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神藤六角➁

 なんだか今にも喧嘩を仕掛けてきそうな雰囲気を覚えながらも津村は、六角に挨拶する。


「初めまして、津村杉太です。磯子さんにはまだ出会って日が浅いですが、仲良くさせてもらっています」

  

 そういう津村に六角が手を差し伸べてきたので握手と思って手を伸ばす。すると手を握られると、一気に引き寄せられて、片手で抱かれて尻をもまれた。


「うほぉ~! これは確かに磯子が夢中になるのもわかるじゃん! 天然のみずみずしい筋肉の塊じゃんよ!」


 六角がおどけるような声を出したが、津村は戦慄していた。181センチ85キロの津村が、170センチでスレンダーな六角に抱かれて微動だにできなかったのだ。

 大角白熊ガヴラースを凌ぐ威圧感を覚えた。規格外すぎて形容のしようもない。人間を超越したとんでもない存在であるのを肌で感じ取った。

 慌てた磯子が引きはがそうとするがビクともしない。


「師匠、みっともない真似はやめなはれ! 大学のセンセの前ですることちゃいますよ!」


「ああん? しかたねえだろう、滅多にいないいい男なんだから!! ツラはあっさり目なの肉体は筋肉マシマシでギャップがたまらんじゃん! おまけに他人のために格上モンスターへ生産系スキルで戦いに挑むとか激萌えするしかねーじゃんよ!」


 六角はいたずらっ子の顔で津村の体をなで繰り回し、ついにはシャツを脱がし始める。


「師匠、云わんとこうと思った師匠のアレコレ、津村ちゃんにいいますよ?」


 磯子がジト目でそういうと六角は一瞬で4メートル離れた場所に飛びのいた。


「はい! 離れました! なので無駄なおしゃべりはここまで! ビジネスの話をするじゃんよ!」


 六角は突然できる女性といった感じのシリアスな表情をして見せたが、津村はきょとんとするだけであった。

 存在だけではなく、その中身も規格外のだと津村は思う。

 その直後、津村のお腹がグーッと派手に鳴る。


「わっ、すみません!?」


 自分でも驚くほどの腹の音に津村は動転する。不意に美味しそうな匂いがしてきたので体が反応してしまったのだ。

 そうしていると別の通路から、ワゴンにハンバーガーを乗せたメイドが姿を見せる。

 ハンバーガーが10個以上乗っており、その大きさも規格外である。


「磯子に津村ちゃんの食事を用意しておけって云われていたから、奮発して黄金ミノタウロスのお肉でハンバーガーを作ったじゃん! 食べながら色々説明させてもらうじゃん!」


 六角が指を鳴らすと、メイドは川崎と津村の間に食事と飲み物が入ったグラスを置いて去っていく。

 川崎のはコーヒー、津村のはダイエットコークという話だ。


「ささっ! 遠慮なく召し上がってください。時間がないので立食で申し訳ないですけど――」


 津村は突然の展開に戸惑っていたが、磯子に誘導されてハンバーガーを口に運んだ。

 津村は口の近くにハンバーガーを運んだ時点で脳に食欲がほとばしった。

 とてつもなく美味しそうな匂いがしたからである。

 いただきます――かろうじてそういうことができたが、津村は一口でこのハンバーガーに使われているお肉が相当に凄いことに気付く。眩暈を起こしそうなうま味にクラクラする。

 人気チェーン店の標準の4倍はあろうかというハンバーガーを20秒で食べ終えてしまうのだった。

 余韻にひたっていると六角が再びいたずらっ子の顔で微笑んでいた。


「噂通り、云い食いっぷりじゃん? うまかったろう? ダンジョン産の人気のお肉じゃん! そのハンバーガー一個でハイエンドのスマホ一台ぐらいの値段がするんだぜ!」


「ええっ!?」


 驚く津村の口に六角は電光石火の動きで、新たなハンバーガーをねじ込んだ。

 またもあまりのおいしさに脳が躍り出しそうになる。まさに極上の牛肉なのだが脂肪分が少なく、肉の味が濃厚なのだ。濃厚なのに鼻腔を抜ける芳醇な香りと、恐ろしく余韻が長い後味もあり、美味しさで脳がオーバーヒートしそうになった。


