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灼熱の氷原

 10階層――通称「灼熱の氷原」と呼ばれる、現実では見られない光景が視界一面に広がっている。

 真っ白な氷が地面全てを覆い、零下7度の風が常に吹き荒れる恐ろしい環境であった。

 またオーロラのようなモノが遠くの空に見えており、ここでは通信障害が起きやすいという話だ。

 800ルクスほどの明るさで、一階層などのダンジョンよりはやや明るい。人によっては白夜のようだという人もいる。

 さらに恐ろしいのは時折地面が爆発し、紅蓮のマグマを地中深くから吹き上げてくることだった。

 いったんマグマが空高く舞い上がると、周囲の気温が一気に上昇し一瞬で気温を50度にもしてしまうという。

 津村は魔素の強さにむせる。5階層よりも更に濃度が上がっていた。

 美紗姫はある一点を指差す。


「いくつか巨大な木のようなモノが見えるはずだ。黒曜石と巨木が合わさったような不思議な存在だが、間違いなくモンスターだ。ドゥールソーンと名前がついている!」


 そのまま続けてドゥールソーンを指差しいう。


「ドゥールソーンにはメイルクランという鉄の肌を持つ蜜蜂が、巣を作っている。メイルクランは硬いがそう強くはない。凶暴性も高くないので5匹も倒せば巣にたどり着けるだろう。そこで巣にある蜂蜜を瓶に入れて持ち帰れば、間違いなくそこそこに金額がつく。一瓶で7万円ほどらしい!」


「7万円!?」


 美紗姫の言葉に津村が思わず目を光らせる。これは採取しなくてはならないとすぐに決心する。

 美紗姫は空瓶を津村に投げる。


「モンスターは蜂のメイルクランだけではない。地面から氷を割いて、鋼の毛を生やしたペンギンのクルーイガンが現れるのだ。まためったに現れないが大きな角を持った大熊モンスターもいる。これとは戦わず絶対に逃げろ。そこで、津村にはメイルクランの蜂蜜を取ってもらおう。マグマが飛び出る噴火とクルーイガンの奇襲を避けられれば、蜂蜜は間違いなく取れる。これができるようならば一応は貴様のことは認めてやろう!」


 そう話している最中に地面・氷原がほのかに明るくなっていく。

 これに津村が慌てる。


「こ、これは、ここが噴火するのではないのですか――早く逃げないと!」


「慌てるな。これぐらいで騒ぐな」


 そういうと周囲の気温が急激に下がるのを覚える。

 津村は一瞬で目の中の涙が凍ったのを感じた。

 すると美紗姫は右手の平を地面に向けると、魔力の猛烈なうねりが発生していく。

 更に明るさを増す地面がどんどん盛り上がっていき、地響きが起こる。


 まずい! やはり噴火が今ここで起きる!!!


