男爵
ギルドを後にした幸村たちは、通りのパン屋で焼きたてのパンを山ほど買い込んだ。
清海は嬉しそうに抱え、先頭を歩く。
「ようやく飯でござる!」
伊三も満面の笑みを浮かべた。
「今日は宴じゃ!」
銭は呆れたように二人を見る。
「……食い過ぎ。」
「育ち盛りなのでござる。」
「わしもじゃ。」
その時だった。
一人の男と清海の肩がぶつかる。
「あっ。」
抱えていたパンが石畳へ転がった。
清海は慌てて拾おうと身を屈める。
男はゆっくりと振り返った。
豪奢な衣服。
腰には美しく飾られた剣。
その後ろには護衛が二人控えている。
小隊長の表情が凍り付く。
「……まずい。」
「男爵様……。」
男は石畳へ転がったパンを一瞥すると、ゆっくりと剣を抜いた。
「お、お待ちください!」
小隊長が慌てて二人の間へ割って入る。
「このお方は、この街を治める男爵様です!」
「どうか謝罪してください!」
幸村は静かに尋ねた。
「清海が何をした。」
小隊長は苦い表情で答える。
「男爵様に触れてしまいました。」
幸村は男爵を見る。
「……それだけか。」
小隊長は目を伏せる。
「この国では……それだけで十分なのです。」
男爵は鼻で笑った。
「平民風情が。」
「身の程を知れ。」
次の瞬間。
男爵の剣が清海へ向かって振り下ろされる。
幸村は静かに一歩前へ出た。
男爵を真っ直ぐ見据え、静かに告げる。
「……死合ぞ。」
その一言で空気が凍りつく。
清海が振り返る。
幸村は何も言わない。
ただ、小さく頷いた。
清海も静かに頷く。
「……御意。」
男爵の護衛が一斉に飛び出す。
その瞬間――
ブォンッ!!
清海の金棒が唸りを上げる。
護衛の一人は金棒の一撃で宙を舞い、数間先まで吹き飛ばされた。
もう一人の護衛は、その一撃を目の当たりにして足を止める。
男爵の顔から血の気が引いた。
「ひっ……!」
誰一人として動けない。
ギルド前は静まり返っていた。
小隊長は額を押さえ、大きくため息をつく。
「……やってしまいましたか。」
幸村へ向き直る。
「どうか、この街をお発ちください。」
「男爵様は必ず騎士団へ訴えます。」
「私では、もう皆様をお守りできません。」
幸村は静かに頷いた。
「迷惑を掛けた。」
「かたじけない。」
小隊長は首を横に振る。
「皆様は間違っておりません。」
「ですが……この国は、そういう国なのです。」
幸村は男爵を一瞥し、静かに踵を返した。
「参るぞ。」
「御意。」
三人が後に続く。
しばらく歩いたところで、清海が肩を落とした。
「殿……。」
「何じゃ。」
「パンを、まだ一口も食べておりませぬ。」
伊三も深く頷く。
「わしもじゃ。」
銭は呆れたようにため息をつく。
「……馬鹿。」
「「誰が馬鹿じゃ!」」
夕暮れの街に、四人の声が響いた




