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懺悔

 津村はなけなしの金で自動販売機から経口補水液を買うと、まだ泣き続ける美紗姫に渡した。

 津村は美紗姫をお嬢様抱っこ――横向きにした相手の背と膝裏を両腕で支えた抱き方で、7分移動して人気のない公園に来ていた。

 カラフルなベンチに二人並んで座る。

 美紗姫は経口補水液を一気に飲み干す。


「あ、ありがとう……」

 

「あの――それで何で自分が本牧さんの髪を切らなくてはいけないんです? 正直にいって理由がありません」


「理由は間違いなくある。あなたを凄い危険な10階層に連れて行ったから。しかもガヴラースと戦わせるなんて――こんなことは絶対に許されないこと!」


「はぁ……しかし同意して納得したのは自分だったはずです。本牧さんに落ち度はないと思います」


 すると美紗姫は銀髪を横に振って否定する。


「そもそも連れて行ってはダメだった。それぐらい間違いなく危険な場所だった。にも関わらず、わたくしはあなたにあらぬ疑いを向けて、感情的になって……」


 そういう美紗姫の目からまたポロポロと涙が流れる。


「繰り返しますが自分の意志で10階層に行きました。そのことで一切怨んでいないし、怒っていません。むしろ感謝しているぐらいです」


「あなたがそういっても、ミス一つであなたが死んでしまう場所に誘導したことは完全な罪。磯子と父上が云うように間違いなく許されない失敗だった!」


「磯子さんとお父さんにそう言われたんですか……」


「そう。昨日2人は凄くわたくしのことを怒った。わたくしもまずいことをしたと薄々感づいていたのだ。絶対に自惚れないと自分では思っていたのに――完全に守り切れるという担保もないのにあなたを10階層に誘導してしまった。しかも連れて行った上に十分な説明もせずに。おまけにガヴラースを目撃した時点であなたを連れてポータルですぐに移動すべきだったのに……わたしは昨日、何度も何度も酷い失敗をした。おまけに最低なことにいくつかの罪は磯子と父上に怒られて初めて気づいた。わたくしは間違いなく愚かで傲慢で、ゴミな存在なんだ!!」


 そこまで言われて津村も美紗姫が自己嫌悪に襲われている理由がわかってきた。

 10階層はレベル30であってもレベル8を完全に守り切れるとは言えないエリアだったのだ。しかも連れて行った時点で、10階層の危険性とそれを回避する手段を伝えるべきだったのであろう。

 磯子の周到さから推測すると、確かに美紗姫はかなりずさんなことをした可能性があるのがわかる。

 それでも津村は美紗姫が悪いとは思えない。平凡な探索者に得難い体験をさせてくれたことは心底ありがたいと思う。

 美紗姫が自分の髪を指でかきむしりながら、なおも懺悔する。


「探索部にあなたが因縁をつけられた時も絶対に止めるべき立場だったのだ。危険な10階層で無駄な消耗をさせるなんて間違いなくやってはいけない行為だった! それなのに『実力がみたい』などと完全に増長しきったことを――わたくしは下劣で思い上がった最低最悪の大馬鹿なのだ!!」


「あれは自分と探索部の問題で、本牧さんが責任を感じることはないです。あの流れを作ったのは探索部ですよ! あの件は本牧さんも被害者側だと思います」


 津村は探索部にも怨みがないが便宜上、ここだけ悪者にすることにした。

 だが、美紗姫はまたも顔を横に振り、暗い表情を止めない。


「あなたは家族のために、好きな野球を捨てて探索者になった。お金もギリギリで制度を活用して探索を行い、そして家族の希望になっている。そんな人の命を、たかがレベルが高く珍しいスキルを持っている者が危険に晒した。わたくしがしたことを銀王羅が父上や磯子にやったとしたら、わたくしは絶対に銀王羅を許さない。つまりわたくしは人がしたら許さないことを自分がしたということ――こんなダブルスタンダードが容認されるわけがない!」


 見ると美紗姫は自分の髪を激しい力で引っ張っており、ぶちぶちと音を起てていた。

 津村は銀王羅が誰だろうと思いつつ、昨日のことを振り返ってみる。思い返しても美紗姫を憎む気にはなれなかった。自分の身の上を調べられたのは恥ずかしかったが、持てる者と持たざる者がいるのは事実で、美紗姫の立場ならば許される行為だと思う。

 それよりも美紗姫が今、心が壊れそうになっていることが心配だった。

 津村は16年の人生の間で3人、心が壊れた人を見てきている。必死に練習したのにレギュラーになれなかった中学の先輩、睡眠4時間で3年間頑張って志望校に落ちた隣人、そして万全を払っていたのに病気が再発した母。

