旅立ち
街道を歩き始めてしばらく。
清海は大きくため息をついた。
「はぁ……黄泉の街を追い出されてしまいましたな。」
伊三も肩を落とす。
「しかも、あの餅を食う前にじゃ。」
「惜しいことをした。」
幸村は苦笑する。
「まだ申すか。」
その時だった。
銭が大きく口を開け、パンへかぶりつこうとしている。
清海は慌てて駆け寄った。
「待たれい!」
銭はきょとんとする。
「何だ。」
清海はパンを指差した。
「わしによこせ!」
銭は大きくため息をついた。
「はぁ……。」
「しょうがねぇな。」
「子分の面倒は見ないとな。」
そう言ってパンを半分に割る。
「誰が子分じゃ!」
銭はニヤリと笑う。
「嫌か?」
「じゃあ、おねえちゃんになってやる。」
「そしたら食わせてやるぞ。」
清海と伊三は顔を見合わせた。
「ぐぬぬ……。」
「背に腹は代えられぬ。」
二人は揃って頭を下げる。
「姐御、よろしく頼む。」
銭は腹を抱えて笑った。
「あははは!」
「変な奴ら!」
そう言って二人へパンを放り投げる。
清海と伊三は嬉しそうに受け取った。
幸村はその光景を静かに見つめる。
人を惹きつける笑顔。
身分も立場も忘れさせる、不思議な明るさ。
ふと、懐かしい面影が胸をよぎった。
――太閤殿下。
あの日、天下人もまた、あのように人を笑わせていた。
「殿。」
パンを頬張りながら清海が尋ねる。
「今後、どういたしましょうや。」
幸村は空を見上げた。
「このまま進めば、三途の川があるじゃろう。」
「そこで鬼か亡者に道を尋ねるとしよう。」
銭は首を傾げる。
「三途の川?」
その時――
「た、助けてくれぇぇ!」
森の奥から悲鳴が響いた。
幸村たちは一斉に駆け出す。
木々を抜けた先には、荷馬車が一台。
商人と護衛二人が、魔物の群れに囲まれていた。
緑色の小鬼が五匹。
そして、その後ろには一回り大きな鬼が一体。
幸村は足を止めた。
目の前の鬼たちを見つめる。
ふと、治部少輔・石田三成の言葉を思い出した。
関ヶ原へ向かう前、治部少輔は笑いながらこう語っていた。
「太閤殿下が地獄へ参られれば、鬼どもをまとめ上げ、やがて地獄までも平らげてしまわれよう。」
幸村は静かに前へ出る。
「貴殿らは、石田治部殿、あるいは太閤殿下の配下か。」
返ってきたのは、
「ギャギャッ!」
「ギャウッ!」
言葉とは呼べぬ叫びだけだった。
清海が金棒を構える。
「……違うようでござるな。」
幸村は静かに頷く。
「左様か。」
「では、参る。」
その一言と共に、真田勢が駆け出した。
――
戦いは長くは続かなかった。
最後のレッサーオーガが地響きと共に倒れる。
商人は呆然とその光景を見つめていた。
「た、助かった……。」
深々と頭を下げる。
「命を救っていただき、本当にありがとうございます!」
幸村は静かに頷いた。
「礼には及ばぬ。」
商人は四人を見回した。
「皆様は……近くの街の傭兵団でしょうか。」
清海と伊三は顔を見合わせる。
「傭兵団?」
「何じゃそれは。」
商人は目を丸くした。
「違うのですか?」
幸村は静かに答える。
「旅の途中じゃ。」
商人はしばらく考え込む。
やがて穏やかに微笑んだ。
「でしたら、この先の村までご一緒しませんか。」
「街道は最近、魔物が増えて危険なのです。」
幸村は銭へ目を向けた。
「かたじけない。」
「では、世話になろう。」
「こちらには童もおるでな。」
商人は笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「もちろんです。」
「皆様の恩は、一生忘れません。」
夕日に照らされながら、
荷馬車はゆっくりと街道を進み始めた。
その旅が、やがて王国の運命を変えることになるとは、
まだ誰一人知る由もなかった。




