本牧美紗姫
「ようやく見つけたぞ、津村!!」
そう言いながら猛スピードで津村に接近する者がいた。銀の長髪の美少女であった。
紺のサーコートの上に、ネイビーブルーの軍服のようなジャケットを羽織り、銀の杖を握り、駆け寄る。
双眸は碧で垂れ目気味、艶ぼくろが特徴的だが、冷たい顔貌をしていた。
〈凍獄〉のスキルで知られる本牧美紗姫である。
美紗姫はいきなり冷気を迸らせ、津村の足を地面と接着させる。
「うっ!!」
「貴様は、磯子に何をした!? すぐに間違えなく答えるのだ!」
腰まで伸びた銀髪を振り乱し、美紗姫は美貌を怒りに染めて津村の襟首をつかんだ。
津村は何で怒っているのかわからないが、できるだけ刺激しないように返答を試みる。
「落ち着いてください。本牧さん、磯子さんには自分は何もしていませんよ。昨日も仲良く別れました」
「何もないわけがない! 『昨日はどうだった?』と聞くと『何も言いたくない。少し時間をくれ』と間違いなく返答したのだぞ!!」
美紗姫の風貌は飽くまでクールだが、その眼差しには熱気があった。
津村も言葉に詰まる。〈熔解〉系のことは何も言うなと釘を刺されていたからである。
磯子の願いを聞きつつ、美紗姫の怒りを鎮めようと語り掛ける。
「自分は絶対に磯子さんに何も失礼なことはしていません。聞いていただければわかります」
「聴いているが昨日の夜からろくにわたくしに対応しようとしないのだ。あれは心に深い傷を負ったからに間違いない。親友のわたくしだからピンとくるのだ!」
津村は心底困る。想像以上に美紗姫の思い込みが強く、口下手な自分がどう説得すればいいのかまるでわからなかった。
ヒントはないかとチャット欄を見ると、ただ非常に盛り上がっていた。
「うわっ、ガチの氷姫じゃないか!」「この娘さん、探索者なの? こんな美人なのに?」「っていうかさっきから名前が出ている磯子って〈天啓〉のことか?」「なんでこんなルーキーの配信に〈凍獄〉が出る?」「ガチでスゲー! 中央のスレに書き込んでくるわ」と大量に書き込みされて流れていく。
美紗姫は津村を間近で睨む。
「だいたい運動が得意――体育会系の探索者にろくな奴がいないのは間違いない。傲慢か、粗忽か、目立ちたがり屋かのいずれだ。貴様もバイオグラフィーにも『甲子園』という文字を三回も書き込んで――実にあさましい!」
津村はこれに反論できない。バイオグラフィーの文章を書いたのは相南であるが、了承したのが自分であるので責められると言い返せないのは事実だ。
津村もせめてことがこじれないように腹をくくる。
「自分的には磯子さんと話してくれるのが一番だと思います。しかし、今ここで自分に何かを証明できるというのならばそれに従います!」
「ほう、いい度胸だな? ふむ――」
そういって美紗姫は考え始める。
津村は何らかのペナルティ、もしくは制裁の意味を持った対決、もしくは書類にした宣誓などをサインさせられるのではないかと予想する。どちらにしても磯子が誤解を解いてくれるだろうと予想した。
70秒ほど考えた美紗姫は顔を上げると微かに笑う。
「いいだろう、煮るなり焼くなりしていいというならばそうしよう! 貴様の性根を間違えなく知るために共に今から10階層に行くというのはどうだ? 身の潔白を果たす試練を受けてみる気はあるか?」
煮るなり焼くなりは言っていないと思いながら、津村は10階層に誘導してくれるというのはありがたかった。
現在レベル8だが何の情報を見ても、これからレベル10になるのは相当な時間がかかるという話である。もちろん格上のモンスターと戦えば上がれるが、生存率が大きく下がるのは目に見えている。
ならば美紗姫の試練を受けるのは、例え過酷でもメリットが大きいと考えた。
「10階層での試練を受けさせてください!」
「ふん。どうせ『金になる』とでも思っているのではないか? 守ってやるが、自分勝手な行動をとるか、ささいな間違いですぐに死ぬ! それでも行くか?」
「はい!」
津村は即答した。
が、チャット欄は真っ二つであった。
「10階層は止めとけ! レベル8なんかが行くのは自殺するのと同じ!」「レベル30の本牧がいれば10階層は余裕余裕!」「さあ、面白くなってまいりました。でも10階層は配信見えにくいんだよね」「あそこは無理だって! 間欠マグマ受けたらほぼほぼ即死」「試練って昭和過ぎるだろう。実際は制裁だろう!」「俺も凍姫に酷い目にあわされたい~!」
ふと津村は相南・虎キャン界隈@のチャットに目が留まる。
「同接者165名! 余裕で1万は稼げるだろう」――このコメントに津村は胸躍った。
5階層でも一人では歯が立たない状況であったのに10階層に挑むのは明らかに無謀であろう。
だがこれがチャンスなのも間違いがない。死ぬ直前になれば、美紗姫が助けてくれるのが本当ならばレベル10への近道に賭けるのは悪くないと思う。
津村は人生に訪れるチャンスは少ないことを野球部の時に学んでいた。
極端な話、野球で成功するのには異常なほどの個人成績を残すか、スカウトが見ている時や、セレクションの時に大活躍できるかであるのだ。
津村は自分よりも優秀な選手がチャンスを逃したせいで評価されなかった実例をいくつも見ていた。
特に津村は先輩のしごきという特別練習から逃げたことは一度たりともなかった。




