神藤六角①
美紗姫を抱きかかえて乗り込んだミニバンを運転しているのは女性であった。
年は30歳以上に映るさっぱりした印象の美人だ。
女性が短く振り返って、津村を見る。
「ふふっ、実物は非常に男前だよね! おっと一応初めましてだよね」
女性は津村を知っているような素振りを見せたが、津村はわからない。
津村が当惑しているのをルームミラーで確認した女性が笑う。
「ふふっ、わからないのは無理がないんだよね。わたしは佐加井大学の川崎真琴――トゥルーにきと名乗った方がいいね」
これには津村も息をのむ。
「ええ!? あなたがトゥルーにきさん! びっくりしました」
「その非常に驚いた様子から見ると男性だと思い込んでいたようだね?」
「あっ……はい」
「非常に無理のないことだよ! わたしはいつも冒険者の実況には非常に攻撃的になっていることが多いんだよね。だって実況観る時はいつもお酒飲んでいるんだよね!」
そういって豪快に川崎は笑う。
津村は驚きながら突っ込みどころしかないと思う。何でお酒を飲むと暴言を書き込んでいいと思うのか、いつも実況は16時くらいなのにお酒を飲んでいるのか考えると困惑するしかない。
しかしなんで磯子と川崎が一緒にいるのかが一番気になる。
磯子を見ると、何と眠りかけてきていた。よく見ると目の下には隈があり、寝不足なのがうかがえた。
川崎が津村に声をかける。
「磯子ちゃんはそのまま寝かせておいて! わたしは昨日の17時に寝て22時に起きたけど磯子ちゃんはわたしの実験室で2時間くらいしか寝てないんだよね」
「え~と、トゥルーにき……川崎さんは磯子と知り合いなんですか?」
「まさか。津村くんがわたしの名前を磯子ちゃんに教えたんだよね?」
「ああ、そうか。そうですね、教えたような気がします」
「わたしは佐加井大学で理工学部の助教授をしていて、今はダンジョン関係の分析を専門にしているんだよね。それで磯子ちゃんがリビングギアであることか気づいているか確認しに連絡してきたんだよね。非常に頭のいい子だよ!」
「そうなんですね。磯子には申し訳ないけど自分には何が何やらさっぱりでして――」
「まあそうだよね。わたしはリビングギアの可能性はあると思ったけど、まだ君にもらったサンプルを仕事の片手間に分析し始めたばかりだったんだよね。君が一番最初に材料を溶解した時に色が従来のダンジョン産の材料を加工したものとは違っていたんで、協力をしてもらうようにしてもらったんだけど――」
「自分が作った、溶かしてまとめたものがリビングギアというのは本当なんですかね?」
「今のところは68%だね。まあそれ以上の可能性もあるけどね――」
「そうなんですか。まあ難しいことはそちらにお任せするしかないですね」
「ははは、非常に落ち着いているけど君はこれから数千億円を稼げる人間になる可能性があることに気付いている?」
「何の話ですか?」
「君の〈熔解〉でリビングギアができるとなると、世界中から注文が殺到することは必至なんだよね。下手したら異国に誘拐されるかもしれない超スキル持ちとして認識されることになるよ。非常にやっかいなことになると思うよ」
「え、ええ? 本当の話ですか? 冗談半分という奴ですよね?」
「ああ、ごめん。ちょっと話が唐突だったよね。でも今のところ、君の〈熔解〉はかなり希少性が高い可能性があるのは本当なんだよね。それは頭の中に置いておいた方がいいね」
「つまり……秘密にしていた方がいい、という話ですか?」
「非常にそう思うね。まあこの先はしばらくは色々検証に付き合ってもらうけど、このことは誰にも言わない方が絶対にいいと断言できちゃうんだよね」
「そ、そうですか」
「それで今から向かうのは八王子市川口町だそうだ。磯子くんの師匠が持つプライベートダンジョンで、そこで君にはいくつかアイテムを〈熔解〉してもらうそうなんだよね。わたしもそこで色々データを取らせてもらう予定で非常に楽しみなんだよ!」
そういう川崎の声は非常に弾んでいた。
「磯子の師匠さんですか」
「非常に大物の冒険者だよ。わたしも名前を知っているぐらいだから!」
「そうですか。申し訳ないですけど自分はうかがってもわからないと思います……」
「まあわたしも初対面だけど、君が身構えることはないよ。君の客なんだから大船に乗った気持でいればいいんだよね」
「はあ……」
津村は先ほどから頭が働かなくなっていた。お腹が減って思考能力がガックリ下がっていたのだ。
だがこれから長丁場になりそうだったので、ご飯はいつ食べられるのかわからずテンションが下がっていった。
できれば下小山田ダンジョン食堂の200円朝食が提供される11時までに帰りたいと、心の中でつぶやいた。
車は渋滞に巻き込まれ、目的地に1時間弱で着く予定が2時間半掛かった。
着いた先は4メートルのコンクリートの壁に囲まれた施設であった。警備員が2名ほどいるがあとは全てオートで動く。
ダンジョンに入るための施設ということであったが津村には普通に豪奢な近代的な屋敷に見えた。モダンで最新の高級住宅と言っていいと思う。
磯子の誘導でオートで開いた門から続く道を走り、屋敷の地下に通じる地下道に入る。
地下に入ると津村は自分の中の何かが強く反応したのを覚える。
「ダンジョンが側にある!」
自分の体にレベル11の能力が備わるのを強く覚える。
そして間もなく警戒心が疼き、緊張感が体を支配していく。
この先に何かがいる!
そう本能が訴えてきていた。磯子を見ると、軽く微笑んでいるだけなので危険がないのはわかる。それでもこの先にとんでもない者がいるのがヒシヒシと感じる。
モンスターではないことは伝わるが普通では考えられない存在であるのが直観できた。
やがて車が停止すると、壁だと思っていた部分がスライドし、開いていく。
そしてその先に腕を組んだ紅い髪の女性が挑戦的な目つきをして立っていた。
津村にはその人こそが人にプレッシャーを与える存在なのだとわかる。
その女性は20代前半に見えるがそうでもないように思える、不思議な雰囲気をまとっている気がした。津村は思わず深呼吸する。
染めているのかわからないが髪は真紅で、唇も発色がいい。目の瞳孔も虹彩も大きく鮮やかに感じる。
派手で攻撃的な美貌と、その勝気な表情から津村は正直、悪役に分類されるタイプに映った。悪の手下を率いて傍若無人に立ち振る舞うポジションがお似合いの美女といった感じに思う。
車を降りた磯子がその紅髪の女性に近づく。
「師匠、津村ちゃんを連れてきたで~! 渋滞にはまって大変やったわ。師匠の権力で渋滞を何とかしてほしいわ~!」
「アホか。レベル200でも泣く子と渋滞には勝てないと相場が決まっているじゃんよう! ともかくご苦労さん!」
師匠と言われた女性は威風堂々とした態度で津村に歩み寄る。
「初めましてじゃん! わたしが神藤六角《むすみ》じゃん! 元探索者で今はしがないプータローじゃん!」
そういうとまたも目の端を釣り上げて挑戦的に微笑んだ。




