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第21話「先に聞いた者」

 眠れない夜が続いていた。


 その夜も凛は暗い部屋で、スマートフォンの光だけを頼りに、何かを調べていた。柳沢美咲。ムネモシュネ。意識の記録。手がかりは、いつも途中で途切れる。


 ふと思いついて、凛は別の言葉で検索した。「呪い ビデオテープ 再生してはいけない」。藁にもすがる気持ちだった。同じものに触れた人が、ほかにもいるかもしれない。


 ほとんどはありふれた、作り話だった。けれど一件だけ。個人のブログのもう何年も、更新の止まった、古い記事が引っかかった。


 二〇一九年。投稿者は「ハル」と名乗る若い男のようだった。


 「フリマで、変なビデオテープを買った。『呪い』って書いてある。再生機がなくて、わざわざ中古のデッキを買った。観たら防音室で、女の子がピアノを弾いてるだけの、しょうもない映像だった。でもその夜から、部屋の音がおかしい」


 凛の指が止まった。


 同じだ。まったく同じ。二十六年の時を超えて、このテープは自分の前にも、別の誰かのところへ届いていた。


 凛は指を震わせながら、記事を読み進めた。記事は何回かに分かれていた。日付を追って凛は貪るように、スクロールしていった。


 『二〇一九年八月十二日。フリマで変なVHS買った。五百円。"呪い"ってマジかよ(笑)再生機ないから中古のデッキ探さないと』


 『八月十八日。やっと観た。防音室でピアノ弾いてる女の子の映像。音声なし。正直しょうもない。金返せレベル。でもなんか後味わるい』


 『八月二十五日。最近、スマホの動画の音ズレが直らない。あと部屋でテレビ消しても、低い音がずっと鳴ってる気がする。マンション古いからかな』


 『九月三日。やばい。水道とか自分の足音が、ワンテンポ遅れて聞こえる。耳鼻科行ったけど異常なしだって。気のせいって言われた。気のせいじゃない』


 『九月十日。バイト先の奴に"誰?"って言われた。一年も一緒に働いてんのに。俺のこと、みんな少しずつ忘れてってる気がする。こわい』


 『九月十九日。さっきから部屋の隅で、誰かが息してる。録音してみた。再生したら――俺の声じゃない声が、入ってた。"こっちへおいで"って』


 回を追うごとに、文章が乱れていく。凛が今体験していることと、寸分たがわぬ記録だった。日付の間隔がだんだん、狭くなっていく。まるで終わりへ向かって、加速するように。


 そして最後の記事は、たった二行だった。


 『もう耳をふさいでもきこえる。あたまのなかでなってる』


 『たすけて』


 それきりブログは、更新を止めていた。


 凛はコメント欄を見た。「大丈夫ですか」「最近更新ないけど」という読者の、心配する声がいくつか。そして最後のコメントは、ハル本人のアカウントから、投稿されていた。けれどその内容は――文章では、なかった。


 意味をなさない、ひらがなと記号の羅列。そのなかにひとつだけ、読み取れることばがあった。


 「おとになった」


 凛はスマートフォンを、取り落としそうになった。


 この人は消えたのだ。凛より先に。同じテープに呼ばれて。抗えずに、音になった。


 一人じゃない。


 marie_1985が、このテープを手放したのは、一度や二度じゃない。何人もの手に渡った。そのたびに、誰かが音になって、消えた。それでも装置は、満足しなかった。柳沢の血を引いていなかったから。「器」になれなかったから。


 だからテープは、めぐりめぐって、ここへ来た。


 凛のところへ。本物の器のところへ。


 背筋が冷えた。自分の前に、何人もの「たすけて」があった。誰にも気づかれず、書き残されて、消えた。その最後の一頁に、今、自分の名前が記されようとしている。


 凛だけは、気づいてしまった。もう、引き返せない。


 その夜、四つめのメディアが届いた。

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