 と津村が戦慄していると周囲の魔素がすべて美紗姫に集中して流れ、更に気温が下がる。

 すると噴火現象は急速に収まっていき、地面を15センチ隆起させた後に沈静化した。

 津村は理解する。この目の前の少女が、自分のスキルで噴火を抑え込んだのだと――。完全に〈天啓〉レベルのとんでもないスキルであった。

 美紗姫がその破綻のない美貌を津村に向ける。


「死にそうな時はフォローしよう。だが手足を失い、大やけどを負うぐらいは覚悟しないと、蜂蜜は間違いなく取れないぞ!」


「やります。やらせてください。無理だと思ったらギブアップするので――」


「レベル8のソロではここではすぐ死ぬと理解できないのか?」


「チャレンジさせてください。あなたのような方に見守られながらレベルアップできるチャンスは、自分のような凡人ではもうないと思うので!」


 ここ10階層は通信障害が起きやすいがドローンは通常に稼働していた。美紗姫は磯子と違い、配信にまったく頓着を見せない。どうでもいいというスタンスだという。

 チャット欄の反応は様々だった。


ツイ廃帝@「自分は反対だ! 危険すぎる! 野球できなくなるぞ!」

ブルー+@「俺も止めた方がいいと思う。初めて買ったポーションが無駄になるって」

トゥクトゥク@「美紗姫ちゃんが仕切っているのに余計なこと言うなよ!」

めがねん@「はあ、氷姫様をもっと映せ。つか配信ブツブツ切れてディレイが酷いな」

虎キャン界隈@「俺も反対・心配だよ」


 津村はドローンに向かって深く頭を下げてから言う。


「みんなありがとうございます。危険ならかなり早い段階でギブアップするつもりなので、一回だけチャレンジさせてください!」


 津村は周囲を見回し、駆け出そうとした瞬間、気配を感じる。


 探索者装備の7名の人間がこちらに向かって歩いていた。

 そのうち一人が津村に気づく。


「あ、〈溶接〉じゃないか!」


 津村も7人を見て、それが伊江慶学園高等部の探索部の面々だとわかった。

 一応に7人は津村を見て驚く。

 高身長で眉が太い、眼鏡の少年・町田部長が一歩前に出る。


「心から驚いたよ。君は確か、先週探索者になったばかりのはずだが? レベルはいくつなのかね?」


「レベル8です」


 探索部達が色めき立つ。一週間ほどでレベル8は明らかに速いからである。

 足元までの金髪が伸びた、唇の発色の良い少女が腕を組んで尋ねる。


「失礼ですがソロでこの10階層まで? ここはレベル10以上3人必須で5人以上パーティが推奨されていますですよ?」

 

「いいえ。自分だけではポータルを一回しか押せないので、こちらの方に連れて来てもらいました」


 そういって津村が手で指し示した人物を見て、探索部全員が息をのむ。


「〈凍獄〉本牧美紗貴……さん?」


 赤いミディアムヘアの長身少女が、かつかつと美紗貴に近寄り、左手を差し出す。


「本牧さん、実にお久しぶりなのです! 神戸の会合以来ですね!」


「誰なのだ? 申し訳ないが憶えていない」


「これは実に手厳しい――U19の探索者2位の本牧さまは、17位のこの〈万雷〉末廣白楽を憶えていただけていないのは残念なのです!」


 そういって白楽は手を振って大仰に会釈をした。


「U19……そういえば父上に言われて出席したことが間違いなくあった。あっ、昨今ダンジョン関連の開発に力を入れている末廣グループのご令嬢であったな。失念してごめんなさい。謝らせて――」


「いいえいいえ。ところでお聞きしたいのですが、津村さまと本牧さまは昵懇で、師弟関係で鍛えているとかなのですか?」


 美紗姫は無表情に首を横に振る。


「いいえ、間違いなくほぼ初対面だ。ただ吉村磯子が津村と親しいのでいま少しその実力を試しているところだ」


「吉村磯子……それはもしかして〈天啓〉の吉村さまのことですか?」


「ああ」


「そ、そうなのですか。それは実に……」


 難しい顔になった白楽が皆のところに戻り、相談し始める。

 津村は装備の〈迷宮劣化〉から逆算して、そろそろ蜂蜜取りにチャレンジしたいと考えた処で、町田部長が津村に近づく。


「津村くん、よかったら君の技量と心づもり次第で探索部に入ることを許可してもいいと思うがどうだい? チャンスを上げてもいい」


「ありがとうございます。ですがもう結構です。単独でダンジョンアタックできる目途がたちそうなので」


「し、しかし校長からは心から君をよろしく頼むとわたしは頼まれたのだが――」


「伺ってます。それで正式に入部は断られていますよね?」


 これに探索部の面々が露骨に嫌そうな顔をする。

 確かに津村は野球部を辞め、探索者制度の利用が許可された時に探索部を訪ねたが、入部を断られている。

 探索部の装備をあてにしていた津村は困ったが、しかたなくソロの道を選んだのである。


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