「せっかく津村ちゃんのために作ったんだからドンドン食べてほしいじゃん!」


 六角によって3つ目、4つ目のハンバーガーを握らされ、津村は有頂天になる。甲子園に出場した時よりテンションが上がっているのを自覚した。

 だが興奮は恐ろしい勢いで覚めていく。津村の食欲で輝いていた瞳が一気に曇る。

 それは他人の目からも明らかであった。

 気づいた磯子が恐る恐る津村に尋ねる。


「津村ちゃん、どうないしたん? 気分悪うなったん?」


「いいえ、全然違って――すごく美味しくて、とっても豊かな気持ちになったんですけど……俺だけが美味しいって全然幸せじゃないって気づいちゃったんですよね」


「えっ――それはなんでなん?」


「これを二人の妹と、病気のお母さん、一生懸命働いているお父さんにも食べてもらいたいと思っちゃうんです。俺は貧乏で物を知らないからすぐ、そんなことを考えちゃって……すいません」


 津村の頭の中では故郷の家族の姿が克明に浮かんでいた。美味しいものを家族で共有できないという現実に心がここまで揺れるとは思っていなかった。

 いつものごはんとお味噌汁が美味しいだけでは思わないのに、とんでもなく美味しいものを食べた時に、こんな気持ちになるとは思っていなかった。

 津村は両手に持ったハンバーガーをワゴンの上に丁寧に戻した。自分がとんでもなく美味しいと思うのはもう十分だった。

 せっかくご馳走になったのに我ながら良くないな――と思い顔を上げると、みんな泣いていた。

 磯子はハンカチで顔をぬぐい、川崎はうつむき肩を震わせ、六角は人目をはばからず滂沱の涙を流して泣いていた。

 とにかく六角の反応がすごかった。


「半端ないって! もう~!! 津村ちゃん半端ないって! 他人を助けるために格上のモンスターと戦うとかそんな普通出来んやん、そんなんできひんやん、普通……そんなんできる!? 言っといてや! できるんやったら……その上最高に家族思いでなんも言えねえじゃん! マジはんぱない、最高の男やん!」


 なぜか関西弁になって津村の前で六角は嗚咽し泣いた、。

 津村はこの展開に困惑したが、津村の実家にこのハンバーガーと同じものを送ることが決まり、六角がすぐに手配した。

 恐縮した津村は反対したが、磯子も川崎も賛成するので決定事項になってしまうのだった。

 

 ハンバーガー騒動がとりあえず収まると、津村の前にいくつもの素材が運ばれた。

 巨大な棘付きの牙、白銀の鉤爪、漆黒の翼、輝く七色の皮――明らかにただものではない代物が津村の前に並んだ。

 津村は緊張する。絶対に今の津村では目にすることもできない、深層の強大なモンスターがドロップする素材に違いなかったからである。

 目の前の素材から放たれる威圧感に魅入られ、津村がじっと見ていると六角に声を掛けられる。


「これの素材を〈溶解〉してもらって、一つにして川崎さんが用意してくれた型に流し込んでもらうのが、津村ちゃんにして欲しいことじゃん!」


「えっ! いいんですか。これってあきらかに高額のドロップ品ですよね。俺の〈溶解〉は本当に大したものじゃなくて、ドロップ品を台無しにしちゃうんじゃないかって――」


 津村は〈溶解〉を使うことを頼まれるとわかっていたが、こんな高級ドロップ品に使うことは想定していなかった。

 津村には一生かかっても弁済できない代物だということを遠回しに伝えたが、六角は全く気にしていない。


「まあまあ、気楽にやってほしいじゃん。ここにあるドロップ品はその気になればあたいが直接取ってこれる代物じゃん。だから破損するとか気にせず、じゃんじゃんやってほしいじゃん!」

 

 津村は緊張し生唾を飲み込む。六角は情報を一切明かしていないが、相当レベルの高い探索者であることは疑いようがない。

 そんな人物に頼られているのだがら、自分自身の評価が低くても〈溶解〉を使わざるを得ない、というのが本心だった。


「わかりました! では行きます!」


 磯子は飽くまでも温かい目で津村を見ていた。

 津村が〈溶解〉を使い始めると、川崎が複数の機械で計測・記録を開始する。

 川崎が軽バンに乗せて持ってきたX線蛍光分析装置や磁気感受率計やレーザー分光器を操作し、〈溶解〉を詳細に追い始めた。

 

 ええい! 頼まれたからやるだけだ! 腹をくくろう!


 津村はある意味思考をすることを放棄して、仕事に打ち込むことにする。魔力回復ポーションを8つ飲み干し、合計16つの素材を溶解させて、オガクズと膠でできた型に流し込んでいった。

 全部破棄することになった――そんな言葉が頭によぎったが、考えることを放棄して作業に没頭していく。

 ちなみに美紗貴はずっと寝ていた。


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