗賊です。」


「五年ほど前から、この山を根城にしております。」


伊三が腕を組む。


「討伐されぬのか。」


「何度も討伐隊が送られました。」


「ですが、一人として戻って来ませんでした。」


清海は思わず息を呑む。


「強いのでござるか。」


商人はゆっくり頷く。


「恐ろしく強いそうです。」


「奴隷商を見つければ皆殺し。」


「奴隷は全員連れ去り。」


「貴族を見つければ攫い、身代金を要求する。」


「王国騎士団ですら返り討ちに遭ったと聞きます。」


銭が首を傾げた。


「普通の商人は。」


商人は少し考えて答える。


「……不思議なことに、普通の行商人が襲われた話は聞きません。」


「命を助けられた者もおります。」


「荷を分けてもらったという話まであります。」


幸村は目を閉じた。


「妙じゃの。」


「悪党ならば、そのような真似はすまい。」


商人は深く頷いた。


「私もそう思います。」


「ですが王国は、極悪盗賊団としております。」


「名を――」


商人は一拍置いた。


「トクガワ盗賊団。」


幸村の眉が僅かに動く。


「徳川……。」


商人は首を傾げた。


「ご存知ですか。」


「いや。」


「知る者の名に似ておってな。」


伊三が興味深そうに身を乗り出す。


「その頭目とは、どのような男なのでござる。」


商人は苦笑した。


「誰も正体は知りません。」


「ですが、生きて帰った者は皆、同じことを申します。」


「猿のように身軽で、とにかく速い。」


「十人に囲まれても、影のように消えるとか。」


「笑いながら戦い、人を翻弄するそうです。」


「獣族ではないか、と噂する者までおります。」


清海は腕を組んだ。


「猿の妖……いや、猿の魔物かの。」


商人は笑って首を振る。


「分かりません。」


「見た者がおりませんので。」


そして、もう一つ思い出したように続けた。


「そうそう。」


「盗賊団は必ず黒い旗を掲げております。」


「三枚の葉のような紋。」


「その紋へ、大きく×印が描かれているそうです。」


清海は首を傾げる。


「変わった旗じゃな。」


幸村は何も言わず、静かに前を見つめていた。


その頃――。


遥か山の頂では、一枚の黒い旗が風にはためいていた。


三つ葉の紋。


その上には、大きく刻まれた×印。


そして、その旗を見上げながら、一人の男が楽しそうに笑う。


「さて。」


「今日はどんな面白い奴が来るかな。」


男の顔は、まだ誰にも知られていなかった。

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