 美紗姫が自分を決して許さないことで、精神が壊れるのは津村には耐えられないと思った。

 そう思った時には、美紗姫の手をギュッと握っていた。


「大丈夫――って簡単には言ってはいけないんでしょうけど、自分は本牧さんがダメとは思いません。自分も中学の時に指導を失敗して2人、筋肉痛で動けなくしたことがあるんで! 誰でも失敗はするんです。感情に流されたら次は感情をコントロールしましょう。失敗したら次はしなければいい。それで行きましょう!」


「『失敗したら次はしなければいい』――それは卑怯者の発想では?」


「いや、それを卑怯といったら人類はみんな卑怯ですよ、たぶん」


「あなたはいいのか? あなたの大切な家族からあなたを奪おうとしたクズを許すのか?」


「こうして生きていますし、今度があったら気をつけます。そして本牧さんがミスしそうになったら自分がフォローします!」


 津村は真面目な顔でそういった。そこで自分がまだ手を掴んでいたことに気づき、離して後退する。


「あ、すいませんでした。ゆ、有名人の手を勝手に触ってしまって……」


「本当に、わたくしが失敗しそうになったら助けてくれるのか?」


「ええ。そういう機会がもしあったならそうしますよ」


「わたくしはわたくしをもう信用できないが、あなたなら信用できる。許して、助けてくれるなら、わたくしも今日はもう泣かない……」


「ええ。いつの日かどこかで一緒にダンジョンにもぐりましょう!」


「うん、では明日……」


 そういうと美紗姫はガクッと項垂れた。体を折り曲げ、頭が膝につきそうになる。


「えっ、本牧さん?」


 動かなくなる美紗姫に津村は心配になって近づく。するとすぅすぅと寝息を立てていた。


「ええ、ここで寝る? 今寝る? 3月の早朝の公園で寝る!? う、嘘だ!」


 津村はいきなりパニックになる。恐らく気温は11度で、外で寝る環境ではない。

 寝ると一気に体温が下がるから低体温症の危険が出てくる。では運べばいいとなると、行き先は津村のアパートしかないがあそこには暖房がないのだ。


 ど、どうする、タクシー代もない。それどころかタクシーを呼んだこともない!


 美紗姫が眠るベンチの前でおろおろしていると近くで自動車が止まる音がする。

 見ると大きな自動車・ミニバンが停車しており、その扉が開くとダウンジャケットにデニム姿の磯子が姿を見せた。


「あら、一歩遅かったわ。美紗姫は一回寝るとテコでも起きんから邪魔くさいねん。津村ちゃん、悪いけど美紗姫を自動車に運んでくれへん?」


 そういう磯子は少々疲れているように津村には見えた。


「あ、磯子さん――磯子、いいところに! え~と、この事態が起きるって予知していたの?」


「ちゃうで。昨日、美紗姫にガツンと注意して、津村ちゃんに会って謝るように言うてん。寝んで津村ちゃんのとこに行くことは簡単に予想できてん。ほんで津村ちゃんに会うたら、美紗姫が安心して寝てるだろうと思ていただけやで。美紗姫は基本分かりやすい子やねん」


「そうなんだ。じゃあもう磯子と本牧さんは喧嘩していないんだね」


 すると磯子の眉間に怒りが浮かぶ。


「ええや。ほんまはまだ美紗姫に怒ってんねんけど、この先、美紗姫とは仲直りする未来を見てるから、あんまり怒るのも無駄か思て。下小山田ダンジョンのカフェで3人で手ぇ合わしたこと、覚えてる?」


「ああ、ピザの時だよね」


「そやそや。あん時、津村ちゃんとうちと美紗姫と、あと赤毛のイケメンくんと仲良うパーティでダンジョン潜ってるビジョンが浮かんでんねんなぁ」


「ほ、ほう……なるほど」


 津村は磯子の話が半分もわからない。〈天命〉のスキルがどんなものなのかがピンと来ていなかったのだ。

 すると磯子がふと焦ったような険しい顔になる。


「そんなんより、津村ちゃん、うちと一緒に今から来て! それで早速、〈熔解〉をつこて欲しいねん! うちの師匠が今すぐ連れてこいいうってかなわんねん!!」


 こう言われて、津村の中で何かが壊れる音がした。

 完全休養日が間違いなく、消滅したのが確定したからである。

 こうなると翌日も完全休養日にしなくてはならなくなるので、またも収入が減ることになる。

 蜂蜜三本はオークションに出したばかりで、これもすぐには現金にはならない。

 明後日あたり絶食になるかもしれないという想像にガックリ来た。


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