第10話「お母さんより」
次が届いたのは、翌日のことだった。
チャイムは鳴らなかった。気づいたのは夕方、大学から帰ってきたときだ。ドアの郵便受けに、何かが差し込まれていた。宅配でも郵便でもない。誰かが直接ここに来て、入れていったもの。
薄い紙の封筒。宛名も差出人も書かれていない。
凛はそれを部屋に持ち込んで、しばらく開けられずにいた。封筒をテーブルの上に置いて、向かいに座りただ見つめた。電気をつけるのも忘れて。窓の外が少しずつ、暗くなっていく。部屋の隅から薄闇が、にじみ出してくる。それでも凛は動けなかった。
次が届きます。marie_1985の、最後の言葉。これがその「次」なのだ。
封を切ればまた何かが始まる。分かっていた。開けなければここで、止められるのかもしれない。そう思う自分と、開けずにはいられない自分が、胸の中でせめぎ合った。ただ――あの少女の、たすけてという声が耳の奥でよみがえる。あれを聞いてしまった以上、もう見て見ぬふりはできなかった。
分かっていてけれど凛の指は、もう封を破っていた。
中から出てきたのは一本の、カセットテープだった。
VHSよりずっと小さい。手のひらに収まる、透明なプラスチックのケース。ひんやりと冷たい。中の磁気テープは茶色く、片側のリールに、ほとんど巻き取られている。誰かが最後まで再生して、巻き戻さないまましまったのだ。途中で聞くのをやめたのか。それとも最後まで聞いて二度と、巻き戻したくなかったのか。
ラベルが貼ってあった。VHSと同じ、かすれた手書きの文字。だが今度は、赤いマジックの『呪い』ではなかった。
鉛筆でこう書かれていた。
お母さんより。
凛はその一言を見つめた。
お母さん。誰の。柳沢美咲の母親だろうか。だとすれば――marie_1985は。マリー。マリエ。あるいは真理。真理子。
凛の頭の中でばらばらだった点が、また一つ近づいた。テープを手放した人。「もう止められない」と言って消えた人。そしてこのカセットに「お母さんより」と書いた人。
同じ人なのではないか。
あの少女の母親。二十六年前に娘を喪い今もなお、何かを手放そうとしている人。
凛はカセットを再生できる機械を、持っていなかった。それでももう驚かなかった。また探せばいい。あのテレビデオを買った、あの店に行けばきっと。
カセットを机に置いた。手を離す。
そのとき凛は気づいた。
カセットのリールが、ゆっくりと――誰も触れていないのに、わずかに回っていた。
ジジとテープの擦れる、かすかな音。机の上でそれだけが、生きているように。誰の指も触れていないのに、内側から何かが、テープを手繰り寄せている。
巻き戻すように。最初からもう一度、聞かせるように。




