第23話「決めたこと」
美波をタクシーに乗せて帰した。
「先輩も一緒に」と美波は最後まで言った。震える声で。でも凛は首を横に振った。「大丈夫。あなたはしばらく、私に近づかないで」そう言って半ば強引に、ドアを閉めた。
走り去る赤いテールランプを、見送りながら。
凛の中で何かが、はじめて煮えていた。
喉の奥が、熱い。胃の底から、せり上がってくるものがある。怒りだ。自分は今、猛烈に、怒っている。
半年間凛は何も感じなかった。美月が死んでも世界が薄くなっても、ただ流されるように、生きてきた。悲鳴の上げ方も、涙の流し方も忘れて、何もかもを遠くから眺めるだけだった。その、死んだはずの神経を、あの装置が、無理やり叩き起こした。
なのに今。腹の底から熱いものが、突き上げてくる。あの装置はもう凛だけでは、飽き足らず。何の関係もない、美波にまで手を伸ばした。あの子の明るい声を。屈託のない笑顔を。「いちばんの友達」と言ってくれたあの子を。奪おうとしている。
ふざけるなと思った。
声に出して言っていた。「ふざけるな」と。誰もいない夜道に向かって。半年ぶりに腹の底から出した、自分の声だった。その声は一拍遅れて、暗い路地の奥から追いかけてきた。だがもう怖くなかった。むしろその遅れて返ってくる自分の声に、凛は言い返した。「逃げない」と。
タクシーの中で最後に見た美波の顔が、目に焼きついていた。心細そうでそれでも凛を気遣って、無理に笑おうとしたあの顔。「先輩も気をつけて」と別れぎわ美波は言った。自分が消えかけているのに、人の心配をしている。そういう子なのだ。だからこそ守りたい。あの笑顔をあの声を、世界から消させない。
これまで、凛はずっと受け身だった。テープが届くのを待った。怪異が起きるのを待った。美波が解析してくれるのを、母が教えてくれるのを待った。されるがままに、巻き戻されてきた。終点から過去へと。誰かの敷いたレールの上を。
もうやめだ。
待つのはやめる。こちらから行く。
凛は部屋に戻った。机の上のメディアたちを、見据えた。VHS。カセット。MD。そして今夜届いた四つめ。これを向こうのペースで、一つずつ再生させられるのを、待つのではなく。自分からすべてを暴いてやる。この狂気が、どこから始まったのか。そのいちばん奥まで。自分の意志でたどり着いてやる。
そして美咲を。母が救えなかったあの少女を。今度こそ誰かが助け出す。
私が。
凛は震える指で、けれどもう迷いなく四つめのメディアに、手を伸ばした。怯えて再生する、これまでの自分ではなかった。挑むように。奪い返すように。




